第10話 リボルト#19 希望と絶望 Part2 服屋「カレイドスコープ」
商店街だけあって、服屋はさほど遠くはなかった。扉の両側がショーウィンドウになっていて、とても優雅な感じのドレスが展示されている。生地もさることながら、ところどころ宝石が散りばめられているため、豪華さがハンパない。
「わあ、すごくキレイ……まるでウェディングドレスみたい!」
「こんな服を着たら、きっとたくさんの人が振り向いてくれるよね……憧れちゃうなぁ~」
衣装に拘りを持っている女子たちは、煌びやかなドレスを見て目を輝かせている。まだ店に入っているわけでもないのに、すでに彼女たちの視線が釘付けにされている。
なんというすごさだ。これも長年積んできた経験を生かしたアイデアなのか。どうりで今のショッピングモールも、ショーウィンドウを設置しがちなんだな。
「ねえねえ、早く中に入ろうよ! もう待ちきれなーい!」
ハイテンションになっている菜摘は、そそくさと入り口まで近付き、ステキな衣装との巡り合わせを果たそうとする。
「大丈夫よ菜摘、服は逃げたりしないから」
そんな菜摘を美穂が落ち着かせ、扉を開くとおもむろに中に入る。
「あっ、待ってよ美穂ちゃ~ん!」
遅れることを心配した菜摘は、結局慌てたまま店の中に入った。やれやれ、せわしないな。
ベルの鳴る音と共に、俺たちは服屋の中に入る。するとレジらしき場所にメガネをかけた大人っぽい女性が座っており、脇目もせず何かを見つめている。
「ここはこうすべきなのかしらね……でもこうすれば歩きづらくなるかもしれないわね」
メガネの女性は小声でぶつぶつと何かを呟いており、俺たちの存在にまったく気付いていない。
よく見ると、彼女が見つめるのは衣装のデザインが描かれている紙だ。なるほど、デザインに集中しすぎてこっちに気を配る余裕はなかったのか。
「店長~、お客さんが来店しましたよ」
突如現れた小さな女の子が、メガネの女性に声を掛ける。なるほど、彼女が店長なのか。だからそうやってデザイン設計に夢中なんだな。
「えっ!? あ、ああ、いっらしゃい」
我に返った店長は、慌てて紙を片付け、こっちに向き直る。
「あら、見ない顔ね。それにその衣装……この世界の人間じゃないわね?」
さすが衣装を設計している人だけあって、一目だけで俺たちが違う世界から来たことを見抜けた。
「すごいわね、アレイ。貴方の言う通り、彼らは私とスクルドがこの世界に招いた救世主よ」
「あら、これはお姫様じゃない。なら話が早いわね」
アレイと呼ばれた店長はジェイミーの顔を見ると、自然と顔が綻びる。かなり人望が高そうだな、ジェイミーは。
「まあ、見れば分かると思うけど、この異世界のものたちにぴったりの衣装を用意してくれる?」
「ええ、構わないわ。ただその前に……」
「その前に?」
アレイの思わせぶりな言葉に、ジェイミーは首を傾げる。
「貴方達が着ているその衣装……どれも見たことのないデザインで新鮮だわ! これは研究のしがいがありそうね!」
さっきまでクールだったアレイは、まるで別人に変わったかのように目を輝かせている。
「この
アレイは優奈と美穂が履いているミニスカをまじまじと凝視し、両手でその布にべたべたと触る。
「きゃあ!? な、なにをするの……!?」
「ちょっと、くすぐったいって……あははは!」
肌を触られて痒く感じる二人は、思わず身をよじる。爆発するような笑い声が、静かな店内で響き渡る。
やれやれ、普段は他の女の子をからかうあの二人には、まさか逆の立場になる日が来るとは。しかし彼女たちの表情は、まんざらでもなさそうだ。もしかして楽しんでないか?
