四八 市役所広場の戦い
突然、地面を突く音が聞こえた。
「我々は、天政府軍地上統括府ポルトリテ隊なるぞ!」
二人の耳に響く大きな声が市長室、そして市役所中にも鳴り響いた。
なるほどこれが天政府軍かと、フェルファトアは思わず身を震わせた。
「現在この天政府領ミュレシアに、地上統括府に背くミュレス国なる者達がいると聞いた! ミュレスの民らが群れ、地上統括府の平穏なる治安を乱していると! 我々は、本来ならば、決して看過しないものである。今、投降し、ヴェルデネリアの政を市長に還すのであれば、寛大に見ても良いと考えている。しかし、我々に抵抗するならば、直ちに武力でもって制圧する!」
おそらく、このポルトリテ隊の隊長らしき人物の口上が、威勢よく述べられた。
フェルファトアとフェブラは、初めて攻め入れられる側の恐怖に襲われつつも、何とか立ち向かう勇気を絞り出しながら平静を保とうとしていた。
フェルファトア達はしばらく返答せず、無言の時間が流れた。
「……よし、10の猶予を与える! 10の内に出てこなければ、反逆の意ありとみなし、突入する!」
隊長らしき人物は高らかに宣言した。
「フェルファトアさん……」
フェブラは心配そうにフェルファトアの方をただただ見つめているしかなかった。
「10、9、8……」
窓の外では、冷酷なカウントダウンが淡々と進んでいた。
「フェルファトアさん!」
フェブラが必死に呼びかけ、揺するも、フェルファトアは目を瞑ったまま動かなかった。
「7、6,5……」
フェルファトアは目を閉じたまま大きな深呼吸を一つすると、突如、目を見開き、すっと立ち上がった。
「……これ以上、天政府人の好きなようにさせてなるものですか。フェブラ、窓を開けて」
「は、はい!」
フェルファトアは、一歩一歩、踏みしめるようにメセリームの方へと歩き出した。
「4,3……お?」
天政府軍も読み上げる数字がいよいよ少なくなっていき、臨戦態勢を取りつつあったその時、突如最上階の一室の窓が開け放たれ、兵士達はそちらに気を取られた。
窓を開けたのを合図にして、フェルファトアは勢いよく棒を振り上げ、自らの思いの全てをメセリームへとぶつけた。
重厚なメセリームの金属音は、異様に静まり返ったヴェルデネリアの街中を駆け抜けた。短く、一定の間隔で何度も鳴り響くその音は、街中のミュレス国軍兵士の気をはやらせた。そしてそれは、天政府軍でさえ混乱に陥れたのだった。
「何だ? この音は」
「何が起こってる?」
天政府軍の兵士達は口々に不審を口にした。
「うろたえるな! 所詮、猫のやることだ!」
隊長らしき人物は配下の兵士達を一喝しつつも、自らも突然の轟音に驚愕していた。
鳴り止まぬメセリームの音に天政府軍が戸惑っているうちに、街のあちらこちらから軽重様々に武装したミュレス国軍兵士達がワラワラと集まり始めていた。
「隊長! 目の前に!」
3階の開け放たれた窓に意識を集中していた天政府軍隊長が兵士の声に従い、市役所玄関の方へ目をやると、そこにはおびただしい数のミュレス人が、一様に険しい顔をしながら立ちはだかっていた。
「前も後ろも……囲まれています!」
「惑わされるな! すきを見せてはいけない!」
隊長の再びの一喝に、一旦はざわついた天政府軍も一瞬で静まり、辺りは再びメセリームの音だけが鳴り響くのみであった。
「皆さん集まりました! 前後に列をなして待機しています!」
フェブラは窓から、市役所前の様子を伝えた。
「まずは、作戦通りってところね」
フェルファトアは一旦メセリームを鳴らすのを止め、フェブラとともに窓から様子を伺うことにした。
方々から駆けつけたミュレス国軍兵士は、天政府軍の一団を囲むように円弧状に並び、しかもそれが二重の輪を為していた。
ミュレス国軍と天政府軍は、片方が一歩を踏み出せばそれがきっかけになるような微妙な距離と緊張感を崩さず、じっと対峙していた。
フェルファトアが直感的に感じ取ったのは、先手を取る優位性。
この平衡を崩して先手を取る者が、この大局を制すると、悟ったのだった。
「フェブラも下に降りて、指揮の準備を……」
「はい!」
現場指揮の命を受けたフェブラは、いよいよかと考えながら階段を駆け下りていった。
フェルファトアも覚悟に満ちた笑みを浮かべながら踵を返し、迷わず棒を振り下ろした。
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