第11話 リボルト#19 希望と絶望 Part3 ギルド「ストロング・ロック」

「んで、次はどこに行くんだ?」

 さっきの2軒の店でいい買い物をした俺は、密かに期待を膨らませる。

「これからはギルドに行くのよ。『ストロング・ロック』という名前」

「ギルドだって!? コイツはますます胸が高鳴るぜ!」

 ゲームでしか聞いたことのない言葉を耳にした聡は、またしても興奮を抑え切れずにはしゃぐ。

「あそこは何してる場所なんだ?」

 ギルドという概念自体はゲームで知っているが、現実と食い違う可能性もあるかもしれないから、念のため聞いておくとしよう。


「簡単に言うと、色んな人からの依頼を集めて、そこにいる人が解決するってところかしら。落とし物や素材を探したり、モンスターを倒したり、結構やることが多いのよ」

「なるほど、要はなんでも屋って奴か」

「まあ、そんなところね。それに2年生と3年生は午後から授業がないから、そこに行って経験を積む子も多いわ」

 学校側がわざわざ半日も時間を割いてまでギルド活動に専念させるなんて、よほど重要視としてるな。まあ社会に出る以上、こういった経験を積むのも大事だろう。

「ほら、着いたわよ」

 目的地に到着すると、ジェイミーはこっちを振り向いて目の前の建物を指差す。

 顔を上げると、そこには約3階建ての小屋が見える。屋根にはかなり大きな石のオブジェが飾られており、そのオブジェの上には「STRONG ROCK」という文字が書かれている。