「んん……ゴホン!」
この光景に見かねたのか、先ほどの小さな女の子が咳払いをする。
「えっ? あ、ああ……ごめんなさいね。私は服のことになると、つい我を忘れて熱くなってしまうの」
自分の失態に気付いたアレイは、気まずそうに指を頬に滑らせている。
「いいわよ、これぐらい。アタシたちみたいに服を愛する人には、こういうデザイナーさんに出会えるのもある意味幸運だわ」
アレイが服に対する情熱を目撃した美穂は、賞賛の言葉を送る。
「そ、そうなの? ありがとう……」
そして褒められたアレイも、照れくさそうに頬を赤く染める。
「でも、その代わりに……」
「その代わりに?」
何故か急ににやりと笑う美穂。その真意を知らないアレイは、自然と目を見開く。
「アタシたちにいい衣装をオススメしてほしいわ! とびっきり大胆なヤツをね!」
美穂はいつも通りにニヤリと笑い、アレイに向かってウインクをする。
その顔は、絶対何かよからぬことを考えてやがるな。千恵子のことが心配になってきたぞ……
そう思った俺は、浮かない顔で千恵子の方を見やる。そして俺の視線に気付いた千恵子も、まるで意思が疎通したかのように苦笑する。もはや言葉いらずだな。
「ええ、期待に応えてみせるわ」
アレイもアレイで、悪乗りして意味深な笑顔を浮かべ、目を輝かせている。これは大変なことになりそうだ。
「ほら、菜摘と千恵子も突っ立ってないで、一緒に試着室に来るのよ!」
「えっ、えっ? ちょっと気が早いよ、美穂ちゃん!」
「み、美穂さん! まだ心の準備が……」
美穂に引っ張られるがままに、菜摘と千恵子は半ば強引に試着室に連れていかれた。
「さて、待つのもつまらないし、俺たちも自分の服を探してみるか」
ただでさえ女子たちの試着は長いのに、こうも衣装が多いと、どれぐらいかかるか分かったもんじゃない。時間を有効に活用するためにも、今のうちに済ませておいたほうがいいかもしれない。
「あっ、自己紹介が遅れましたね。私はパッチ・ソーイング、見ての通りこの店の店員です。何かあったら私に声をかけてくださいね」
先ほどの小さな女の子が、こっちに近寄ってきて元気な挨拶をする。その身に包んでいるひらひらした赤と黒のドレスは、彼女のかわいさを引き立てている。
「そうか、分かった。俺は狛幸秀和、よろしくな」
「はい、よろしくお願いしますね!」
元気よく返事するパッチ。その眩しい笑顔は、まるで太陽のように周りにパワーを与えている。
「ところで君、小さいのにしっかりしてるな。いくつなんだ?」
「…………」
何故かパッチが急に黙り込む。しまった、まさか何かまずいことでも聞いたのか?
「あー、よく聞かれますね、こういう質問。大丈夫です、もう慣れてるんです」
自分に言い聞かせているかのように、パッチは苦笑を浮かべながら頭を横に振る。
「実はこう見えても、私17歳なんですよ」
「えっ、俺と同じじゃん」
あまりにも衝撃的事実に、俺は驚きを隠せなかった。小6や中1みたいな顔立ちや身長をしているにもかかわらず、俺たちと年が大して変わらないとは。
「そうなんですか? 奇遇ですねー。あっ、お探しの衣装はございますか? 見ての通り、このお店は商品の種類が大変多くて、一通り見るのも結構時間がかかりますから、もしご希望を教えて頂ければ、ある程度時間の節約もできますので」
パッチは丁寧な言葉で、俺に状況を分かりやすく伝えてくれる。まあ、この後色んな場所回らないといけないし、ここはさっさと済ませたほうがよさそうだな。
「うーん、けど今はいいイメージが浮かばないんだよな……あっ、そうだ」
俺は何かを思い出したかのように、ポケットからスマホを取り出す。
「おっ、なんですかそれ? 見たことのないものですね」
パッチは俺の手にしているスマホを見ると、好奇心の溢れる眼差しで凝視する。
「こいつはスマホっていうんだ。でん……通話する以外にも、画像を保存したり、音楽を聴いたり、色んな機能があるぜ」
「へー、それはとてつもない代物ですね!」
「まあな。あっ、見つけたぞ」
俺は目当ての画像を探し出すと、パッチに見せる。これはとあるデビルを狩るアクションゲームの主人公で、赤いコートと黒いズボンがトレードマークだ。
あまりにも反逆のイメージが強いので、いつかこんな格好をしてみたいだが、変な目で見られそうでなかなか行動に移せない。
だがこのファンタジーの世界なら、こんな格好をしても気まずい思いをせずに済みそうだ。だったらこのチャンスを、たっぷり活かそうじゃねえか。
「ほほーう、なかなかサマになってますねー。それでは、似たような服がないか探してみますね」
そういうと、パッチは俺のリクエストに応えようとテキパキとあちこち歩き回り、衣装を探し始める。
さて、待ってる間にどうするか……ん?
