四五 天政府軍の影

「いつ、天政府軍が来てもおかしくないわ。守りを固めておかないと……」

 フェルファトアは、なるべく冷静を装いつつも、一所懸命に作戦を頭の中で練り続けていた。

「あ、そういえば、治安管理員が現れないのも変ね……エルーナン、この町に治安管理所はいくつあるの?」

 フェルファトアは、側にいたエルーナンに尋ねた。

「えーと、3つだったかな? 北側と、西側、それから海沿いの」

「3つか……結構たくさんあるわね……それじゃあ……どうしようかしらね」

 二人とも、腕を組んで、お互いの顔色を伺いつつ黙り込んでいた。

「……そういえば、この市役所の正門は海側を向いているわね」

 フェルファトアは、日の向きを思い浮かべながら再び話し始めた。

「確かにそうだね、あの向こうは港だしね」

「ということは、地上統括府市は市役所の裏側ってことになるわね」

「えーと、そう……だね」

 フェルファトアはまた、考え始め、しばらくしてようやく顔を上げた。

「わざわざ回り込んで正面から攻め込んでくるとも思えないわ。裏の通りに人を置いておきましょう。もちろん、海側から正面突破されても困るから、今、正面にいる人はそのままにしておきましょう」

 フェルファトアは、顔見知りの兵士に伝令役に任命すると、兵士達を何人かの小さな集団にまとめさせた。

「西、北、東の門にそれぞれ5人ずつ置いておきましょう。もちろん、役目は戦闘じゃないわ。遠くから天政府軍らしき集団がやってきたら、2人で急いでここまで伝えに来て。残りの3人は、軍が見えたら隠れて、ちゃんとどこから入ってきたか確認してね」

「はい!」

「それから、貴女達は、この街に3つあるという治安管理所から武器を奪ってきて。交戦もあり得るから、しっかり準備して行くのよ。武器を奪ってきたら、ここへ戻ってきてね」

「分かりました!」

「それから、最後にみなさん。みなさんは、天政府軍が攻めてきた時に立ち向かう最前線となります。とりあえずは治安管理所から武器が調達できるのが一番だけど、そうでなくても、立ち向かう必要があるのは覚えておいて。ここからは、いよいよ明日もしれない戦いの時になるけれど、これも、ヴェルデネリアの明日のために、今戦っているということをしっかりと胸に刻んで、勝負に挑むのよ」

 フェルファトアの重い一言に、さすがに兵士達もすんなりと返事をするのは躊躇われたが、どこからともなく賛同の声が広がった。

「ありがとう。それじゃあ、各自持ち場に散らばって。最前線部隊は、ひとまずここで休憩を取りましょう。いざという時のためにね」


 日が完全に沈み、街の灯りが全て消えた真夜中でも、フェルファトアは一睡もできず、窓から港の方を見つめていた。

「フェルフ、きっと今日は来ないよ」

 一旦、家に戻って水をとってきたエルーナンは、給湯室から持ってきた2つのグラスに水を注ぎながら話しかけた。

「そう思う?」

 フェルファトアはグラスを受け取りながら聞いた。

「たとえ、市長が飛べたとしても、走るよりも少し早いくらいだと思うからね。地上統括府にしろ、ポルトリテの軍基地にしろ、どれだけ早くても行くだけで半日以上はかかるでしょ」

「そうかしらね」

 フェルファトアは、エルーナンの助言も鵜呑みにはしなかった。

「エルーナン、軍は飛んで来ると思う? それとも、歩いて来ると思う?」

「そうだなあ……私の予想では、向こうは歩いて来ると思うね」

 フェルファトアは、少し驚きの表情を見せた。

「それは何故?」

「フェルフ、天政府軍を実際に見たことはある?」

「……えーと、地上統括府市の街中でなら……」

「でも、そういう時って、防具もなにもつけてないでしょ?」

「うーん、確かに」

「あくまで想像に過ぎないんだけど、鉄製の防具って結構な重量ありそうでしょ? だから、地上統括府市やポルトリテからずっと飛んでくるのは難しいと思う。だから、戦闘の時以外は歩いてくると思うよ」

