一二 ベレデネア村の年末祭

 ティナは妹のフェンターラとともに馬車に揺られていた。

「なんか、悪いわね。付き合わせちゃって」

「いいよ、いいよ。ティナちゃんとフェンターラちゃんはベレデネアのために頑張ってるし」

 ちょうどベレデネアに帰るつもりだった同郷の馬借に頼み込んで載せてもらったのだった。

「ティナ姉ちゃん、エルルーア姉ちゃんは帰ってくるかな?」

フェンターラは目前に広がる雪原を見ながら心配そうに話しかけた。

「エルルーアねえ、今年は分からないわねえ」

「でも、フェルファトアさんは山地の向こう側から来てるんでしょ? 同じように帰ってこれないかな?」

「そうねえ。エルルーアも、ベレデネアの新年祭の大事さは知ってるでしょうしね。帰ってくるといいわね」

 馬車に揺られながらの話はとめどなく、シュビスタシアでの暮らしについての話がベレデネアの村に着くまで延々と続いた。


「はい、広場に着いたよ」

 ティナとフェンターラがこの村に帰ってきたのは実に一ヶ月ぶりの事だった。二人は思わず広場中央の「時の鐘」を一回りした。シュビスタシアの賑わいと対称的に静かな故郷に、二人は肩の荷が一気に降りた気がした。

 ベレデネア村は、村中央の広場を中心として、そこから遠ざかるに連れて住居や商店、田畑と広がっていく中央ミュレシア地方の農村にありがちな円形都市の姿を為しているが、川に面している箇所を港として利用しているため、円の一部を欠いたような形をしていた。

 ティナとフェンターラの住むタミリア家は、欠いた円の端にあり、畑は川向うにあった。

「帰ったよ」

「おかえり」

 家に帰って土間に荷物を置くと、奥から父と母が出迎えてくれた。

「シュビスタシアはどうだった?」

「大体いいんだけど、やっぱり統括府の締め付けが厳しくなってるわね」

「そうか……最近は村にも顔をだすようになったしなあ」

「そうなの?」

 ティナは目を丸くした。この村は殆ど天政府人とあまり関わり合いのない、数少ない『優秀農業都市』だったが、この冬から天政府人が時々視察しに来るのだそうだ。

「村長は?」

「うーん……次期からは天政府人かもしれないってぼやいてるよ」

「でも、うちの村長は統括府寄りでしょ?」

「しかし、今の統括府長がミュレス人不信に陥ってるという噂も聞くしなあ。それに、内心どう思っているのか……」

「それは……うーん……」

 ティナは改めて状況が逼迫していると感じていた。仕掛けるなら、やはりこの春か。

「とりあえず、この新年祭の間は村の入口に検問所を設けようとしてるよ」

「どうして?」

「まあ、村長も思うところがあるんだろうね。新年祭の侵入者対策と言っているが、実質は天政府人が来た時の連絡員だろう」

「連絡員?」

「そう。天政府人が見えたら、時の鐘を五回鳴らすのだと」

「それは、大変ね……」

ティナは、この村の現状を知ると共に、とにかく早く手を進めなければと考えた。


 次の日の朝早く、ティナはフェンターラに激しく揺すり起こされた。

「ティナ姉ちゃん、村の皆が呼んでるよ」

 ティナは急いで着替えてさっと髪を整えると、家を飛び出した。

 街の広場には既に数十人が集まっていた。これから新年祭の準備に取り掛かるために村長が召集を掛けたようだ。南北に伸びる中央通りに目をやると、既に入り口には柱が建てられ、2人のミュレス人が広場に背を向けて立っていた。

「皆さん、皆さん」

 村の親友に話しかけようとしたその瞬間、時の鐘の前に据えられた台から村長が皆に呼び掛けた。

「明日からは年末祭ですが、3日後には、この村で最も大事な行事である新年祭が始まります。そのためにも、今日からしっかりと、皆で準備を行いましょう」

 毎年、新年祭の準備の前に聞く村長の話だが、今回はいつもと違い、ここで終わりではなかった。

「えー、皆さんも薄っすら気づいている人もいるとは思いますが、近頃、天政府からの監視が厳しくなりつつあります。この村ではこれまで、ミュレス人による統治が認められてきましたが、先日、地上統括府総督から聖域なき統括という指針が発表されました。都市では既に天政府人による統治が長らく続いていますが、ベレデネアのような農村も強化されていきそうです。これについて、新年祭中に対応を話し合いたいと思いますので、各組合長の方々は対応を考えておいてください。それでは、それぞれ各組合長の指導の下、新年祭の準備を始めて下さい」

