五〇 狂気に満ちた市長室

「フェルフ! 今、全部の作戦を実行して、最大戦力を使ってるよ!」

 1階の現場での指示をすべてフェブラに任せたエルーナンは、見張り役を除いて一人で様子を見守っていたフェルファトアに報告をするため、市長室に戻ってきた。

「何とか優勢になってるわ!」

 やや始動が遅くなったものの、前後からの同時攻撃が意外にも作戦通りになっている様子に、市長室からその戦局を見守っていたフェルファトアは、興奮のあまり窓から身を乗り出していた。

「フェルフ! 上! 目の前!」

「え?」

 エルーナンに促されてふと空を見ると、天空を翔ける重装歩兵の姿が目と鼻の先にまで迫っていた。

「危ない!」

 エルーナンが乱暴にフェルファトアを窓から引き剥がし、覆い被さるように倒した。

 その直後、フェルファトアの背後で鋭く空気を切る音がすると、叩いてもいないのにメセリームの音が部屋に響いた。

「弓矢攻撃だ! 攻撃を受けている!」

 エルーナンは、部屋の外にいる見張り役に援護を頼んだ。

 フェルファトアが、エルーナンの下敷きになっている中、窓の方に目をやると、そこには先程の兵士が窓に足をかけていた。

「追い出そう!」

 立ち上がったフェルファトアが腰に挿していた剣を抜くと、相手方も同じ様に剣を抜いた。その剣は、フェルファトアの持っていた剣よりも長く、相手も大柄であった。

 一人では分はない、そう即座に悟った。

「抵抗しなければ、そちらもこちらも無事でいたものを」

 天政府軍の兵士は、語気を荒げながらも言い放った。

「無事ですますような天政府人じゃないでしょ……」

 フェルファトアは目を見ながらただ呟いたが、相手の兵士にも聞こえていた。

「どちらにせよ、頭を取れば制圧となる。市長室の窓を開けていたのは失敗だったな」

 重装歩兵は捨て台詞を吐くと同時に、手に持っていた大太刀を力いっぱい振り回しながら部屋に侵入してきた。

「どうしよう、彼はおかしいよ」

「2階から人を呼んできて!」

 広い市長室の中で追い回されながら、見張り役に指示をするのが精一杯だった。

 相手はまるで何か憂さ晴らしかのようにその刃を振り回し続けた。

「ぎゃっ!」

 突如、エルーナンが短い悲鳴を上げた。

 背中に一筋の赤い模様を広げながら、その場でうずくまった。

 ほんの一瞬の隙だったが、それを捉えられたのは実に運が悪かったとしか言い様がなかった。

「この手で止められる……ミュレス人どもの反乱を……」

 兵士は笑みを浮かべながら、肩で息をしながら壁に寄りかかっているエルーナンの顔の前に剣を突きつけた。

「待って! この軍の代表者は、彼女ではないわ!」

 フェルファトアは、極限の状態で言った。

「それでも、幹部の一人だろう? それでいい。優秀な幹部であればあるほど、失った時の損害は多い。幹部一人失ったことで、終わった戦など数多にある。そう学校で教わった」

 兵士は誰に語るでもなく、独り言のように話した。

「いいえ、彼女は、ただの協力者よ。我が軍の幹部でもなければ、兵士でもないわ。彼女を失ったとて……私達は止められない」

 すると、フェルファトアの方を向き直し、剣を構えながら近づいていった。

「そうか、それほど言うなら、お前が幹部だな」

「……そ、そうよ」

 フェルファトアは、一瞬の隙も見せないように、常に兵士の目を見ながら部屋の中をまた逃げ回った。

「天下の天政府が折れるとでも思ったか」

「何よ、そもそも天政府人が私達を道具のように扱うのが悪いんじゃない」

「それも、能力がないからだ。それを我々が仕事を与えて食わせてやってるだけだ」

「それは決めつけにすぎないわ」

「とにかく、天政府人がお前たちミュレス民族の生活を握っているのだ。そうして良いと法典に書いてある」

「その法典だって、貴方達、天政府人が書いたものじゃない。自分達で勝手に決めておいて、そんな無茶苦茶が、よく二百何十年間続いたものだわ」

 兵士は、自分が一兵士に過ぎないということを忘れ、状況それ自体を愉しんでいるかのようにフェルファトアを追い回した。


「統括指揮官! 大丈夫ですか!?」

 応援人員を5人つれて帰ってきた見張り役の一言が、天政府軍兵士を我に返らせた。

「とにかく、地上統括府のために!」

 兵士は再び、力いっぱい剣を振り回し始めた。

「防御! 防御!」

 応援に来た兵士は盾を構えた。

「そいつを窓から追い出そう!」

「はい!」

 剣は運良く盾を貫くこと無く、兵士3人がかりで、大柄な天政府人を盾で窓際まで追いやり始めた。

 しかし、窓から追い出そうとしたその時、剣を横にして窓の縁にかけ、大いに羽ばたきながら抵抗を見せた。

「まだだ! 絶対に許さないぞ、ミュレス人! こんな反逆が認められるか!」

「どうしましょう、統括指揮官! なかなかしぶといです!」

 フェルファトアはエルーナンの事もあり、なにか早くケリをつける方法を考えた。

「……よし、これで行きましょう。みんな、よろしく頼むわね」

 フェルファトアはその場にいる兵士一人ひとりに手短に耳打ちをすると、さっそく作戦の実行に取り掛かった。


「総員、横へ退避!」

 突然、フェルファトアは叫んだ。

 それまで3つの盾で抑えられていた天政府軍兵士は、途端に視界が開けた。

「それ行けー!」

 次の瞬間、天政府軍兵士の全身にとてつもない衝撃が襲った。

「うわあああああっ!」

 それは、身長の高さほどあるスタンド付きのメセリームだった。

 兵士は、鳴り響く轟音と共に空中に放り出された。

「ん? 人だ! 人が墜ちてくるぞ!」

 轟音に気づいた地上の天政府軍は、見つけるやいなや落下地点を空けるように退避した。

 市役所前に展開されていた天政府軍の目の前で、自らの同僚が突然、巨大なメセリームとともに地面に叩きつけられた。

 辺りは再び、静まり返った。

「ふ、副隊長がやられた!」

「こっちも人が少なくなったな……クソッ、ミュレス人だと甘くみたわ」

「どうします?」

「このままでは勝ち目はない。一旦、撤退だ! 撤退!」

 天政府軍は、隊長の命令に従い、またもと来た道を帰ろうとした。

「後方部隊! 道を開けて! お帰りになる!」

 フェルファトアの号令とともに、さっと道を開け、すごすごと帰る天政府軍の姿をじっと見送った。

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