四七 奇妙な静寂

「統括指揮官!」

 今度は二人の兵士が、市長室に飛び込んできた。先程報告に来た者と同じく、西の門の門番役をしていた兵士であった。

「天政府軍が来たのね?」

「そ、そうなんです!」

「どんな装備だった?」

 フェルファトアとエルーナンは、先程の兵士と同じことを聞き直した。

「治安管理員よりは重装備でしたね……あ、でも、中には軽装備で剣とかだけ持っている兵士もいました!」

 兵士からの詳細な報告によると、やはり総勢100人程度。フェルファトアの恐れた第二陣の存在は確認できなかったようだった。また、武器に関しては、重厚な防具を纏った兵士が大半だが、中には簡単な防具しか着用していない者もいたようだった。フェルファトアの見解では、この軽装備兵士こそが、舞空部隊ではないかというものだった。また、武器としては、そのほとんどが剣によるものだが、中には弓を持つものもいたようだった。

「多様な構成を取れてるのは、さすが『天政府軍』といったところかしらね……」

「しかも人だけでなく、弓矢も飛んできそうな勢いだよ」

「無傷とは行かなそうだけど、もう迎え撃つしかないわね……」

「作戦は?」

「とりあえずは変更しないわ。でも、どこまで来るか……」

 フェブラやエルーナンのみならず、フェルファトアも、不安を興奮で覆い隠しながらも、作戦を遂行する方向で考えていた。

「この市役所から西の門は見えないのかしら?」

「北側の部屋からなら見れるかもしれないよ」

「よし、じゃあそこから覗いてみましょう。フェブラ、市長室の窓は隠しておいて。何かあったら、北側の部屋に呼びに来るのよ」

「はい!」


 フェルファトアとエルーナンは北側の部屋の窓から外を見下ろしてみた。

 西門の辺りは建物が邪魔して見えなかったが、それでも大通りの大部分は見渡せた。フェルファトアが兵士達に言い渡したように、大通りを通る者には家に入っているように指示しているため、通りには人一人として歩いていなかった。

「ドキドキするわね」

 フェルファトアはその心情をエルーナンに伝えずにはいられなかった。

「いつ始める?」

「まあ、向こうの出方次第ね。私の目論見では、多分、この市役所を直接狙うと思うの」

「でも、もし来なかったら……」

「その時は、考えるわ。少なくとも、途中で別の家の扉を開けたりしたらね」

 話をしていると、建物の影から、金属を纏った天政府人の一団の頭だけが姿を現した。

「来たっ!」

 いち早く気づいたのはエルーナンだった。

「静かに! 私達が見つかると先制攻撃されるかもしれないわ。しっかりと姿を隠しておきましょう」


 天政府軍の行進は、脇目も振らず東へ東へと、自らのいる市役所の方へ着々と近づいていた。

「やっぱり、市役所に来ているわね……」

「いよいよか……」

 エルーナンも、冷や汗が止まらなくなるほど緊張していた。

「エルーナン、極度の緊張は失敗を誘発するわよ」

「そうはいっても、軍が目と鼻の先だからねえ……」

「緊張よりも、興奮を感じましょう、ね」

「興奮、ね……」

 天政府軍は、フェルファトア達の真正面を通り過ぎていき、市役所北東の角を曲がっていった。

「あ、曲がった」

「天政府軍、まさか正面玄関まで来るんじゃないかしら?」

「多分、そうだろうね」

「エルーナン、1階の兵士達により一層の臨戦態勢をとるように伝えておいて。私は市長室に戻るから」

「分かった」

 天政府軍が角を曲がり切ったのを見計らい、エルーナンは1階へ、フェルファトアは市長室へと急いだ。

「フェブラ、何も無かった?」

「ええ、特には……」

「天政府軍が真下まで来てるわ」

「え、嘘!?」

 フェルファトアの言葉に耳を疑い、真実を確かめようと思わず窓を覗き込みかけた。

「危ないわ、フェブラ」

 フェルファトアはフェブラの服を掴んで制止した。

「音で判断するの。もしも向こうが攻め込む勢いなら、抗戦を即座に開始するわよ」

「わ、分かりました」

 フェルファトアは棒を手に取ると、フェブラとともに壁に背中をつけ、外の音を一つも漏らさないように耳を立て、全神経を集中した。

 誰も通らない港へ続く通りを、多くの足音が一糸乱れぬ調子で響いていた。足音に混じり、金属の擦れる音も多く聞こえた。

 それは顔の横側を通り過ぎ、次第に頭の後ろに近づきつつあった。

 フェルファトアは、右手に持っていた棒を無意識のうちにしっかりと握りしめていた。

 微かに聞こえていた、遠く港に打ち寄せるさざ波の音も消え、天政府軍の兵士一人ひとりが発する音、そのすべてを聞き分けられるほどにまで、神経を尖らせていた。

 市役所前の広場に音が溜まっていき、やがて再び静まり返りつつあった。

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