 ティナは、これはいいタイミングだと感じた。この村では何戸かが集まって組合を形成していて、全ての家はどこかの組合に属している。だから、村長さえ味方につければ組合長から各戸に伝わると考えたからだ。


 日が沈み、これ以上準備を進めることができなくなった所で、今日の作業は中止となり、解散して各々の家へと帰っていった。

 ティナは、どうやって村長をその気にさせるかをずっと考えていた。既に少々その気になっているような気はするが、それでもいきなり話をしに行くのはどうにも気がひけた。

 考えた結果、配達業者をしている友達に配ってもらう事にした。冊子を紙でくるんで紐に縛り、名前を書いて配達業者に渡した。

「あれ、ティナ。村長に配達するの?」

「思うところあって」

「ふーん……自分で渡せばいいのに?」

「だってなんだか直訴みたいじゃない」

「直訴……でしょ?」

「そうかもしれないけど、この新年祭の時期に波を立てたくないの」

「うーん、まあ、分からなくもないけど……配達料2フェルネは貰うからね」

「分かった、分かった」

 彼女がその荷物を受け取ると、すぐに村長の家に赴いて戸を叩いた。ティナは村長が自分の荷物を受け取ったのを確認すると、ほっと胸をなでおろしながら家に入り、明日の準備の事を考えながら床についたのだった。


 次の日も再び、村の仲間達と新年祭の準備に取り掛かり、日が沈むまでになんとか準備を終えることができた。いつもならこの場で解散し、各々の家で新年祭前夜を愉しむのだが、今年は村長が各組合長に家に飲みに来ないかと誘っていた。話のトーンを感じ取るに、どうやら昨日言っていた「話し合い」というものではなく、単なる親睦会の様であるが、なんとその場にティナも呼ばれたのだった。

 思い当たる節はある。あるとすればむしろその一点なのだが、とりあえず緊張した面持ちで村長の家を訪ねた。

「あ、ティナ姉さんも呼ばれたの」

「あれ? エルルーア、いつの間に帰ってたの?」

 そこには、大広間でゆったりと寛いでいる妹、エルルーアの姿があった。今日、新年祭の準備をしている間に帰ってきていたようだ。

「たった今、帰ってきたところ。やっぱり年に一度の新年祭だもの。帰っておきたいよね」

「でもこれで、タミリア家全員、ようやく揃ったわね。……ところで、エルルーアも村長に呼ばれたの?」

「そう。まあ、多分、今の地上統括府市の事を聞きたいんじゃない? 一応、村のお金で都会の学校に行かせてもらってるんだし、そういう情報ぐらいはきちんと提供しないとね」

 エルルーアと地上統括府市の様子について話が盛り上がっている中、次第に各組合長を始めとした面々が揃い始め、ようやく村長も顔を見せた。

「皆さん、お疲れ様でした。また明後日から新年祭でいろいろとお世話になると思いますが、何卒。えーと、天政府の対応については、新年祭2日目の夜に開きたいと思いますので、お祭りが終わって2時間ぐらいしたら、またここに集まって下さい。では、川岸組合長」

 乾杯の音頭に選ばれたのは、ティナの家が属している組合の長だった。

「えーと、それじゃあ、これから迎える新年のために」

「新年のために」

 グラスを突き合わせ、それぞれぐっと酒を呑み込んだ。ティナとエルルーアも様子をうかがいながら口をつけた。

 場は大いに盛り上がっていた。

 普段は農家と、生産した果物や麦を運ぶ船の漕手という関係なので、最近レートの関係であまり持って帰れずに顔向けし辛いところもあるが、今日は全員酒が入っているので何とか話の輪の中に入ることが出来た。

