四三 港町ヴェルデネリア

 エルントデニエから一昼夜歩き通し、西軍の6人はついにヴェルデネリア市の入市門を潜り抜けることに成功した。

 エルントデニエの郵便業者は街道沿いには検問は開かれていないと言っていたが、6人は道中、検問を始めようとしていた天政府人を見かけていた。その検問所では、先を急いでいたこともあって、まだ作成途中であった垣根を破壊して強行突破するという強引な手段に出たが、何とか難を逃れることができた。

 一方、普段は街道院の門番が駐在している入市門では、門番の姿は見当たらなかった。後から聞いた話では、街道沿いの検問要員として、他の所から派遣されるまでの繋ぎとして駆り出されているようだった。

 フェルファトアは、教育院の仕事で訪れた際にいつもお世話になっていた宿屋に兵士達を預けると、早速、ヴェルデネリア一の協力者のエルーナン・テルシフェノアを単身で訪ねた。


「悪いわね、なんか変な所に呼び出して」

 フェルファトアは、いつもの酒場などではなく、商店と商店の間の狭い路地に呼び出したのだった。

「いやいや、別にいいよ。時期が時期だもん」

「時期……そうね」

 フェルファトアがこのような場所を選んだのも、とりわけヴェルデネリアでは監視の目が厳しくなっていることを別の協力者から聞いたからであった。

 6人が酒場や食堂には必ず天政府人が一人常駐することになったことや、ミュレス人が外出するには天政府人の許可を得た旨の書状が必要になったという情報を宿屋のミュレス人から密かに得ていたのだった。

「ところで、私からの手紙は届いた?」

 フェルファトアは、エルントデニエで出した手紙の事を聞いてみた。

「ああ、あの手紙ね。届いたよ」

「そう、それは良かった。ところで、意味は分かった?」

「意味はとにかく、フェルフが今になって手紙を送ってくるなんて、大体意味は限られてるからね。一応、みんなには準備しておくように伝えてはいるよ」

「さすがね。武具とかはどうやって調達できそう?」

「そこが一番難しいところなんだけど、他の人には、その時になったら食事用のナイフでも、ただの棒でもなんでもいいから持ち出せるものを何か持ち出して来てとは言ってる」

「トリュラリアの時もそんな感じだったわね。まあ、そこは仕方ないか」

「だけど、今は日に日に締め付けが強くなってるから、持ち出し云々よりも、外に出られるかどうかも怪しくなってきてるよ。行動するなら、なるべく早い方がいいと思う」

「……そんなに?」

「毎日のように地上統括府の方からお触れ書きが届いてるような状況だからね」

「うーん、ということはやっぱり……」

「だから、明日にでも……」

 エルーナンの言葉の端々に焦りを感じ取ったフェルファトアもその感情は理解できた。自身も早く行動に移さねばとは遠征中から考えていたが、それ以上に焦っているのを見ると、先走りだけは避けなければいけないと考え始めていた。

「そうね……だけれど、ちゃんと計画は立てないといけないわ。確実に進めなくては……」

「フェルフ、私もわかってるつもり。だけれど……」

「そうね……どうしようかな……」

 二人で腕を組みつつ考えている間にも、日は高く上り、まもなく折り返し沈もうとしているところだった。

「……貴女の見込みでは、明日にでも行動できそうなの?」

「……多分」

「多分じゃダメよ」

「……そうだなあ……でも、見通しとしても、時間が経てば準備が整うというものでもないし、むしろ時間が経てば経つほど、可能性は少なくなると思う……」

「それなら、やるしかないわね。明日にでも」

 二人はようやく方向性を一致させることができた。

「町の他の人員の確保は、エルーナンがしてくれる?」

「任せて。でも、どうするの?」

「トリュラリアでは、まず中央広場に兵士を集めて占拠したのだけれど……」

「中央広場か……でも、ヴェルデネリアには中央広場はないよね」

「古い港町ってそうなのよね……それに、トリュラリアよりも規模は比較的大きいし、さすがに圧倒的に大量の兵士で混乱の内に、ってのも難しいわよねえ……難しい戦術も、あまり慣れてないから取りづらいし……もう、最初から市役所を占拠してしまうのが早いかもしれないわね……」

