一一 新年を前にして

 シュビスタシアに出稼ぎ労働者が現れる冬季は、ひと月にひとつ、何かしらのイベントを抱えている。そのため、特に近郊から来る労働者の中には、一ヶ月毎に仕事を変える短期労働者も少なくない。これについて天政府は、別に冬だからといって特段働き手が必要というわけでもないので彼女達の好きにさせていた。

 また、遠方から来る労働者の中でも、こと慣習に執着心が強いベレデネア村のような所から来た者の中には一ヶ月毎に村へ帰り、一週間程度村で過ごした後にまたこの街にやって来て仕事に就いている人も少なくなかった。

 そしてそれは、ティナも例外ではなかった。

 年が変わる間際の日、ティナはエレーシーやフェルファトアに暫しの別れを告げるために二人を酒場に呼び出した。いつもの町中の店ではなく、あの日、合意を交わしたあの郊外の店だった。

「ティナ、明日の朝出るんだっけ?」

「そう、明日の朝。私の妹も帰るから一緒に帰ろうと思ってね」

「一週間かあ、長いわね」

「ごめんね。私の村はみんな揃わないと年が越せないのよ」

「そういうところもあるんだねえ。私なんて何年帰ってないかな……」

 今年最後の3人での飲み会ということで積もる話は尽きない。宴も中盤に差し掛かったところで、話はいよいよ件の進捗報告に移った。

「エレーシー、どう? 街の皆に広まってる?」

「私自身は5人位に話ししたけど、その先はわからないかな……一応何冊か配ってはいるけど……」

「そうなんだ」

「うん、天政府人がまだ私のところに乗り込んで来てないところをみるとまだ気づかれてないみたいだけどね」

「それは少し安心ね」

「とりあえず私のところに連絡があったのは……あ、でも何人かな、50人……近くくらいからは聞いたよっていう連絡はあったな」

「50人か……ちょっと厳しいわね」

フェルファトアは組んでいた腕を更にかたく組み直し、体を揺すった。

「もうちょっとペースを上げていかないと、頭数が揃う前に気づかれるかもしれないわ。まあ、とりあえず今日も持ってきたから、もっと配ってね」

「なかなか簡単には行かないものだねえ」

「みんな天政府人の顔色窺ってるから、しょうがないわね」

「そういうティナは?」

「私? とりあえず、私と一緒に来た妹には教え済み。それと、顔見知りの運送仲間に話したかな。後は明日帰って広める予定だわ。だから、私にも本を何冊か分けてね」

「まあ、捕まらない程度にね」

「フェルフは?」

「一応、印刷所には偽の学校への発注書を作ってるから、そこからは気づかれないでしょうね。さすがに地上統括府市はここと違って天政府人の人口は凄まじいから身動きできないけど。だからポルトリテ(註:現在のポートシティ)で活動してるけどね。なかなかの広まり様よ」

 ポルトリテは、東のエルサトア、中央のシュビスタシア、西のポルトリテと呼ばれるほど発達した港町であるが、都市の規模はシュビスタシアの数倍は大きい。そこで広まればシュビスタシア以上の爆発力があるだろう。

「みんな頑張ってるようね。私も村に帰ったら頑張らなくちゃ」

「来年もまた頑張りましょう。雪が溶けたら……」

「雪が溶けたら、ね」

「そうね」

「じゃあ、民族のために」

「民族のために」

 3人は再度グラスを突き合わせた。

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