四四 ヴェルデネリア市役所占拠

 翌日、フェルファトアを含めた六人は不安感に押しつぶされそうになっていた。

 エルーナンが伝えに言ったとはいえ、ずっと音沙汰の無かったフェルファトアの呼びかけに、一体どれだけの協力者が実際に応えてくれるのか、応えることが出来るのかが全く予想がつかなかったからだった。

 別に信用していないわけではなかった。

 ただ、トリュラリアで成功した時とは違い、一人ひとり、確かに姿を確認したのは、自分たちの兵士5人とエルーナン、そして例の市役所の人の7人しかいなかったからだった。しかも、今回は現地で集まるまで分からず、不確定な部分が非常に多かったというのもあった。

 フェルファトアは、もう少し時間が欲しかったなと少し後悔の念をいだきつつも、兵士達の不安ながらやる気に満ち溢れた顔を見る度に、改めて気を引き締めていた。

 その六人は昼御飯を早めに済ませると、市役所近くの物陰に隠れて、時の鐘の鳴るのを今かと待ち続けた。


 やがて、時間が経つとともに、辺りにミュレス人の姿が多く見られるようになったのを感じた。

 それは誰の目に見ても、非常に目立っていた。

 フェルファトアは、事態を不審に思った誰かが治安管理所に駆け込むのが先か、鐘が鳴るのが先かとハラハラしながら、ずっと隠れて様子を窺っていた。

 しばらく見守っているうちに、市役所前の広場は大勢のミュレス人で埋め尽くされてしまっていた。

「ちょっと、いつの間に、ヴェルデネリアにこんなにも仲間が?」

 フェルファトアは驚きを隠せなかった。

「フェルフがシュビスタシアの方に行ってる間にも、私達の間では噂が広がってたから……」

「なるほどね……」

 フェルファトアは感心しながらも、この余剰とも言える人数をどう使おうかと頭を回転させていた。

 その時、港の方から鳴り響く鐘の音を聞いた。

「あっ、時の鐘だ」

 その瞬間、広場にいたミュレス人達が一斉に立ち止まって聞こえてきた鐘の音に耳を立てた。

 異様な静寂が包む広場に、さらに2回目の鐘の音が静かに響いた。

「よし、行きましょう!」

 フェルファトアは思い切り物陰から姿を表した。それに続いてエルーナンと6人の兵士も続いて飛び出した。

「構えて! 構えて!」

 フェルファトア達は広場の四方につくと、各々に叫んだ。

 フェルファトアは号令と同時に自身の剣を抜き、そして天に示した。すると、その場にいたミュレス人達は、懐に隠し持っていた三者三様の武具を同じように振り上げた。

 フェルファトアは、各々の準備ができていることを確認すると、直ちにかざした剣を振り下ろし、市役所の建物の方に振り返ると、再び剣を勢いよく振り上げ、前方にかざすように振り下ろした。その刹那、両脇に配していた兵士二人は、待ち望んでいたかのように声を上げ、市役所の正門めがけて突進を始めた。

「行け! 行け! 行け!」

「市長室まで!」

 広場の集団の側に位置していた兵士達は腕を振り回してその場の集団を急かし、一番後ろの兵士に至っては、集団の背中を押すようにして集団の密度を高めようとさえしていた。


「市長室は3階よ!」

「ヴェルデネリアを私達の手に!」

 防衛用に残した一部を除いてもまだ大軍といえる人数が、市役所の建物の中に一気に流れ込んだ。何の準備もしていなかった市役所の天政府人達は、流れ込む圧倒的な数のミュレス人達を目の前にして、身動き一つ取ることも出来なかった。フェルファトアとエルーナンはそれぞれ、集団を鼓舞するように威勢のよい言葉を投げかけつつ歩みを進めていった。

 とにかく、計画遂行のためには速度が必要だと考えていた。

「貴女はこの部屋! 次はそっちもお願い!」

 フェルファトアは途中途中で適当に人員を割り振り、一介の天政府人に不意な行動を取られないようにしつつも、階段を駆け登った。

「何だ、何だ?」

「ミュレス人達ですよ! 大量に!」

 様子を見に天政府人が数名、怖いもの見たさに恐る恐る部屋から出てきていた。

「あっ! 天政府人だ!」

「押し返しちゃえ!」

 廊下に出て様子を見ていた天政府人の姿を発見すると、すぐに部屋の中に押し返して扉を閉めて閉じ込めた。


 3階まで駆け上がると、廊下の奥に荘厳な二枚扉が構えていた。

「確か、あれが市長室?」

 フェルファトアはエルーナンと確認しあった。

「確か、合ってると思う」

「そうよね。よし、それじゃあ、行きましょうか!」

 フェルファトアは、後ろに擁している兵士達をさらに煽り立てて、自ら突き進みはじめた。

「市長! 市長!」

 廊下を突き進んだフェルファトアは、扉を大きく叩きながら叫び、扉の向こうの返事を待っていた。

 しかし、向こう側からの反応は皆無であった。

 若干訝しげにしつつも、フェルファトアは扉の取っ手に手をかけて引いてみた。

 ところが、扉すら反応は薄く、押しても引いてもびくともしなかった。

「鍵が掛かってるみたいね」

「どうする?」

「仕方がないわ。何とか力ずくで開けられないかしら。みんな! 手伝って!」

 フェルファトアは、周囲の兵士達と共に、4人がかりで扉を押し始めた。

 何回か押しているうちに、ようやく扉がたわみ始め、ついには激しい衝撃とともに扉を破壊するようにこじ開ける事ができた。フェルファトア達はその衝撃で部屋の中に倒れ込んだ。