 重みのあるその色と大きさは、とてつもない威厳と強さを感じさせる。きっと中にいる人たちも、初心者お断りのプロだろう。


「邪魔するわね。マスターはいるかしら?」

 ジェイミーは依然として気軽にドアを開け、声を掛ける。

「あっ、お姫様! ようこそいらっしゃいました!」

「今日はどういったご用件でしょうか? お伺い致します」

 ドアの向こう側には、受付嬢らしき二人が立ち上がり、深くお辞儀をしてジェイミーの到来を歓迎する。

「まあ、別に大したことじゃないわ。マスターに新しいお客さんを紹介するだけよ」

「おお、よく見ると見たことのない人たちですね。もしかしてお姫様が例の召喚に成功されたんですか?」

「ええ、そうよ。これからも顔を合わせることが多いと思うから、お二人とも自己紹介をしておいたほうがいいわよ」

 どうやら俺たちを召喚することが、すでに大衆に知られているようだ。まあ、あの人望の高いジェイミーのことだ、注目度が高いのも無理はないだろう。


「初めまして、ソフィア・カインドです。皆さんのギルド活動をサポートできますよう、精一杯頑張りますね」

 ピンク色のおさげの子がはにかんで、少し頭を下げると名乗り出る。

「どうも~、ナディア・マイルドでっす! 分からないことがあれば、何でも聞いてくださいね!」

 一方紫色のツインテールの子は、大人しいソフィアと違ってとても元気よく挨拶をしてくる。

「ん? 今なんでもって……」

「おいやめろ」

「ぐほっ!」

 場所や状況を弁えずに、相手が分からないネタを口走る直己。これ以上はまずいと思った俺は、すかさずその腹部に肘打ちをかまし、気絶させた。


「えっ!? どうして仲間を攻撃したんですか?」

 俺の予想外の行動にソフィアが目を見開き、驚きの色を見せた。

「いや、何でもない。驚かせてすまなかったな」

「コイツはとんでもないパーバートよ。何されるか分からないから、二人とも用心することね」

「は、はぁ……」

 シースは嫌悪の満ちた目付きで、地面に倒れている直己を見下ろす。やれやれ、すっかり嫌われてるな。


「なあ、秀和……」

「分かってる。『何がいけなかったんだ?』って聞きたいだろう? 何度も同じ質問するなよ」

「違う、『パーバート』ってどういう意味なんだ?」

「そっちかよ……さあな、俺に聞いても」

 直己が投げてきた意味のない質問に、俺は首を横に振る。

「それは、『変態』という意味よ。直己にはふさわしいwordかもしれないね」

 突然後ろから響く声が、その質問の答えを告げる。声を発したのは、英語に詳しい絵梨香だった。

「そうか、『変態』か……」

 これで直己はしばらく落ち込むと思うが、このポジティブすぎる男には逆効果が生じてしまった。


「こんな変態のおれでも親切に答えてくれるなんて、きみはなんてエンジェルなんだ、絵梨香!」

 まるで充電されたロボットのように、さっきまで倒れ込んでいた直己は急に立ち上がった。そして次の瞬間に、彼は絵梨香に向かって飛びかかる。

 そういえば、絵梨香がさっき服屋で着替えているのは、カウガールの格好だった。それも胸の部分が完全にはだけており、ビキニブラで大事な場所隠さないといけない程度だった。

 おてんばな絵梨香には似合う格好だが、目のやり場に困るのもまた事実だ。

 まさか直己の奴、それを狙って……


「今すぐそのマシュマロみたいな柔らかい胸に、ダイビングしたぁーーい!!!」

 やっぱりか。あのバカ、全然懲りてねえじゃねえか。

「はぁ~あ、そのbraveryはとても素晴らしいと思うけど、アタシの周りにdangerousは付き物よ」

 絵梨香がそう言うと、少し膝を曲げて、姿勢を低くする。

「アタシを守れるようなpowerがないと、傷だらけになっちゃうわよ?」

 不敵な笑みを浮かべた絵梨香は、片足を素早く上げて直己のあごを目掛けてハイキックを繰り出す。


「ぐわはっ!」

 空中にいる直己は逃げる術もなく、まともにキックを喰らってしまう。その勢いで彼は後ろに飛んでいき、後頭部が地面にぶつかる。

 これだけ大きなダメージを喰らった直己は、今度こそ再起不能となり、そのまま気絶する。

「ねえ、これで分かったでしょう? コイツがとんでもないパーバートって」

「は、はい……了解しました」

「それにしても、なかなか生きがいいお兄さんですね~」

 ソフィアは苦笑しながらもシースの注意に頷くが、ナディアは好奇心の満ちた表情を浮かべて直己を見つめる。


「あら、外が騒がしいわね。お客さんかしら?」

 少し遠くから、おっとりした女性の声が聞こえてくる。彼女がここのマスターなのか?

「あっ、テンダー、ちょうどいいところに。新しい仲間たちを連れてきたわよ」

「まあ、これはジェイミー姫様じゃありませんか。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

 マスターらしき人物はジェイミーを見ると、先ほどの受付嬢に倣いお辞儀をする。その長い茶髪は、動きに合わせて波のように軽く揺れる。

 彼女が身に包んでいるのは、白いブラウスと赤いロングスカートだ。どちらかというと普通の村娘にしか見えなくて、とてもマスターらしい雰囲気が感じ取れない。

 だが「能ある鷹は爪を隠す」ということわざがある。こういう人に限って、すごい力を隠し持っているに違いない。


「もう、そんなに畏まらなくたっていいのに! 相変わらず真面目なのね、テンダーって」

「ふふっ、何しろこの場所を提供してくれたのは、他ならぬジェイミー姫様ですから。おかげさまでここはいつも賑わってます」

 さすがはジェイミー、太っ腹だぜ。一体どれだけ金持ってんだ?

「まあまあ、それはそれとして、この救世主たちをここのみんなに紹介したいから、案内してくれるかしら?」

「はい、皆さんは2階で休んでますよ。立ち話もなんですから、私に付いてきてください」

 そういうと、テンダーと呼ばれた女性は階段の方へと向き直り、俺たちを案内するように前に進む。俺たちは当たり前のようにそのあとに付いていき、2階の休憩室へと踏み入れる。


「みんな~、お休みの途中で申し訳ないけど、ここで新しい仲間たちを紹介したいと思うの」

 テンダーさんは穏やかな声で休憩中の人たちに注意を喚起し、それに気付いた彼らは俺たちの方へと目を向ける。

 大きな四角いテーブルの回りに、色んな人が座っている。正人みたいな熱血少年や、哲也のようなメガネをかけているクールガイもいれば、魔法使いの格好をしている幼い女の子や東洋風剣士の少女もいる。

 こりゃまた、濃いメンツが揃ってるな。


「ひ、姫様!? なんでここに!? なんてこった……こいつはツイてるぜ!」

 熱血少年はジェイミーを見たとたん、いきなり椅子から立ち上がり、目を丸くして彼女を見つめる。その表情からだと、何やら興奮しているようだ。さてはジェイミーのことが好きなんだな?

