第一一節 ヴェルデネリア蜂起
三七 西軍の旅立ち
「さあ、急いで行きましょう! ヴェルデネリアへ!」
フェルファトアは、自ら選りすぐった5人の兵士を引き連れてトリュラリアの西の門から出ると、すぐさま北に針路をとった。ヴェルデネリアにつくまでは、自らの軍(といっても6人だけの小隊だが)が、トリュラリアであったような波乱を巻き起こしたくないと考えていたからだった。
特に、川向かいのシュビスタシアはこの地域では一番大きな街で、6人では到底どうにもならないことは目に見えていた。
フェルファトアは地上統括府領の南半分ほぼ全てを訪れたという自負があった。
前職で培った経験を生かして、なるべく人通りの少ない街道を通り、天政府人が常駐していない小さな村を渡りながらヴェルデネリアまで行けないだろうかと考えた。その結果、まずはあまり栄えていないハリシンニャ川東岸をひたすら北上する事にしたのだった。
「フェルファトアさん、最初はどこに行くんですか?」
兵士の一人であるティアラー・セヴィリアーは、息を切らしながら後ろから声を掛けた。
「そうね、とりあえずツテのあるベレデネアに行こうかと思ってるわ」
「ベレデネアですか……?」
いくら同じハリシンニャ川の沿岸の町同士とはいえ、トリュラリア出身の兵士達にはベレデネア村は分からないようだった。
「総司令官の生まれた村よ。同じベレデネア出身の兵士もいるんだけど……」
「なるほど、総司令官の故郷なら、受け入れてくれそうですね」
「でしょ?」
「でも、そこからはどうするんですか?」
フェルファトアは、一所懸命に考えたが、結局思い浮かばなかったようだった。
「うーん……そこからはベレデネアで考えようと思ってたんだけど……でも、安心して。私、大街道以外の小道も知ってるから!」
「本当ですか?」
「もちろん! 私、教育院の元配達員だから!」
理論派のフェルファトアも、この時ばかりはとにかく焦っていたのか、いつになく強引に押し切った。というのも、彼女には一番の心配事を走りながら気にしていたからだった。
フェルファトアは、先日のトリュラリア攻略の後、船が一艘無くなっているとの騒ぎを耳にした。彼女は、その船は天政府人に使われたものだと考えていた。おそらく、治安管理員の一人が騒乱の報告をしにシュビスタシア側へ渡ったのではないかと推測していたのだった。
そして、フェルファトアが一番恐れているのは、街道封鎖であった。情報が伝わるよりも早く、ヴェルデネリアにたどり着けなければ打つ手が無くなってしまうのだ。
フェルファトア達は、途中で休憩を取ることもなく進み続け、遂に対岸にベレデネアの村落を捉えることが出来た。
「でも、どうするんですか? ここから川を渡らないといけませんよ?」
川は沈みかけた陽の光を映していた。その反射光は、ほぼ乱れのない、そして意外と速い川の流れを示していた。
「うーん、歩いて渡るわけには行かないわね……何か無いかしら」
フェルファトア達は、辺りを見回してみた。
辺りには畑が広がっており、川の近くには杭が3本立っていた。
「こっちの岸には家は無さそうね……ここの畑はベレデネアのものかしら?」
フェルファトアが考えていると、兵士の一人が、畑の真ん中に別の杭が立っているのを発見した。杭にはロープが結いつけられており、そのロープが対岸の家まで続いていた。
「ここのロープ、向こうまで続いているけどなんだろう?」
好奇心のままに二回ほど引っ張ってみると、やがてロープの先の家から黒猫族の人が出てきたのが見えた。
「何かの合図を送ったの?」
「えー? 知らないですけど……このロープですかね?」
対岸の黒猫族の人は、フェルファトア達の姿を見ると、笑顔で手を振り始めた。6人は皆で手を振り返してみせた。
すると、対岸の人は家の近くの川岸に結んでいた小舟に乗り込むと、川を渡ってやって来た。
「貴女達は? 旅のお方?」
船を漕いでやってきた黒猫族の女は、ロープの世話をしながら問い掛けた。
「旅と言っては何ですが……」
フェルファトアは頭をかきながら返答に困っていた。
「えーと……私達はミュレス国の兵士です。実は……」
「ミュレス国……?」
その女には、肝心の「ミュレス国」が分からないようだった。フェルファトアは、どう説明しようかと冷や汗をかきながら丁寧な説明を試みた。
「ああ、天政府人達の治世をひっくり返そうっていう、ティナちゃんがやるって言ってたアレですか」
女は少し笑いながら応えた。
「みなさんも、ティナちゃんのお手伝いをしているのですか?」
「はあ、まあ、手伝いというか……」
「それで……何でしたっけ?」
フェルファトアは、少し疲れたような顔をしながら、もう一度説明し直した。
「なるほど、西の果てへ」
「果てという程では……」
「いいですよ。村まで送ってあげましょう。でも、そうね、みなさんを運ぶには3回は往復しなくてはね」
女は、笑みを浮かべた表情を一時も崩すこともなく、船に乗り込んだ。
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