「ティナ、ティナ」

 宴もたけなわとなった頃、村長に手招きされた。

「なんですか?」

「昨日の本、読んだよ」

「あ、本当ですか? ありがとうございます」

「いいけど、これ、民族禁書だね。どうしたの?」

「シュビスタシアで会った娘に貰ったので」

「なるほど、商都シュビスタシアなら、そういうのも手に入るのか」

 ティナは、別に商都だからといって容易く禁書が手に入るわけじゃないと思いつつ、少し苦笑いしながら話を聞き続けた。

「まあ、いい。しかし、その娘の目的は何だろう? その娘は何か言ってた?」

「うーん、えーと……天政府にこう……歯向かう、というか……」

「ああ、要は反乱、革命ということかな?」

 3人で話している時は良かったが、他人に「革命」という強い言葉でずばりと指摘されると言葉を詰まらせてしまう。

「うーん……まあ、そういうことかな……」

「なるほどなあ」

 村長はしばらく腕組みをして俯き、考え込みはじめた。しかし、やがて酒を手にして飲み干すと、とんとグラスを置いた。

「うん、かなり危険だ。それは間違いない。しかしそれにしても、このところの天政府のやり方には『爆発』する人はいずれ出るだろうと思ったよ」

 ティナは予想通りの言葉に微笑んだ。

「それに……」

「何?」

「この村もこの一年で、かなり危機的な状況になってきた。いや、もちろん、それはティナのせいではない。それは重々承知していると思うが……」

「ええ……」

「どうせお金は天政府人が決めるんだろう?」

「そうね……」

「だから、この村にも、昔は自分達の民族の国があったと分かれば、それを取り戻そうと手を挙げる人はいるかもしれないな……」

「……それじゃあ」

「ティナ、そう慌てるな。どうせ新年祭の間はずっといるんだろう?」

「ええ、まあ」

「新年明けてからの組合長会議でまず話題を切り出す。そこで感触が良ければ、最終日に全村民に対して話してみよう、とね」

 ティナは、思わず村長に抱きついた。

「ああ、ありがとうございます。ぜひともいい方向に……」

「ハハハ。まあ、このまま行っても村は先細りだからな。どうせ先細るなら試してみよう」

 ティナはやっと抱きついていた腕を離し、いつになく上機嫌になり、宴が終わるまでこれまでにない速さでお酒を進めていった。


「いやー、今日は飲みすぎちゃったわね」

「姉さん、今日は飲みすぎよ。それに村長と話してたかと思ったら急に抱きつきだすし」

「もうね、嬉しくて……」

 ティナはエルルーアによりかかりながら家に向かって歩いていた。正しくは、エルルーアに歩かされていたと言ってもいいだろう。

 家に到着すると、ティナはすぐに寝床に入った。エルルーアは姉の情けない姿にため息を一つ吐きながらも、その隣に入って話しかけた。

「ところで、村長さんにあげた本って、あれでしょ? 天政府人学校の歴史の本でしょ?」

ティナは酔いも覚める勢いだったが、ひとまず背中越しに聞くことにした。

「……どこでそれを?」

「あれ、当たったんだ。いや、私も地上統括府市の知り合いに貰って読んだことあるから……。昔、私達の民族の国がどうとか言ってたし」

「誰に貰ったの?」

「うーん、あんまり言っちゃいけないような気がするんだけどなあ」

「私もだから、ほら。教えて」

「えーと、あの……ヴァルマリアさんって人なんだけど」

「ヴァルマリア……」

 ティナはその名前をどこかで聞いたことがあるような気がして、酔いに酔った頭を回転させて思い出そうとしたが、結局思い出せなかった。しかし、自分以外にも同じ方向に進んでいる人が他にもいると思うと、少し張り詰めていたものが解けたような気がした。


 ともかく、ティナは今日の宴の中で確信を得た。村長は、ティナの思いを理解してくれていた。そしてそれは村の仲間にも伝えられ、賛同者が出てくるだろう。

 ティナは来年の新年祭を、例年以上に楽しみにしつつ眠りに落ちたのだった。

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