「なるほど、エルーナンの言うことも一理あるわね。私も防具や武具を身につけてると、重くてそうは飛べないだろうなとは考えてたの。でも、それも見越して鍛えられていたら困るじゃない?」

「ああ、それもそうか」

「だから、いつ来てもおかしくないように準備はしないといけないわね」

 フェルファトアとエルーナンは、お互いに気を引き締めることを確認し、さらに今後の計画についても話し合い始めた。

「そういえば、夕方に出した見張り番達も、結構長いこと出たままだわ」

「もうそろそろ、あの人達も眠くなる頃じゃないかな……」

「そうなると、気づいたら寝てたなんて事になったら困るわね。こうなれば……フェブラ、フェブラ」

 フェルファトアは、市長室の床で寝ていたフェブラを揺すり起こした。

「え、な、何ですか? フェルファトアさん……」

「今日、天政府軍が来るとも限らないから、適当に交代しながら起きておくことにしたのよ。私とエルーナンとフェブラで、ここを交代で見張ってましょう」

「え、私でいいんですか?」

「もし、見張り番が急いで帰ってきたら、私達をまず起こして欲しいの。あ、あと、見張り番なんだけど、私達が交代する時と同じ時でいいから、15人を市役所にいる兵士と入れ替えて行こうと思ってるの。適当でいいから、それもお願いできる?」