「落ち着け、プライド。女性はとても狡猾こうかつな生き物だ。それはたとえ姫であっても変わりはないと、何度も言ったはずだろう」

 となりのメガネをかけているクールガイは、険しい目つきでジェイミーを見据えながら、熱血少年の肩をつついて注意する。


「またあなたね……! 姫様の前でなんて無礼なことを! 打ち首にしてやるわ!」

 自分の大切な人が侮辱され、シースは怒りに任せて剣を引き抜き、クールガイを処刑しようとする。そういえば、なんで「また」っていうんだ? まさか……

「ダメよ、シース! バフルくんはその、色々複雑な事情があるから、ここは大目に見てあげて」

 そんな過激な行動に出るシースをジェイミーが引き止めたおかげで、大事にならずに済んだのだ。

「ふ……ふんっ! ここは姫様に免じて、さっきのことは聞かなかったことにしてあげる。か、感謝しなさいよね!」

 不服そうではあるが、シースは渋々と剣を鞘に納めた。そして、負け惜しみのように舌を出した。

「なあ、やはりバフルの考えすぎなんじゃないか? 姫様がいなけりゃ、バフルは今頃首が飛んでたぜ」

 先ほどのジェイミーの優しさに心を打たれたのか、プライドと呼ばれた熱血少年はクールガイの思慮に欠けた発言に反対する。


「ぐぅ……そ、そうだな、少し言い過ぎたかもしれん。いくら女に騙されたことがあるとはいえ、姫様まで疑うようになってしまうとは……ボクとしたことは、まだまだ未熟者だな」

 まるで自分に言い聞かせているかのように、バフルは俯きながら机を見つめている。シースの本気に気圧されたのか、その額に少し冷や汗が流れている。


「もう~、これぐらいのことで狼狽うろたえるなんて、男子ってやっぱりだらしないわね」

 まるでバフルのふがいなさを嘲笑するかのように、東洋風剣士の少女が軽蔑の満ちた笑みを浮かべている。

「なっ……何度ボクを辱めれば気が済むんだ、キミという奴は!」

 もちろんバフルはそれを聞き捨てにするはずもなく、今度は彼が椅子から立ち上がった。

「ほら、これぐらいでムキになるなんて、やっぱりだらしないじゃない」

「あんな風に侮辱されて、ムキにならないほうがおかしいだろう! 大体キミはいつも腹を出して、恥ずかしいと思わないのかい!」

「何よ! 私の身なりにケチを付ける気!? それに人のお腹を覗くなんて、失礼にもほどがあるわ!」

「覗いてなんかいない! あれだけ露出してるんだ、イヤでも見えるさ! キミの方がよほど失礼なんじゃないか!」

「な、何ですってー!?」

 何の前触れもなく、二人はいきなり喧嘩をし始めた。おかげでさっきまで静かだった部屋の中が、一気に賑やかになった。いや、騒がしくなった、と言ったほうがふさわしいかもしれない。


「あーあ、また始まったぜ」

「ホント飽きないのね、あの二人。実はお互いのこと好きなんじゃないのぉ~?」

 声がした方向へと見ると、そこにはだるそうに顔を仰向けて椅子にもたれている吸血鬼と、体を机の上に乗せているだるそうなサキュバスがいる。

 どっちも魔物のはずなのに、不思議と危機感を感じない。吸血鬼とサキュバスが日差しに弱いのは、本当だったのか。

 まあ、このギルドにいるってことは、ここのメンバーでいいんだよな。

「「それは絶対ありえない! ……あっ」」

 サキュバスの「お互いのことが好き」という発言に反応したのか、バフルと東洋風剣士の少女が口を揃えて反発するが、あまりにもシンクロしすぎて二人は気まずそうに黙り込む。