「きゃっ!? どこを触ってるんですか、美穂さん!?」
「あらー、また大きくなったんじゃないの、千恵子~? さては彼氏に揉まれまくってるからこうなったのね!」
「ち……違います! いつも美穂さんが揉んでくるからじゃないですか!」
「千恵子ちゃん、いいな……うらやましいよ……」
「ふふん、じゃあ菜摘も揉んであげよっか?」
「え、ええー!? そういう意味でのうらやましいじゃないよ、美穂ちゃん!?」
「まあまあ、そう言わずに♪ そりゃ~!」
「いやあああああ!???」
美穂の奴、またしても淑女モード全開だな。まあ、止めに入ってもややこしくなるだけだから、ここは見て見ぬ振りをしよう。
逆に考えると、千恵子はこうしてみんなと仲良くなれたのだから、いいことじゃないか。
「きゃあ! ゆ、優奈さんまで……!? 変なところを触らないでくださ……あぁ……」
「別にいいじゃな~い、減るもんじゃあるまいし」
……うん、仲良くなったと、そう信じたい。
「お待たせしましたー! ご希望の商品を用意致しましたので、どうぞご試着してみてください!」
あっという間に、パッチは俺の希望の衣装を運んでくる。
「おっ、サンキュー。それじゃ早速試着室に行くか」
俺はパッチから渡された服を持つと、試着室に移動し始める。
しかし、さっきまで賑やかだった試着室は、何故か急に静まり返っている。とはいえ、彼女たちの姿が見えない。もしかして……
俺は適当にとあるカーテンの前に足を止めると、下の隙間から覗き込む。すると、そこから優奈のすらりと伸びた足が見える。
「♪~♪~」
衣装を着替え終わったにもかかわらず、優奈はまるで誰かを待っているかのように腰をくねくねさせて踊っている。
勝手な推論だが、もしかして男子が間違えて入ってくるのを待って、その人をからかって楽しむつもりなのか? まったく、こんな時でもイタズラをしようとしてるとは、よほど暇なんだな。
さっさと隣の試着室に行って、着替えを済ませよう……
「んー? 試着室を覗いて何がしたいのかな、ひ・で・か・ず・く・ん?」
「うん? …………っ!!」
声がした方を見ると、そこには仁王立ちしてる美穂が明らかににやけていやがる。
し、しまった……! そう来たか! 「策士策に溺れる」とは、まさにこのことだな……
「あー! 秀和くんがあたしを着替えてるトコ覗いてたの!? もう彼女がいるのに、ひどーい!」
美穂の声に反応したかのように、優奈もすぐさまカーテンを開き、眉間をひそめて俺を責め立てる。
「ち、違うんだこれ! 中に人がいないかを確認したいだけで……」
濡れ衣を着せられた俺は、当然必死に自分の無実を証明する。それにもしこの場面を千恵子に目撃されたら、さらにややこしくなりそうだからな。
「もーう、そんなに緊張しちゃって、かわいいわね~」
「今のは冗談よ、じょーだん! ほらほら、早く着替えちゃって!」
赤面した俺を見て、美穂と優奈はクスクスと笑っている。くっそ~、覚えてろよ……
ようやく試着室の中に入れたが、さっきの一件のせいで心臓の鼓動がなかなか収まらず、俺の思考を攪乱する。
ったく、調子狂うな……とりあえず頭の中を空っぽにして、さっさと着替えるとするか。
一通り着替え終わったあと、俺は鏡の中の自分を見据える。赤いコートの他に、俺は黒いTシャツとズボンを着用している。そのため、両方ともよく映えているように見える。うん、やっぱり赤と黒は絶妙な組み合わせだな。
新しいコーディネートに気に入り、俺は満足して試着室を出る。既に着替え終わった他のみんなも、外で歓談している。さっきまで静まり返っていたお店が、一気に賑やかになった。
