祝福配達人

くにすらのに

祝福配達人

 誕生日おめでとう。

 合格おめでとう。

 結婚おめでとう。

 優勝おめでとう。

 

 世の中にいろいろなおめでとうで溢れている。

 だけど誰もがそのおめでとうに辿り着ける訳ではない。

 誕生日は毎年やってくるけれど、誰にも祝われない人もいる。

 試験に合格できない人もいる。

 結婚できない人。したくもない結婚を無理矢理させられる人もいる。

 勝者がいればその影には敗者がいる。

 そして私はほとんでの項目に当てはまる。

 第一志望の大学に落ちた。

 お見合いでよく知らない女性と結婚した。

 愛のない夫婦生活では誕生日なんて祝ってもらえない。

 だが、まだ人生には負けていない。

 私が負けたことで勝った人間がいないからだ。

 誰かを負かすことが目的ではない。敗北者になっていないという事実確認である。

 だから私は決めた。

 世界におめでとうを届ける人間になろうと。


 まずは週末に時間を見つけて山を登った。

 妻は私の行動なんて気にしない。

 おかげで怪しまれずに登山できた。

 見晴らしの良い場所で、大きな声で「おめでとう!」と叫ぶ。

 おめでとう、おめでとー、おーとー。

 自分の声が山彦となって返ってくる。

 生きる目標を見つけられた自分への祝福だ。


 山の次は海だ。

 海はなぜかバカヤローと叫ばれることが多い。

 そんな海だってたまには祝福されていいはずだ。 

 水着を見られておめでとう。

 いろんな歌に使われておめでとう。

 残念ながら山のように声が返ってくることはなかったが、どこまでもおめでとうの声が広がっていく感覚が堪らなかった。


 最後は街での実践である。

 今の時代、下手な声掛けは事案になるので注意が必要だ。

 コンビニのクジで良さげな賞品を当てた人におめでとう。

 電車に間に合った人におめでとう。

 最後の1個を買えておめでとう。

 日常生活の中で小さな幸せを感じている人に小さな声で祝福の言葉を贈った。

 本来なら誰からも祝われることのないささいな幸せを共有することで自分も幸せになれた気がした。


 私がおめ活(誰かにおめでとうと言う活動)をしている間に妻は不倫をしていたらしい。

 なんでも妊娠もしたらしく、今すぐにでも別れたいと言われた。

 自分の意志で選んだ男性と愛を育み、新しい命も誕生しようとしている。

 「おめでとう!」

 私は妻と出会ってから初めて、心の底から自分の正直な気持ちを伝えられたかもしれない。

 不倫されたことに全く怒りや悲しみ、寂しさを感じなかった。

 ただただ彼女の人生が幸せな方向に動いてくれたことが嬉しかった。

 他人の幸せを祝う習慣が付いていたからだろう。

 

 こうして振り返ってみると人生は他人あってのものだと思う。

 誰かが幸せを掴むから、私をそれを祝うことができる。

 私から祝福された人は喜んでくれただろうか。

 それを確認できないことだけが心残りだ。

 私自身はおめでとうと言われることはなかったけれど、その分、私からたくさんのおめでとうを世界に贈った。

 世界は私はどのように評価しているのだろう。

 ああ、意識がだんだんと薄らいできた。

 向こうへ行った時、私は誰かから祝福されるだろうか。

 

 おめでとう。

 私は人生を私なりに満喫できたよ。

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