ホームパーティー(KAC9:おめでとう)

モダン

家族

 最近、主人は30代の息子にかかりっきりです。

 この数年、家族とろくに口を利かなかった息子が、自ら歩み寄ってきてくれたことを思えば、その気持ちはわからなくもないものの、行き過ぎの感は否めません。

 先日は、二人で連れ立ってスナックへ。それは構いませんが、帰宅していきなり『マスターとお嬢さんを家に招待したから次の日曜はそのつもりでいてくれ』と言います。

 そもそも、そのスナックのせいで息子は借金を作り、家族とも疎遠になったわけですから遠ざけてしかるべきじゃないでしょうか。


「だから、行って初めて分かったんだよ。

 俺たち夫婦は何も知らなかったんだって」

 私は、リモコンでテレビを消しました。

「あ」

 不満げな主人の前にお茶を置き、消えたテレビの前に座ります。

「何が分かったんですって」

「まず、マスターが小学校の同級生だったこと」

「だから?」

「だからって……。

 懐かしさに距離が縮まるし、お互い知らない40何年間に興味も沸くだろう」

「ふん。他は?」

「息子が恋した高嶺の花は、そのマスターの娘だった」

「それは聞きました。はい、次」

「息子が相手にしてもらえないと思い込んでいたのは、彼女の忙しさが原因だった」

「そこ、意味が分かんないのよね」

「説明が難しいんだけど、本当は彼女も外で会いたかったんだ。

 けれども、学校や家での勉強に時間が足りなかったから、そうはしなかったってことだよ」

「本当かなー。好きなら、何とかして時間作るんじゃないの?

 あなただったらどうする?」

「俺と一緒にしちゃダメなの。

 彼女は自分で決めた優先順位を曲げずに、最後まで頑張ったんだから。立派だろ」

 私は、亡くなって間もないお義母さんを思い出しました。目的のためなら手段を選ばない悪女。お嬢さんは、それほどでないかもしれませんが、やはり冷徹なキャリアウーマンを彷彿とさせます。

「苦手なタイプだわ」

「そんなことないって。会えばわかるよ」

「男性陣は三人とも騙されてるんじゃないの」

「三人?」

「あなたたち親子と、向こうのお父さん」

「マスターも?

 それはお前、言い過ぎだよ」

「ま、今さら私が何言ったところでもう約束してるんでしょ」

「そういうこと。ふた家族で彼女のお祝いするんだから、頼むよ」


 日曜日。

 我が家の男たちは、朝からそわそわしているくせに、何の手伝いをする気配もありません。

「料理は終わったから、飲み物の用意とテーブルセッティングくらいはしなさいよ」

 そう怒鳴っているところに、インターホンの音が響きました。

「ちょっと早すぎましたかね」

 私の知らない紳士が、モニターで微笑んでいます。

「ああ、お待ちしてましたよ。どうぞ、どうぞ」

 主人は上機嫌で玄関に向かいます。

 そして、本日のお客様を連れて戻ってきました。

「失礼いたします」

 主人より若く見えるが同級生という男性、水商売とは思えない清楚な身なりの落ち着いた女性。映画かドラマに出てきそうな、好感度満点の父娘です。

 それにひきかえ、この事態を招いた息子とその父親のみすぼらしいこと。身内として、この残念な対比に、不条理な思いがくすぶるばかりでした。

「それではこれより、『ホステスから看護師への、転身を祝う会』を開催いたします」

 息子は受けると思ったのでしょうが、それぞれの家族はまだ緊張した空気に包まれています。頑張ったつもりで株を下げました。

 あらためて、主人が乾杯の音頭をとります。

「お母さんの死によって、仕事に対する価値観が変わったんですね。

 それから、いわゆるエリートコースを捨てても、命を扱う現場で生きたいと強く願うようになります。

 結果、看護学校で勉強し、夜はお父さんのお店を手伝うという過酷な生活を三年。

 ようやく、学校を卒業し、病院で働くことが決まりました。

 大変でしたね。

 お父さんの目が潤んでます」

 そう言って、マスターに笑いかけます。

「お嬢さんに、心からおめでとうの気持ちをこめて、みんなのグラスを合わせましょう。準備はいいですか」

 全員グラスを手に持ちます。

「乾杯」

「乾杯!」


 お嬢さんのそんな話は聞いていませんでした。

 あるいは私が話させなかったのか……。

 とにかく、いろんな疑問や興味がわいてきます。なので、そこからは積極的に彼女に話しかけました。

 そのうち、すっかり打ち解けて、この家に嫁に来たときの話などしているほどでした。

「お義母さんはとてもきつい人でね。

 ご自分は何でもできちゃうから、周りにもそれを要求するわけ。

 当時、経験も能力も乏しい私には鬼のように見えたわ。

 でも、後で考えると結局、自分でできることしかやってないのよね。

 おそらく、お義母さんが言いたかったのは、『できないことを無理してやらなくてもいいけど、できないと思い込んでるだけなら一度はチャレンジしなさい』ってことだったんでしょうね。

 あなたは、それを自然にこなしてるのよ。

 素晴らしいわ」

「いえ、そんなことありません。

 逆にそんなおばあちゃんと、ずっと暮らしてこられたことの方がすごいと思います。

 私には耐えられませんから」

「うーん、でも、いろいろ気遣ってもらうことも多かったのよね。

 例えば、亡くなったのは老人ホームなんだけど、そこに行くと決めたのは私達に負担をかけたくなかったからだと思うの。

 そういうことが普段からよくあってね。

 今さらながら、感謝してるのよ」

「そうですか。

 それでも、私、きつい人は苦手なんですよねー」

「……同感」

 私たちは屈託なく大笑いしました。

 同時にそれは、家の男たちが惚れ込むのも無理はない、と思った瞬間でもありました。

 こんな娘がいつもいてくれたら。

 これはどうも、息子の尻を叩かねばならないようです。

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