「あら、なかなかいい感じじゃない。似合っているわよ、ヒデカズ」
俺に声を掛けたのは、他の誰でもなくジェイミーだった。満面の笑みを浮かべている彼女は、俺の衣装を褒めてくれた。
「おう、ありがとうな。パッチの手際がよかったから、こんないい衣装に巡り会えたんだ。ありがとうな」
「いえいえ、お客様の笑顔のためならば、これぐらいはへっちゃらですよ!」
俺の感謝の言葉を受け、パッチはひまわりのように顔が綻びる。
「へー、案外ファッションのセンスがあるじゃな~い、キミ」
「そうね、驚いちゃったわ!」
さっき俺をいじった美穂と優奈は、今度はネコを被ったかのように褒め称えてくる。
「二人ともだって、すごく大胆な格好をしてるんじゃん」
「えっへん、やっぱりそう思う? せっかく違う世界に来たんだし、やっぱり思い切ったイメチェンをしないとね!」
優奈が着替えたのは、踊り子の装束だ。赤いとブラと腰布と、茶色のサンダルのみになっている。
肌の露出が大変激しく、その素晴らしいワガママボディを惜しみなく披露している。両腕にはアクセサリーを付けているが、焼け石に水としか言いようがない。
男子でも女子でも、その格好を見れば目のやり場に困るだろう。ただし、一人を除いて。
「おっ、優奈分かってるじゃないかー! おれたちに長旅を退屈させないために、自ら目の保養を提供してくれると……ぐわっ!」
「あんたね、またそうやっていやらしい目で女子を……!」
何の遠慮もせずに優奈をガン見する直己を、名雪はいつも通りに全力を込めた一撃を見舞う。
ちなみに名雪が着替えたのは、上はノースリーブのシャツに袖カバーにマフラー、下はミニスカートとニーハイブーツというカジュアルな魔法使いの組み合わせだ。
普段の彼女から想像できないチョイスだが、この年頃の女の子のことだから、きっと心のどこかでオシャレを楽しみたいと思っているに違いないだろう。
「まあまあ、慣れてるからいいわよ。それに、男子を釣れたってことは、あたしはまだまだ魅力的だってことだし♪」
ガン見された当の本人はさほど意に介した様子もなく、自信に満ちた笑顔を浮かべている。
「そうね~、戦う時にセクシーなポーズでも取って、敵を油断させるってのはどうかしら?」
会話に加わる美穂は、片手を頭の後ろに置き、もう片方の手を腰に当てるという艶めかしい仕草を取る。
美穂が着替えたのは、上が紫色のジャケットに白いブラ、下が赤と青のツートンカラーのホットパンツに黒いブーツだ。
ジャケットが短いため、腰が丸見えになっていて、その曲線美を余すところなく存在を主張している。
「あっ、それいいわねー! ナイスアイディア、美穂♪」
美穂が出した提案に、優奈は喜んで採用する。こうして二人はまたしても周りのことを忘れるぐらいに、会話を弾ませている。
「ごめーん! お待たせー!」
突然聞こえたのは、菜摘の慌ただしい声だった。どうやら彼女も着替え終わったところなんだな。
「おや、なかなか似合っているじゃないか、菜摘、秀和」
ほぼ同時に外に出た哲也は、俺たちの格好を見て肯定的な評価を与えてくれた。
「そうなの? えへへー、ありがとう哲也くん! このコーディネート、色々頑張って探したんだよー!」
「そうなんだ。頑張った甲斐があったね」
菜摘が着替えたのは、サーカスを彷彿とさせるドレスだ。色が鮮やかで、あちこちにダイヤの柄が散りばめられて、まるで絵になるようなキレイさだった。
一方哲也は、青い燕尾服にズボンといった執事スタイルだ。クールな彼にはぴったりで、そのメガネもいつもよりかっこよく見える。
そう言えば、千恵子の方はどうだろう……?