「やっと開いたわ! ……あれ?」

 部屋を見渡すと、そこはもぬけの殻であった。

「おかしいわね、昨日の話だともう出てると思ってたのに……」

 フェルファトアが部屋を見渡すと、机の背後にある大きな窓が目に入った。窓の近くに駆け寄ると、窓の桟に若干の土がついていることに気がついた。

 窓から外を見ると、そこには春の澄んだ青空が広がっていた。

「ここから逃げたのかしら……」

 フェルファトアは空を見上げながら呟いた。

「空を、ですか?」

「ありえなくもない話よ。地上統括府内で生まれた天政府人はともかく、『本元』から派遣された天政府人なら」

 フェルファトアはため息をつきながら振り返り、机の上に散らばった書類を眺めた。

「これは……」

 一枚の書類がふと目につき、拾い上げて読んでみた。



 地上統括府総合司令部令 353年第45号

 「ミュレス国」を名乗るミュレス人の一団が、中央地域トリュラリアに続いてエルプネレベデアでも暴動を起こし、エルプネレベデア治安管理所が襲撃に遭い、甚大な被害が出ている。

 被害はハリシンニャ川以東の大街道沿いに集中しているが、一団は勢力を強め、規模は地上統括府統制地域全土に渡るおそれもある。

 上記の様であるから、各市町村は以下の条項を遵守せよ。

 一、区域の境に門を擁する自治体は、検問をさらに徹底せよ。また、門を擁さぬ自治体は、区域境界全体の監視を強化し、街道上に臨時の検問所を設置せよ。

 二、首長が非天政府人の自治体には即刻、近隣自治体より天政府人の特別首長を派遣せよ。なお、人員は地上統括府地方院により別途指示する。

 三、ミュレス人を対象とした行動制限令(総合司令部令353年第43、44号)は継続する。

 四、万が一、ミュレス人の異常な行動(集会および危険行動)を確認した時は、遅滞なく天政府軍ミュレシア部隊に報告せよ。


 以上



「市長は、天政府軍に知らせに行ったんじゃないかしら……」

 フェルファトアの一言に、場は一気に凍りついた。

「て、天政府軍が……」

 一同の驚きの言葉も当然だった。

 市町村を守る「治安管理所」や、街道の警備にあたる「街道院」は、警備に関しては手練ではあったが、それでも、技術や戦術に関して天政府軍とは比較にならない程度であった。しかも、天政府人ならば誰でもなることができる治安管理員や街道院の役人とは違い、天政府軍は、本元から派遣されているらしく、その全員が飛行技術に長けている強者揃いだと聞いていたからだった。

「天政府軍が相手か……まさかこんなに早くお目にかかることになるとは思わなかったけど……」

「で、でも、来ると確定したわけでは……」

 若干弱気な顔を見せているフェブラは、自らに言い聞かせる様にフェルファトアに話しかけた。

「この紙に書いてあることが本当なら、多分来るわよ。来なかったとしても、まず治安管理員達との戦闘は必至でしょうね。さてと……」

 フェルファトアは紙から顔を上げ、市長室に集まった兵士達の方を見つめた。

「皆! 市長はいないけれど、ヴェルデネリア市役所の占拠には成功したわ!」

 フェルファトアはひとまず労をねぎらい、拍手を送った。それに応じてその場にいた兵士達も、そばにいた者同士を見ながら拍手で返した。

「しかし、天政府人はここで指を咥えて見ているだけのような連中ではないわ。必ず取り戻しに来るに違いない。それは治安管理員達かもしれないけど、ここの資料を見ると、天政府軍との戦闘も覚悟しなければならない」

 その時、再び辺りがざわついた。

「待って、皆がそう恐れるのも分かるわ。私達は天政府人達のいざという時の恐ろしさは身をもって知っているはず。でも、私達にだって、『ミュレス民族』の意地がある。私達は、民族の明日のために立ち上がってる。そして、今、確実に掴みかけてる。だから、この好機を絶対に手放さないために、何としてでもこのヴェルデネリアが私達の手にあると胸を張れるようになるその時まで、戦いましょう!」

 フェルファトアは、兵士達を鼓舞すべく、右手を握りしめて高く振り上げた。

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