「わ、分かりました。何とか頑張ってみます」

 フェブラは、二人の顔を見ながら一つの疑問を頭に浮かべた。

「結局、現れるのは天政府軍なんですかね……」

 質問に対して、フェルファトアも少し考えて答えた。

「うーん、そうね。治安管理所に行った部隊の話では、誰もいなかったからとりあえず武器を持ち出せるだけ持ってきたというけれど……」

「それもおかしな話だよ。市役所を占拠されても治安管理員が出てこないなんて……」

「そうよね。まさか、軍が出てくるまでやられ放題なんてこと、普通は許されないでしょう?」

「それとも、トリュラリアで役に立たなかったから、あまり出てくるなって言われてるのかなあ……」

「軍から……? まあ、無駄に被害を増やすよりかはいいのかな?」

「全部想像だけどね」

「実際の所、どうなんでしょうね……」

「ちょっと、不気味だよね……」

 不透明な現状と未来に、フェルファトアとエルーナンは、しばらくは眠れない夜が続くんだろうと悟った。

「明日……」

 フェルファトアは軍との交戦の時が迫っていることを、時が経つとともに実感していった。

「フェルフ、貴女も休まないと。フェブラが起こしに来たら、もう寝られないよ」

 真剣な顔を崩さないフェルファトアを思いやり、エルーナンは優しく声をかけた。

「ああ、そうね。折角交代制に決めたんだから、私達も守らないといけないわね……」

 フェルファトアはエルーナンの助言に従い、部屋の隅の方で休むことにした。


 フェルファトアは結局、自然に目が覚めるまで誰にも邪魔されることなく眠ることが出来た。

「おはよう、フェブラ」

 目をこすりつつも、市長の席に腰掛けながら窓の外を見つめているフェブラに声をかけた。

「あ、フェルファトアさん。次はエルーナンさんの番では?」

 フェブラは早い登場に少し戸惑いながら答えた。

「そうだけどね、目が覚めたのよ」

「ああ、なんだ。そうでしたか」

「何か変わったことはあった?」

「いえ、何も」

「そう?」

 フェルファトアは、窓から下の道路の様子を眺めた。

「確かに、特におかしな様子は無さそうね。でも、来るとしたら今日ぐらいだと思うんだけれど……」

 フェルファトアは、晴れ渡った空を眺めながら悩み始めた。

「フェルファトアさん、もし軍が来たら、すぐに対応できますか?」

 フェブラは、唐突に質問した。

「まあ、考えてることは考えてるわ。どこまで通用するかはわからないけれど……」

「それなら、少し安心しました」

 そう言いつつ、フェブラはフェルファトアの横に立ち、一緒に外を眺めた。

「そうよね。いつ来てもおかしくないものね。それに、兵士達に朝の支給をお願いしないといけないし」

「来てほしくはないですけど、あまり長引くのも嫌ですね……」

「そうね。ずっと待っているだけでも、精神的に疲れそうだわ」

 頭を抱えて始終険しい表情を見せるフェルファトアを見て、フェブラは何らかの打開策を打ち出そうとしていた。

「何か、気分転換しませんか?」

「気分転換……ねえ」

「あ、じゃあ、例えば……天政府軍が攻め込んで来た時に、どういう作戦を取るのかとか……」

 その言葉にフェルファトアは目を見開いた。

「そうね、一刻も早く作戦を立て直さないと」

 そう言うやいなや部屋を飛び出して、寝ているエルーナンを起こしに別の部屋へと走り出した。

「エルーナン、エルーナン」

「え、あ、突撃!?」

 突然叩き起こされたエルーナンは、思わず飛び起きた。

「いいえ、まだよ。でも、朝になっても来ないから、もう一回作戦の立て直しが必要じゃないかと思って」

「ああ、そうなんだ。まだ来てないんだね……」

 エルーナンは少しほっとしつつも起き上がり、フェルファトアとともに市長室へと向かった。


「あ、エルーナンさん」

「おはよう、フェブラ。どうやらフェルフが作戦を立てたいとか」

「いつ向こうが来るかわからないし、なんだか長くなりそうだから、食料の問題とかも含めて話し合いましょう」

「そうだね。じゃあ……」

 周りではまだ兵士達がぐっすりと眠りに落ちている中、3人は朝日の差す市長室の真ん中に座ると、フェブラがどこからか持ってきた紙と筆を囲みながら、改めて作戦を詰め始めた。


「じゃあ、これで行きましょう」

 兵士達も起き出し、差し入れに手を伸ばし始めた頃に、やっと作戦をまとめ上げた。

 フェルファトアは、紙を拾い上げると、手を何回か打って兵士達を起こした。

「みんな、みんな。作戦変更よ」

 兵士達は反応鈍く、肘を立てたまま動かなくなったり、おもむろに起き上がったりしているのを見て、本番じゃなかった事を安堵しながらも、作戦の内容を告げた。

「それじゃあ、言った通りによろしく頼むわね」

 そう言うと、兵士達はぞろぞろと市長室を後にした。そして、その半数は市役所の外に出ていってしまった。

 しばらくすると、兵士達が5人掛かりで大きな金属で出来た円盤を吊るしたものを市長室まで持ち運んできた。

「これは?」

 フェルファトアも初めて見るそれに圧倒された。

「ヴェルデネリアで使ってた『時のメセリーム』だよ。(訳註:メセリーム……大きな銅鑼を指す。)今は鐘を使ってるけど、昔はこれで時を知らせてたんだよ」

「なんで使わなくなったの?」

「鐘の方が簡単なんじゃない? あと、これ」

 エルーナンは、兵士から渡された棒のようなものをフェルファトアに渡した。

「フェルフが様子を見計らって……」

「これを鳴らせばいいのね?」

 フェルファトアは、メセリームを指差した。

「そういう事だね」

「なるほどねえ」

 フェルファトアは棒のようなものをくるくると回しながら、まじまじと見つめていた。

「さて、準備もできたことだし、私達は様子が変わるまで待ちましょうか」

 フェブラも含めた3人は、静かになった市長室で思い思いの方法で時間を潰しつつ、その時を待ち続けることにした。

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