三六 ノズティア共同宣言
朝早くから市長は、三民族の市民全員に市役所前の庭園に集合するよう人づてに呼びかけた。
市役所の前は、庭園に収まりきらないほどの人で溢れかえった。
ミュレス国兵士達は群衆整理の任を受けた。主従関係にある天政府人とミュレス人はきっぱりと分け、間に南部悪魔族を挟み込ませた。さらに、それぞれの民族の間に武装した兵士をつかせた。
群衆整理が一段落し、ざわめきも落ち着きを見せたところで、市役所の扉が開かれた。
奥から出てきたのは、市長、副市長のみならず、街道院の副院長、地上統括府および闇の国の上級役人もいた。ミュレス国幹部のティナ、エレーシー、エルルーアも列に加わり、そして一番端には何故かシャスティルの姿もあった。
一同が一列に並び終わると、群衆は一層静かになり、一人残らずティナ達の方に注目した。場が完全に静まったのを確認すると、市長は一歩前に出て、傍らに抱いていた文書を開いた。
「ノズティア市民の皆さん、私は、市長のエレメ・ロズティートローノです。朝早くからお集まりいただき、誠にありがとうございます。さて、この度集まって頂いたのは、他でもありません。私と副市長、そしてこちら、ミュレス国の首脳陣との間で共同宣言を行うこととなりました。内容は以下の通りです」
市長は、これまで読んでいた安価な紙から格調高そうな厚紙に持ち替え、さらに読み進めた。
「本日、天政府地上統括府、闇の国、およびミュレス国は以下の基本9か条について共同宣言を行い、即日発効する。
一、ノズティア市は、天政府地上統括府、闇の国およびミュレス国の共同統治とする。
二、全てのノズティア市民は、民族によって権利および義務を制限されない。
三、民族間の紛争を解決するノズティア民族院をノズティア市役所内に置く。
四、民族院の院長は市長とし、その下に各民族の代表として副院長を置く。また、副院長は自動的に副市長の位を与えられる。
五、各民族の代表の交代は、各民族間の会議等によって決定する。
六、市治安管理隊は、三民族毎の小部隊で形成される。
七、ノズティア市では、いかなる民族においても職業は自由に選択できる。
八、ミュレス民族に対するこれまでの身体的及び心理的補償については別途取り決める。
九、本共同宣言の条文について、追加、修正、削除は、三民族代表会議の決定により行われる。
そして当面、民族院院長および南部悪魔族代表は私が、天政府人代表はリシーナ・タートローフィノ副市長、そしてミュレス人代表はシャスティル・アルベ国軍参謀兼副市長が担当する」
市長の宣言に続き、リシーナ、そしてシャスティルも全く同一の文言を、自分の手元にある文書を見ながら読み上げた。
読み上げた後、シャスティルはペン先にインクをたっぷりとつけ、慣れない筆使いで自分の名前を署名した。その文書をティナに手渡すと、ティナは慣れた手付きでシャスティルの名前の上にスラスラと署名した。天政府人および南部悪魔族の方も同様に署名を済ませると、文書を交換して同様に署名を行った。
3部の文書全てに署名が埋まったところで、息を合わせたように広げ、群衆に見せた。
市役所に向かって右側のミュレス人達は、これまでティナが聞いたこともないほど湧きに湧いた。一方、天政府人や南部悪魔族からはどよめきが起こった。
しばらく時間をおいて文書を閉じると、ティナはシャスティルの背中を叩いて下がらせ、自らは演壇に立った。
「はじめまして、ノズティアの皆さん。私は、ミュレス国軍総司令官のティナ・タミリアです。今後、貴女達が天政府人の下を離れようと、離れまいと自由です。そして、現在は天政府人の使用者の下に暮らしていると思いますが、これからは自らの家を持つ事も出来ます。ノズティアに住むミュレス人の皆さんが自立出来るようになるまでは、この街に30人の兵士を駐在させます。もしも困っていることがあったら、民族院のミュレス人を訪ねて下さい。シャスティル・アルベ以下担当一同、問題解決に尽力してくれるでしょう。
そして最後に、まだ地上統括府領には、皆さんの昨日までと同じような境遇にある同族がまだ何十万、いえ、何百万といます。私達は、自らの命を賭して地上統括府領に住む同族の解放に手助けしてくれる仲間を集めています。もしも、力になってくれるのであれば……この後、私達にお声掛け下さい。宜しくお願いします」
この場に集まったミュレス人達に対して必死の説得を行うと、静かに壇上を降りた。
市長が結びの挨拶を終えた後、ティナはミュレス人達をその場に残させた。すると、その場で群衆整理を行っていた兵士達が集まると、兵士1に対して複数の市民からなるグループを作り、ミュレス国についての交歓会を開かせた。しかし、シャスティルはその輪の中にはいなかった。シャスティルは、ティナ達国軍幹部と話に花を咲かせていた。
「シャスティルに重荷を背負わせちゃったかな?」
エレーシーは頭をかきながら苦笑いをした。
「そうかもしれないわね。本当は貴女の希望通り、行軍に参加してもらえたら一番いいんだけど、この街でミュレス人代表の適任ってなかなかいないのよね……でも、あの副市長にあれだけの事を言えたんだもの。何とかなるわよ」
ティナはシャスティルの背中を優しく叩いて励ました。
「総司令官が仰るなら」
シャスティルは緊張しながらも答えた。
「さてと、問題はこのノズティアから何人の兵士が誕生するかだわ」
「きっと、みんな参加してくれますよ。私達は同じ、ミュレス人なんですから」
「きっと集まってくれるよ、お姉さん。ミュレス民族の性格なんだから」
「そうね、ミュレス民族の性格……一人は皆のために、皆は一人のために……ね」
ティナは、古くから他民族から言われているミュレス民族の特徴の一つを呟いて庭園に集まっている集団の方に目をやった。
そこには、どこでも兵士と市民がとても楽しそうに一緒の時を過ごし、いつまでも話が尽きないようだった。
「後は私達の努力次第ね。気を緩めずに、続けましょう。多すぎて困ることは、あまりないわよね」
「民族の明日のために、ね」
ティナ達は、シュビスタシアの酒場でやったように指を突き合わうと、お互いに笑いあった。
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