ちょうどその時、近くからゆっくりと落ち着いた足音が響いてくる。この優雅さすら感じられる足音は、もしかして……
「お待たせしてしまい申し訳ありません、皆さん。着付けに少しお時間がかかってしまいまして」
この氷のように澄んだ声は、間違いなく千恵子だ。よし、一体どんな衣装に着替えたか見てみようか。
白と青の組み合わせは、まさに千恵子らしいチョイスだ。しかしデザインの方は、かなり新鮮なイメージを与えている。
何故かというと、その衣装の上半身はオフショルダー風の着物っぽい感じで、下半身はミニスカートとニーハイエナメルブーツという和洋折衷のデザインだ。
千恵子にしてはちょっぴり大胆な格好かもしれないが、その姿はあまりにも美しく、まるで水の女神のようだ。俺は思わずそんな彼女をうっとりと見とれた。
「ど、どうでしょうか、秀和君……?」
俺の存在に気付いた千恵子は、恥ずかしそうにもじもじしている。そこで彼女がどんな答えを求めているのか、考えるまでもない。
「ああ、とてもキレイだ。こんな千恵子を見ていると、一瞬女神が天から舞い降りたんじゃないかって思ったぜ」
「そ、そうなのでしょうか……ありがとうございます」
俺に褒められた千恵子は、嬉しそうに俯いて、頬を赤く染めている。
「ちなみに、着替えを手伝ったのはこの私よ。さすがはかずくんがお気に入りの女、脱いだらすごいわよ」
「えっ!? す、涼華さん、急に変なこと言わないでください……!」
急にどこからともなく現れる涼華は、俺と千恵子を困らせて楽しんでやがる。
そしてそんな涼華が着替えたのは、魔女っぽい黒のドレスだ。胸からへそまでの部分は穴が開いており、レースアップで遮られている。裾の丈もかなり短く、色々見えそうで見えない状況を作り出している。
露出は優奈ほど多くないが、そのもどかしさが逆にそそるかもしれない。現にあの直己も、チラチラと涼華のドレスの隙間を覗いている。
さすがは涼華、こんなところまでイタズラ心が働いてるな。
しかし、やっぱり一回注意しておかないと、このままずっと調子に乗りそうだ。注意しても無駄っぽいけど、言わないと気付かないだろうな。困ったもんだぜ。
「お前な……俺はともかく、千恵子は真面目だからさ、いちいち変なこと言ってからかうなよ」
「あら、別にいいじゃない。かずくんは本当、こういうのを密かに期待してたのに、素直じゃないわね」
「うぐ……! お、俺は別にそんなことを……」
「はいはい、思ってない思ってない。かずくんって本当、分かりやすくて面白いわね」
涼華はクスクスと笑いながら、俺をからかってやがる。
ったく、何なんだよコイツ……注意するつもりだったのに、逆に笑い種にされてるなんて……これじゃいつもと変わらねえじゃねえか!