 フェルファトアのこの意見には、エルーナンも驚きの表情を見せたが、やがて目を輝かせ始めた。

「なるほど、一気にトップに挑むんだね!」

「トリュラリアの時とは違って、こちらの兵士の数も限られるしね。その点、市役所さえ守れてしまえば、少なくともこの町の支配権は奪えるんじゃない?」

「いやあ、驚いたけど、とても大胆だね……」

「そうね。ところで、エルーナンは市役所の中がどうなってるのか、知ってる?」

「いや、知らないけど」

 二人の間に、しばしの沈黙が冷たい風と共に流れていった。

「……あ、でも、市役所で雑用をしているミュレス人の仲間は知ってるから、その人なら、多分知ってるんじゃないかな?」

「本当? その人って、今ここに連れてこれる?」

「うーん、どうかな……あ、でも今日は休日だから、多分……」

「じゃあ、お願いだけど、ここまで連れてきてくれないかしら?」

「分かった。やってみるね」

 エルーナンは、フェルファトアに返事をすると、大通りの人間が誰も見ていないことを確認しつつ、急いでその人の下へと走っていった。


 しばらくフェルファトアが待っていると、エルーナンは新たに白猫族の女を連れて帰ってきた。

「彼女が、市役所で勤めている方?」

「そう。さっき話した子」

 その人は、フェルファトアの姿を見ると少し恐縮しているようだった。

「貴女、私達がこれから何をしようとしてるかご存知?」

 フェルファトアは一つ質問をして、反応を試してみた。

「……え?」

「ほら、フェルファトアさんだよ」

 少し戸惑いを見せたのを感じ、エルーナンは慌てて肘で合図した。

「あ、フェルファトアさんですか、アレですよね。あの、地上統括府を打ち砕こうとされてるという……」

「まあ、そういうところかしらね」

 この答えにフェルファトアはほっと胸をなでおろし、ようやく主題を切り出した。

「実はその件で、手始めというか、一気に市役所の占拠と行きたい訳。それで、私はこの街の市役所の中がどうなってるのか分からないの。だから、貴女に教えて欲しくて……」

「できれば、ここで詰めておきたいところだよね」

「そうね、それがいいかもね。貴女、中がどうなってるのか、教えてくれるかしら?」

 二人はここで作戦自体を作り上げようと考え、フェルファトアは予め用意していた紙と筆記用具を渡した。

「ああ、中ですか? えっと、市役所は確か、3階建てですね。そして……」

 彼女は職場の様子を思い出しながら紙の上に内部の様子を再現し始めた。まず、一階から描き始め、しばらくして三階の市長室までを描き上げてしまっていた。

「うーん、内部の様子としては大体こんなものですかね……」

「ありがとう。なるほど、こうなってるのね」

「どう? トリュラリアの時と比べて……」

「うーん……随分と違うわね。やっぱり、ヴェルデネリアくらい大きい街になると、こうも広いものかしらね……」

「でも、市長室を占拠すればいいんでしょ?」

「それはそうかもしれないけど、それにしたって、守りは重要よ。占拠したところで、すぐに治安管理員なのか地上統括府の兵士なのか知らないけど、その辺りがまた奪い返しに来ようとするでしょう? それを守りきらないと、ヴェルデネリア自体を手に入れたことにはならないわよ。ちゃんと、市長から降参の言葉を貰わないと……」

「そうなんだ……うーん、どうしようかなー……」

 それから、市役所内部のお手製の地図を囲んで、狭い路地で身を寄せつつ、三人で突入計画を立て始めた。


 昼御飯の時間も過ぎ、まもなく夕方が近付こうとしていた頃、ようやく三人の意見はまとまりを見せた。

「こんなものでどうかしら? ちゃんとこの通りに動けそう?」

「そうだね。まあ、変なことになったらその時考えるかな」

「地図さえあれば、どうとでもなるかもしれないわね。それじゃあ、この事を皆に伝えてくれるかしら?」

「分かった。いつって伝えようか?」

「えーと、貴女、いつも何時頃に市長って来るの?」

「うーん、昼前かな」

「じゃあ、お昼過ぎ、昼の2回目の鐘が鳴ったら、この市役所の門の所から入るって事で」

「市長のいるときに狙うの?」

「そう。相手方の交渉役として、居てもらわなきゃね」

「分かった、昼の2回目だね。それじゃあ、皆に広めてくるよ」

 エルーナンは再び、路地を出て走り始めた。

「貴女も、明日は頼むわね」

「あ、分かりました」

「これも、民族のために。だからね」

「あ、はい。民族のために」

 フェルファトアは、市役所の人と別れ、自らの兵士の待つ宿屋へと急ぎ、明日の襲撃計画について説明し、兵士とフェルファトアの間で作戦をさらに細かく考え始めた。

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