「ほ~ら、やっぱりワタシの思った通りね」

 自分の予想が的中したことで気をよくしたのか、サキュバスがクスクスと笑っている。

「もう~、みんな喧嘩しないの! 姫様の前で失礼でしょう!」

 こんな混乱した場面を見ると、マスターであるテンダーさんは見過ごせるはずもなく、ギルドのメンバーたちを窘める。


「いやいや、いつものことだから、今更気にしないって」

 テンダーさんに気を使わせないよう、ジェイミーは手を振って彼女を落ち着かせる。

「ああ、さすが姫様、どんな時でも心が広い……!」

 そんなジェイミーを見て、熱血少年はメロメロになって慕いの気持ちが満ちた目で彼女を見つめている。

「ダメだ、完全に理性を失っている……何故そう簡単に見せかけの優しさに騙されるんだ……」

 熱血少年の純粋な気持ちを理解できないのか、バフルは手を額に当て、目を瞑る。一体こいつは昔に何があったんだ?

 それにしても、彼らも俺たちと同じくこんな他愛ない話で盛り上がったりするんだな。なんだか微笑ましく思うぜ。

「そんなことより、今日は異世界から召喚した救世主たちを紹介したいと思ってるわ。みんなも自己紹介、よろしくお願いね」

 ジェイミーの一言のおかげで、自分の談話に夢中になっていたギルドメンバーたちはようやく俺たちに注意を向ける。


「ああ! オレはプライド・ビクトリー、いつかこの国の英雄になるものだ! そして夢は、姫様と結婚することだ!」

「あーあ、言っちゃったぞ」

 先に自己紹介したのが熱血少年だった。彼の思わぬカミングアウトに、バフルは再び気まずそうに目を逸らす。

「ふん! あなたのような庶民が姫様と結婚するなんて、百億年早いわよ!」

「あら、とても情熱的なプロポーズね。私にふさわしいいい男になれるよう、期待してるわよ」

 イヤそうに否定するシースに対して、ジェイミーは笑顔を浮かべて応答する。


「ひ、姫様! そんなヤツの言うことを真に受けなくても……」

「シース? 私はこの国の姫なのよ。『大人の対応』ができないと、国民たちの間、ひいては全大陸での評価が下がってしまうわ。これぐらいのことは分かるでしょう?」

「で、でも……」

「ほら、口答えしないの」

「す、すみません……」

 二人が物陰で耳打ちをしていると、俺はこんなやりとりが聞こえる。こんな政治的な問題まで考えるとは、やっぱ姫も大変なんだな。


「コホン! それじゃ、気を取り直して……ボクはバフル・グラディアスっていうんだ。もう知っているとは思うが、ボクは女性に騙されることがあるので、今は女性のことがあんまり信頼できない。このままではいけないのは分かってはいるが、どうしてもあの忌まわしき記憶が頭の中から離れないんだ……」