「お前な……いつまで俺をバカにすれば気が済むんだ!」
「あら、バカにしてないわよ。それよりいいことを教えたいんだけど、聞きたいかしら?」
「止めとくぜ。どうせろくなことじゃないだろう」
「そんなことないわよ。何なら直接本人から聞いたら?」
「えっ?」
あまりにも藪から棒の話で、俺は涼華の言葉の意味が見い出せない。
「あ、あの……秀和君……」
すると、近くから千恵子の小さな囁きが聞こえてくる。何故か彼女が頬を赤く染めていて、俯いている。
「ん? どうしたんだ千恵子?」
「………………」
俺は千恵子に質問するが、何故か彼女は口を噤み、なかなか言いたいことを話してくれない。
「あーあ、やっぱり私が話さないとダメみたいね」
そんな状況を見兼ねたのか、涼華は溜め息をつくと近寄ってくる。
「千恵子はなんでそんな格好にしたのか、その理由が知りたい?」
「別にいいけど……そこまで言われたらちょっと気になるな」
おっとりしている千恵子なら、そういう肩や足を出す格好には抵抗があったはず。それなのにあえてそんな格好を選んだのは……
「言うと思ったわ。それはね、かずくんにもーっと、彼女のことを見てほしいからよ」
「えっ、千恵子はそこまで考えてたのか?」
「そうよ。だから私がアドバイスしてあげたわ、こういう体のラインがくっきりと見える衣装にすればいいと」
「結局お前の悪知恵じゃねえか」
涼華の得意げの表情を見て、俺は思わずツッコみを入れる。
「あら、悪知恵なんて心外ね。かずくんのためにそう言ったのよ。ほら、おかげで千恵子のこーんなところや、あーんなところまで見えるでしょう?」
涼華の言葉に釣られ、俺の目線が無意識に千恵子の方に移る。その衣装から浮き出る体の曲線美は、確かに絶妙だった。だが……
「気持ちは嬉しいけどよ、だからって千恵子に恥ずかしい思いをさせるのはごめんだ。イヤなら無理して着ることはないぞ、千恵子」
「だ、大丈夫です! わたくしが決めたことですから、どうぞお気遣いなく」
千恵子は慌てて俺の言葉を遮るが、その真っ直ぐな眼差しには迷いがなかった。
「そ、そうか? それならいいけど」
「え、ええ……そう言えば秀和君の格好も、とても格好良くて素晴らしいですよ」
「あ、ああ……ありがとう。まあ、どうせ着替えるならやっぱり格好いい奴にしたいじゃん」
「それもそうですね。やはり秀和君には、この赤と黒の組み合わせが一番似合う気がします」
なんかはぐらかされた気がするけど、まあこれ以上は深追いしないでおこう。
「うひゃー、こんなすげー衣装を
「何なのよ、その態度! 姫様をお財布みたいに扱うなんて! もう少し敬意を払いなさいよ!」
調子に乗った直己のあまりにも上から目線の発言に、シースは苛立ちを隠しきれず、思いっきり彼の足を踏みつける。
「はぁ……これだからあんたはモテないのよ、直己」
「いきなりそれはひどくないか、名雪!?」
すでに体が怪我している直己に、名雪はさらにその心に追い打ちを与える。
「おれの傷付いた心を癒してくれ、名雪ぃ~!」
「あんた本当に懲りないわね! あっち行きなさいよ!」
「ぐへっ!」
床に倒れ込んでいた直己は体を起こして、両手を広げて名雪に慰めを求めるが、かえって彼女の反感を買って顔面を踏まれる羽目になった。
「なあ秀和、一体どこがいけなかったんだ?」
心身ともダメージを喰らった直己は、俺に問いかける。なんかデジャブを感じるぞ、この光景。
「お前が調子に乗りすぎなんだよ。それに名雪は真面目な子だから、あんまりふざけるのが嫌いなんじゃねえか?」
「な、なるほど、確かにそうだな……」
俺の意見を聞いた直己は、納得したように頷く。
「それに彼女の格好は、普段とイメージが違うの気付いてないか? なのにお前はそれについて何も話さない。そりゃ彼女も怒るだろう」
「ああー!!! そ、そうだったー! なあ名雪、今日のきみは一段と美しい!」
俺のアドバイスを受けた直己は、早くも立ち上がって名雪を追いかける。やれやれ、せわしない奴だな。
「あら、みんななかなか似合うじゃない! 会計を済ませてきたから、そろそろ次行きましょう」
