四九 恨みを込めて

 再び鳴り響いた轟音に呼応するように、ミュレス国軍の前線部隊は剣や盾を構え、いつでも飛び出せるような準備を整えた。

 フェルファトアは、メセリームを叩きながら再び自軍の様子を伺い、準備が揃ったのを確認すると、それまで以上に速く打ち鳴らした。

「行け! 行けー!」

 メセリームの音を合図にフェブラが軍をけしかけると、両軍の均衡が保っていた輪状の空間は一気に内側へと崩れ始めた。

「ひるむな! 賊軍の素人兵だ! 容赦なく挑め!」

 ミュレス国軍の攻撃に、長らく実戦経験の乏しいと見える天政府軍側の兵士もすぐには動けないようだった。しかし、隊長の再びの一喝で、気迫に溢れるミュレス人兵士との抗戦に集中し始めた。

 天政府軍の重装歩兵達は剣を抜き、ミュレス国軍の前線部隊である剣士部隊に挑み始めた。

 重装を感じさせない剣さばきは、流石は天政府軍の兵士であった。一方、その隊長の指摘どおりの素人集団に等しいミュレス国軍は苦戦を強いられた。相手が一人倒れる内に、こちらは三人斬られる始末であった。

「衛生部隊! 衛生部隊は負傷者の手当に専念して!」

「負傷者が多すぎます! 全員処置できません!」

 次々と倒れていくこちら側の兵士達を見て、フェブラも動揺を隠せない状況であった。

「フェブラ、これを使おう!」

 動揺して動けないフェブラに声をかけたのは、1階に降りて様子を見守っていたエルーナンだった。エルーナンは、市役所の中に隠していた台車を指差した。

 台車の上には、大小様々な石が載せられるだけ載せてあった。この石は、作戦が伝えられた後、兵士達全員で近くの河原から集めてきたものだった。

「飛行部隊への秘密兵器だって言ってたけど、統括指揮官の合図を待ってたらこっちが危ない」

「そ、そう……だね。使おう……」

 まさか、こんなに早く秘密兵器を使うとは思っていなかったフェブラは、統括指揮官であるフェルファトアの命令なしに使っていいものかどうか迷っていたが、ちょうどその時、騒ぎの合間から、再度リズムを変えたメセリームの音が聞こえてきた。

「ほら、早く!」

「あ、はい! 投擲開始!」

 エルーナンと二人で台車を市役所の外に出しながら号令を出した。すると、次々と台車に手を伸ばして石を掴むと、天政府軍兵士めがけて投げつけ始めた。

 そればかりではなく、2階にも準備していた兵士達も一斉に窓を開けて投擲を始め、大小様々な石の雨を天政府軍に浴びせかけ始めた。

「痛っ!」

「ちょっと!」

 ところが、市役所の建物の方からばらばらと投げられた石は、空中でぶつかったりしながらミュレス国軍の剣士部隊にも当たり、身の危険を感じた剣士部隊は引き下がらざるを得なかった。天政府軍はその様子を見逃さず、盾を持った軽装部隊は投げ込まれる石を盾で防ぎつつ、空に舞うと、上空から矢を放ち始めた。

「ひゃあ!」

「わぁ!」

 投擲で押していた前線は、剣士部隊の後退と矢による攻撃で再び圧され始めていた。

「後方部隊!」

 フェルファトアは、3階の市長室から、メセリームではなく自ら号令をかけた。

 フェルファトアが号令を出すと、駆け付けた部隊の後ろから、慌てて台車を持ち出し、前方部隊と同様に、飛行している軽装部隊の背中に集中的に石を浴びせた。

 突如背後からの攻撃を受けた兵士は、空中でバランスを崩して為す術もなく地面に墜ちた。

 地面に墜ちた兵士を待っていたのは、ミュレス国軍の恨みのこもった一撃であった。

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