 メガネのクールガイが自己紹介をしている時に、自分の黒歴史を思い出したのか、クールな外見に反して焦りを見せ、狼狽えている。

 その時、あの男はまたしても心ない言葉を口走る。


「おまえ、もったいないなー! うちにはこーんなにも美少女がたくさんいるのに、これぐらいのことで女性と距離を置くなんて実にもったいないなー!」

 直己はバフルのトラウマをないがしろにし、遠慮なくうちのチームの女子の多さをアピールする。相変わらず空気を読まねえな、こいつ。

「ふん! べ、別に羨ましくなんか……うん?」

 イヤな思い出から抜け出そうと目を逸らしたバフルだったが、うちのチームを一瞥したとたん何故かその態度が急に変わった。

 彼が目を付けているのは、オペレーターの可奈子だった。その目線に気付いた可奈子は、目を大きくしながら首を傾げる。


「ああ……これだ! これこそがボクが探し求めていたものだ!」

 まるで別人に変わったかのように、突然バフルは目を輝かせ、可奈子の方へと近付くとその両手を彼女の肩に乗せた。

「その穢れなきピュアな目付き……あどけない無邪気な顔……このような純粋な子供が、きっとボクを騙すはずがない!」

 どうやらバフルの心の傷が相当深いようで、もはや幼い子供じゃないと信用できないようになっているらしい。

「ロ……ロリコン?」

 変質者としか思えないバフルの行動に、優奈は思わずツッコミを入れた。

「もう、黙ってれば普通にイケメンなのに、なんだか残念ね~」

 面食いの美穂はバフルの本心を見ると、少し残念そうに肩を落とす。

「何だい、その『ロリコン』というのは?」

「簡単に言うと、幼女が好きな人のことだ。まあ、あんまりいい意味で使われていないけどな」

 バフルの質問に、俺が分かりやすく答える。


「なっ……!? それってつまり……」

 早くも答えの意味を理解したのか、バフルは周りにいる女子たちを見やる。彼女たちのほとんどが、軽蔑に満ちた目付きでバフルを見つめている。

「キ、キミたちに何が分かるんだ! 女性に傷つけられたボクは、こうするしか傷を癒せないんだ! こんな無邪気な子供なら、ボクを騙すはずがない!」

「そういう問題じゃないけどね……バフルくん、前にも同じこと言ってなかった?」

「そうよ、これでもう3回目なんじゃない?」

「ギクッ!」

 情けなく反論しようとするバフルだったが、テンダーさんと東洋風剣士の少女がとんでもない事実を口にする。


「ねえ、秀和くん……ロリコンの件はともかく、これって普通に浮気だよね?」

「ま、まあ……そうじゃないか?」

 菜摘の質問に、俺はぎこちなく返答した。

「それなら、ワタシとイチャイチャしてたらいいのに。こ~んなにもかわいい童顔してるし、おまけに胸もこ~んなに大きいわよん」

 ターゲットを見つけてやる気が出たのか、サキュバスは体を起すと、両手のひらで自慢の大きな胸を下から押し上げる。

「キミはダメだ! 完全にボクを弄ぼうとしているじゃないか! いくら顔がかわいくても、ボクは騙されないぞ!」

「ちぇ~、つまんないの~」

 自分の意図が見抜かれ、サキュバスは不機嫌そうに頬を膨らます。

「もう、これだから男子ってだらしないわよ」

「うぐぐ……」

 東洋風剣士の少女は両手を腰に当て、バフルを見下ろす。弱みを付けられたバフルは何も反論できず、ただ俯いて悔しそうに唸ることしかできなかった。


「あっ、自己紹介が遅れたわね。私は龍宮寺りゅうぐうじ かすみ、ホウライから来たわ。家族のしきたりとかで男子に厳しいかもしれないけど、悪気があるわけじゃないから、あんまり気にしないでちょうだいね」

 東洋風剣士の少女は流暢な言葉で、自己紹介を終えた。

 ホウライ? 確かさっき武器屋で刀を買った時に聞いたことがあるな。どうやらあの国は、このキングダム・グロリーと違って東方っぽい雰囲気するな。


「ウソをつくんじゃない! 悪気がないだと? キミはどう見たって、ボクへの軽蔑けいべつが丸出しじゃないか!」

「勘違いしないでほしいわね。うちの男性はみんな粘り強く、些細なことで弱音を吐いたりしないわ。それなのに貴方と来たら、すぐ狼狽えたり愚痴をこぼしたりするんだから。本当、見ていられないわ」

 バフルの怒りに満ちた詰問に、霞はまったく意に介さない様子で返事する。

「くそ……今に見てろ! いつか絶対に見返してやるぞ!」

「あら、ようやくやる気になったみたいね。私を退屈させないよう、精々頑張りなさい」

「ああ、もちろんそのつもりさ!」

 絶え間なく挑発されてバフルは、ついに我慢できずに奮起してその闘志を燃やす。それに対して、何故か満足の微笑みを浮かべる霞。

 この二人の関係は、なんだか少年マンガのライバル同士みたいだな。そういえば、広多と聡もこんな感じじゃなかったっけ?