人込みから姿を現したジェイミーは、嬉しそうに俺たちに声を掛ける。
「はい、こちらはお客様のお召し物で~す」
「おお、ありがとう。わざわざ済まないな」
俺たちが着替える前の服を丁寧に包装してくれたパッチは、色んな袋を持って俺たちに渡してくれる。
「ねえ、一着残してくれない? もっと色々研究したいのよ!」
店長のアレイはなにやら満足できない様子で、とんでもない要求を提出する。
「いや店長、さすがにそれは無理でしょう……変態だと思われますよ」
「それでもいいの! 私の衣装革命の道には、どーしても新しいインスピレーションが必要なのよ!」
パッチの冷静なツッコミをものともせず、必死に自分の願望を訴えるアレイ。うーん、自分の好きな分野をとことん極める人間は、みんなあんな感じだろうか。
「じゃあ、アタシのあげるわ。どうせ服ならたくさん持ってるし、今着てるヤツもあんまり好きじゃないし」
その時に口を開けたのは美穂だった。彼女は何食わぬ顔で、袋の中を探り始めた。すると彼女は自分の服を見つけ出し、アレイに渡す。
「ああ、なんて素晴らしきお方……! 貴方はきっと、女神様のお使いなのですね……!」
美穂の行動に感動されたのか、アレイは急に立ち上がり、両手で美穂の手を包み込む。
「い、いや、そんな大げさな……でもそう言われると、なんか照れくさいわね」
あまりにも急な出来事だったので、美穂は心の準備ができず、少し照れくさそうに指先で自分の頬を引っかく。
「よし、それじゃ次の目的地に行くわよ!」
ジェイミーの掛け声と共に、俺たちは服屋を出る。
「この度は服屋『カレイドスコープ』へお越しいただき、誠にありがとうございました~」
その時、パッチは俺たちにぺこりとお辞儀をし、店の名前まで名乗った。そうすれば、初来店の客でもこの店のことを覚えられるのか。やはり出来る子だな。
こうして、俺たちはジェイミーとシースに付いていき、次の行き先へと進む。
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【雑談タイム】
直己「ぐふふ……うへへへへへ」
名雪「何よ、さっきからゲスい笑い方して。気持ち悪いわね」
直己「見てくれ、この素晴らしき光景を! 麗しい少女たちが、こんなにも大胆な衣装に包まれていて、白い素肌や丸みを帯びた球体が……ごほっ!」
名雪「あんたね、またそういういやらしいことを……!」
直己「だからって、いきなり股間を蹴るのはひどくない!?」
千恵子「…………」
秀和「大丈夫か、千恵子? なんかさっきからソワソワしてるんだけど……やっぱ無理してないか?」
千恵子「い、いえ、わたくしは大丈夫ですから」
秀和「そうなのか? ならいいけど……」
涼華「もう、千恵子はかずくんにもっと見てほしくてあんな格好をしたんだから、遠慮なくジロジロ見てればいいのに」
秀和「いやいや、さすがにそれは失礼だろう」
涼華「別にいいじゃない、だって人間だもの」
秀和「お前、その言葉の意味分かってんのか……」
ジェイミー「うふふっ、みんな本当に仲がいいのね。こっちまで声が聞こえてるわ」
秀和「まあ、これだけ大勢いるからな。ところで次はどこに行くんだ、ジェイミー?」
ジェイミー「そうね、ギルドって言えば分かるかしら?」
秀和「まあ、ゲームで聞いたことはあるけど、多分こっちだと意味が変わってくるだろうな」
ジェイミー「そうなのね。まあ簡単に言えば、色んな冒険者が集う場所で、そこで住人からの依頼を集めてこなす施設のような感じよ」
秀和「なるほど、要は何でも屋か」
ジェイミー「へー、そっちだとそういう呼び方するのね。何だか新鮮だわ」
秀和「けどこういうのは今だと見当たらないな。あってもフィクションの中で見れるぐらいかな」
ジェイミー「あら、そうなのね。それじゃせっかくの機会だし、この目で確かめてみたらどうかしら?」
秀和「そうだな。どんな奴に出会えるか、楽しみだな」
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