 そして、この件はあの男にも飛び火する。


「ねえ、今の霞さんの言葉聞いたかしら? あんたも結構だらしないから、気をつけないといけないわよ」

「う、うるさい! おれは自分のなりたい姿が一番いいんだ!」

「はぁ~、あんたは相変わらずね……」

 霞の言葉に賛成する名雪は直己に注意するが、己の欲望に忠実な直己は聞く耳を持つはずがない。

「ははっ、まんまと口車に乗せられてやがる。これだからいつも女に騙されてるんだよ」

「まったくね。こんな男を誘惑したって、まるで達成感がないわ」

 先ほどの吸血鬼とサキュバスは、あたかもバフルを見抜いたかのように小声で話す。やれやれ、ますますこいつが不憫に思えてきたぜ。

「こら、二人とも変なこと言わないで、早く自己紹介をして」

「へいへい、分かってますって」

「もう~、しょうがないわね」

 意外なことに、吸血鬼とサキュバスは反発することなく、素直にテンダーさんの指示に従った。


「ワタシはリリカ・アトラクトよ。見ての通りサキュバスであり、男性を誘惑するための存在よ。今は昼だから子供の姿になってるけどぉ~、夜になると大人の姿に変化して、それはもうすごいんだから! アナタのところに襲いに来ちゃうか・も♥」

 金髪のサキュバスは自分の童顔に似つかわしくないダイナマイトボディを余すところなく披露し、色目を使ってこちらを見据えている。

 しかし俺を含め、ほとんどの男子はびくともしなかった。彼女はさっきもすごくだるそうに机に伏せていたし、もしかすると昼になると力が弱くなるのか?


「お前、またそんなくだらねえことに魔力を使ってんのかよ。昼だと力が弱くなるって分かってるだろうが……」

 サキュバスの無駄な努力を見ると、吸血鬼は思わずツッコミを入れる。が、しかし……

「いいえ、どうやら一人がワタシの術にかかったみたいよ。まだまだ捨てたものじゃないわね」

 サキュバスのリリカが嬉しそうに目を細め、俺たちの後ろを見ている。俺はその視線を追って後ろの方を見やると、そこにはメロメロになっている直己の姿が見える。まあ、だろうと思った。


「な、なんてかわいい子なんだ……これはヤリ、じゃなくて、触り甲斐があるぜ!」

 直己はリリカの魔力にまったく抵抗できず、両手の指をいやらしく動かしながら彼女の方へと近付く。

「ちょっと直己! こんな人目の多いところで何してるの!」

 そんな直己を見て、名雪はまたしても怒りを抑えきれず、いつも通りにハリセンで彼の頭を思いっきり叩きつける。

 しかし直己はまったくよろけず、まるで何事もなかったかのように進み続ける。

「う、うそっ!? 私のハリセンが効かないなんて……」

 いつも直己を倒せたはずのハリセンが効かなかったのを見て、名雪は驚きを隠せなかった。

「無駄なことよ。ワタシの術にかかった男性はワタシのことしか考えられず、これぐらいの痛みじゃ目を覚ませないわよ」

「そ、そんな……!」

「さあ、このままワタシのしもべになりなさ……えっ?」

 自分の術の強さにいい気になっているリリカだが、急に何者かに頭を撫でられてびっくりする。


「リリカちゃん、ギルドでこういうことをしちゃいけないって言ってなかった? うちの評価に悪影響が出るって」

「あいたたたたたたっ!!!」

 テンダーさんは優しい声に反して、その手が力強くリリカの頭を握り締めている。あまりの痛みに、リリカは情けなく悲鳴を上げる。

 その時リリカの術も解かれ、直己が元に戻る。

「……ん? はっ! なんでおれの指がこんな変な動きをしているんだ!?」

 蜘蛛の足みたいに動いている自分の指を見て、直己は我に返って両手を下ろす。

「あんたね、さっきあのサキュバスに……んん!?」

「何もなかった、何もなかったのよ。いいわね?」

「お、おう……」

 名雪は事の顛末を説明しようとするが、突然友美佳に口を塞がれたことにより言えずじまいになった。


「ちょっと! いきなり何するのよ、友美佳!」

「はっきり事情を説明したら、あいつはもっとあの小悪魔のことに夢中になるかもしれないわよ? それでもいいわけ?」

「……うぐ! そ、そうだったわ……危ないところだった」

 友美佳の不可解な行動に憤る名雪だったが、その理由を聞くと納得する。やはり名雪の奴は、直己のことが……


「なんて恐ろしい魔力なのでしょうか……秀和君は、あんな子に惑わされたりしませんよね?」

 リリカの能力で俺も誘惑されかねないかと心配したのか、千恵子は少し憂いに満ちた表情で俺を見つめる。

「大丈夫だろう。現に俺は何ともなかったしさ」

「そうですか。それならよいのですが……」

「心配するなって。俺のサキュバスは千恵子一人だけで十分だ。いや、俺のサキュバスになれるのは、千恵子しかいないからな」

「も、もう、貴方という人は……」

 俺の巧みな話術で心が動いたのか、千恵子の顔が真っ赤になる。その綻びる口元が、きっと喜んでいる証拠に違いない。

「まあ、なんてラブラブなカップルかしら~これはイジリ甲斐がありそうね~」

 リリカはイタズラっぽく笑ってみせると、急に表情が一変し、俺を見据えている。


「でも、それより気になるのは……」

「な、なんだ? 人をジロジロ見て……」

「アナタ、ワタシとサースティと同じニオイがするわね……もしかしてアナタもこっち側の住人なのかしら?」

「あっ? 何訳の分かんねえことを……」

「いや、オレにも感じたな。魔力のニオイがぷんぷんするぜ」

 突然吸血鬼も会話に割り込んできて、リリカと同じように何かを感じ取る。

「いやいや、さっきも話を聞いただろう? 俺はこことは違う世界からやってきたんだぜ? 気のせいだ、気のせい」

 いきなり変なことを言われて、話が見えるはずもない。俺は二人に話を止めさせるよう、手を振った。


「まあいいや。それはそうと、そろそろオレが自己紹介してもいいか?」

 よく見ると、サキュバスと吸血鬼、というより全員がマジマジと俺と千恵子を見つめている。

 まさか今の会話も聞かれてたのか!? うげっ、こいつはかなり恥ずかしいぜ……

 千恵子の方を見ると、彼女も両手で顔を覆い、そそくさと別のところへと移動する。ああ、気の毒に……

「あ、ああ……ご自由にどうぞ」

 俺はようやく吸血鬼の言葉を思い出し、自己紹介を促す。


「オレはサースティ・ハンガーだ。泣く子も黙るヴァンパイアだぜ! この鋭い牙で、テメェの血を吸い尽くしてやる!」

 サキュバスの実力を見て対抗心を燃やしたのか、吸血鬼はさっきのだるそうなイメージが一変し、刃のような牙をチラつかせ、血相を変えて凶悪な表情を浮かべる。

「イヤだ、すごいイケメンじゃない! 血吸われたいかも♪」

「ダメだよ、美穂ちゃん! 貧血になっちゃうよ?」

 面食いの美穂は吸血鬼のかっこいい容姿に魅了され、両手を頬に当てる。それを見た菜摘は、本気になって心配する。

「もう、今のは冗談よ。でも心配してくれてありがとうね、菜摘」

 美穂は菜摘に向かってウインクし、菜摘の気遣いに感謝する。

 吸血鬼は女性を誘惑する能力を持つと聞いていたが、やはり昼だと効果が弱くなるのか。それともさっきリリカがテンダーさんにやられるのを見て、自重したのだろうか?


「リリカちゃんとサースティくんは、スプレンディッド・ワンダーランドから来たの。故郷が侵略され、ここまで逃げてきたわ」

「侵略? そうか、さっき碧が言っていたことか」

「はい、そうです。スプレンディッド・ワンダーランドには元々人類が生存しておらず、今ここにいるサキュバスやヴァンパイアなどの幻想生物が主な住人です」

「へー、なるほどな」

 碧の説明を聞いて、俺は頷く。

「そして二人はここに来た時は、お腹が空いてるのか、私のギルドの前に倒れたわ」

「それでこの二人は、ここに居候することになると」

「まあ、そんな感じね。本当にテンダーさんには、感謝しても感謝しきれないわね。このギルドがなかったら、今頃きっとどこかで飢え死にしていたところだったわ」

「今は街に出ると、身元がスプレンディッド・ワンダーランド出身だと分かれば、すぐ袋叩きにされちまうんだよ。オレたちは何もしてねえのに、とんだ冤罪だぜ」

 リリカとサースティは自分の波瀾万丈の経歴を思い出すと、恐怖で震えている。何だか可哀想に見えてきたぜ、この二人は。


「大丈夫よ、たとえ誤解されたとしても、私が二人の味方だから」

 その時、霞が頼もしく決意のこもった声を発して、二人を安心させる。

「そういや、お前は昔にスプレンディッド・ワンダーランドに行ったことがあるのか」

「ええ、そうよ。小さい頃に別の国に行く途中であそこに迷い込んだのだけれど、まるで絵本のような世界で、とても素晴らしい場所だったわ。歌を歌う花、甘いお茶が流れる川、お菓子で出来てるお屋敷……」

 霞は自分の記憶を思い出し、スプレンディッド・ワンダーランドの素晴らしさを語る。あまりにも不思議な内容に思わず耳を疑うが、このファンタジーの世界なら不可能じゃないか。


「あーあ、あのワケの分からないヤツらに、ワタシたちの国が侵略されなければ……!!」

「だから貴方たちの国が悪い奴らに侵略された上に、風評被害まで被るなんて、私は絶対に許さないわ」

 悔しそうなリリカを見て、霞は自分の決意を更に固くする。

「でも、気を付けたほうがいいぞ。最近ヤツらの魔の手が、ここらへんまで伸びてきているからな」

 バフルの一言が、俺たちの緊張感を高める。さっき碧が見せた恐ろしい映像の内容を思い出すと、再び鳥肌が立ちそうだ。


「大丈夫だって! どんな敵が来ようと、オレが全部やっつけてやるぜ!」

 一方プライドは物怖じする様子もなく、あたかも主人公らしい発言をする。

「プライド、キミという人は……あんな見たことのない化け物に、そう簡単に勝てるはずが……ん!?」

 バフルはプライドの無謀に呆れてツッコミを入れようとするが、突然の地震に驚いてバフルは狼狽える。

「な、何が起きているんだ……!?」

「窓の外を見て! またアイツらよ!」

 空を飛べるリリカは地震に影響されることなく、窓の外を状況を確認すると俺たちに声をかける。

 リリカが指差した方向へと見ると、例の巨大な歩行兵器が姿を現し、街中で勝手に破壊行動を始める。

 数は2台。多くはないが、敵の実力はまだ未知数。さっきの手合わせとは違い、下手したらこの場で殺されるかもしれない。

 だが、やるしかない。何故なら……


「とうとう来たわね……早速で悪いけど、貴方たちの実力を確かめさせてもらうわよ、救世主たち!」

 ジェイミーはそう言うと、そのまま窓から飛び降りて、魔法を使ってクッションのようなものを作り軟着陸する。

 そして俺たちは彼女に倣う……はずがなく、普通に階段から降りることにした。

「いってらっしゃいませ、救世主たち!」

「世界の運命は、みなさんにお任せしましたよー!」

 受付嬢の二人に見送りされ、俺たちはギルドの扉を出て、ジェイミーの後を追いかける。

 得物を握り締めている手のひらが、緊張で汗が滲む。この異世界での初戦闘で、気を抜くわけにはいかねえ。

 さあ、覚悟しろよ、絶望と暴虐ぼうぎゃくを巻き散らす悪の組織め……!! てめえらを全員、塵一つ残さずに滅ぼしてやるぜ!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【雑談タイム】


秀和「なんて奴らだ……好き勝手に暴れやがって! 何としても阻止するぞ!」

哲也「ああ、そうだな。この戦いは、僕たちの名誉にもかかわるからね。負けるわけにはいかないさ」

千恵子「そうですね……わたくしたちを信じてくださった皆さまのためにも!」

菜摘「でも、相手は機械だよ……しかもすごく大きいし……勝てるかな?」

美穂「大丈夫よ! これだけ味方が多いと、きっと勝てるわ!」


リリカ「アイツらのせいで、ワタシたちの故郷が……絶対に許さないんだからぁ!」

サースティ「ああ、同感だぜ。まだ昼だから全力は出せねえけどよ、仇敵は必ずぶちのめしてやるぜ」

プライド「オレも加勢するぜ! 二人のかたきを、絶対に討ってやるぜ!」


ジェイミー「さて、お手並み拝見といこうかしらね、救世主メサイアたち!」

秀和「ああ、期待を裏切らないよう努力するぜ」

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