第13.1話 クリスマス プレゼント


「真っ白ですね」


と膝まで雪に埋まったスナネコが言った。


「まったくだ。道がわからなくなっちまった」


とツチノコも言った。


* * *


その前の日は冷たい雨が降っていた。

次の日の朝、ツチノコとスナネコの二人が目を覚ますと、空はどんよりとしており、道の先に見える山の頂上は白く染まっていた。


「スナネコ、これからあの山を越えるわけだが」


とツチノコはスナネコに呼び掛ける。


「多分、上の方は雪が積もってるぞ」


「ゆき、ですか?」


「ああ。とても寒いと、雨が細かい氷になって降ってくるんだ。要はとっても寒いってことだよ。まったく、何でいきなり雪が降るんだ?」


スナネコは首元のスカーフを気にするような仕草をした。


「それで、寒いだけならいいんだが、道が凍ってたりするとつるつる滑ってすげえ危ないんだ。気を付けていくぞ」


「はい」


二人は朝食のじゃぱりまんを食べると、山に向かって歩き出した。

平坦な道はすぐ終わり、じめじめとした山道に変わった。


* * *


峠の頂上付近は、道が見えなくなるほど雪が積もっていた。

二人の前に誰かが通っていた足跡も、新しく降ってきた雪によって辿れなくなっていた。


「ツチノコ、どこを見ても同じような景色ばかりです」


とスナネコが不安げにツチノコに呼び掛けた。


「あんまり適当に動くんじゃねえぞ。ここで迷ったらおしまいだ」


ツチノコも余裕がないようだった。

立ち止まると、体が急速に冷えていくのが感じられた。

二人が立ち往生している間にも、若干溶けたような雪がぱらぱらと降り続けている。


「ツチノコ、どうしましょうか」


スナネコが弱気になって言った。


『スナネコ、今日は引き返すぞ』とツチノコが言いかけた時だった。

二人の後方でズゴゴゴっという音がして、二人が振り返ると、セルリアンの群れが二人に向かってくるところだった。


ツチノコは頭が真っ白になった。見知らぬ山の中で、しかも雪が降るような寒さの中、大勢のセルリアンを相手にすることは考えられなかった。

逃げようにも、一度道を外れてしまうと、この山を下りることが困難になる。

どうにかしてこの状況を切り抜けなければ、どうにかしてこの状況を切り抜けなければ……


ツチノコの手を誰かが握った。

暴走していた意識がふっと我に返って、自分の手を見ると、スナネコが自分の手を握っていた。

「ツチノコ……」


スナネコが何か言いかけたとき、さらに前方から何かが迫ってくる音がした。

万事休すと思って前を見ると、一人のフレンズが大きなソリに乗ってこちらへ向かってきていた。


ソリは二人の前で止まり、運転していたフレンズが、二人に向かって「乗って!」と言った。

言われるがままに二人はソリに飛び乗った。

スナネコが軽々とジャンプしてソリに乗ると、凍えて動きの遅いツチノコを引っ張り上げる。


「乗ったね! 行くよー!」


とそのフレンズは言うと、ソリに載せてあった白い袋から丁寧にラッピングされた小箱をいくつか抱えて、セルリアンに向かってえいやっと投げた。

そしてソリの向きを変えて、セルリアンから一目散に逃げだした。

セルリアンとの距離がみるみるうちに開いていく。


セルリアン達は、それ以上追っては来なかった。


* * *


「さっきは危なかったね。間に合って良かったよ」


と二人を助けてくれたフレンズが、ソリを走らせながら二人に話しかけた。


「本当にダメかと思ったよ。ありがとう」


とツチノコが震えながら言った。唇も血の気を失っている。


「あはは、これで凍えてたら、雪山で死んじゃうよ? 私のおうちは暖かいから、そこまで連れていくね」


彼女は笑いながら言った。

ツチノコはほっとため息をつき、顔に血の気が少し戻った。


彼女は自分のことをトナカイと名乗った。二人も自己紹介をした。


「この山は、セルリアンが多いのですか?」


スナネコがトナカイに聞いた。


「んー、なんかね、たまにこういう日があるんだよ。一年に一回くらいかな、いきなり寒くなって、雪が降って、セルリアンがワーって増えるの」


トナカイが説明していると、前方の木の陰からソリほどの大きさのセルリアンがぬっと現れた。

スナネコは目を見開いて固まり、ツチノコは息をのんだ。


「増えるんだけど、私のおうちに置いてあるこれを当てると……」


と言って、トナカイは袋からさきほどと同じ小箱を取り出すと、大きく振りかぶってセルリアンに投げつけた。

セルリアンは小箱に駆け寄り、それを吸収すると砕け散った。


「これを当てると、すぐ砕けちゃうんだよ」


セルリアンの残骸でキラキラ光る景色の中を、ソリは驀進する。


* * *


トナカイの家は、丸太を積み上げてできていた。

彼女は中に入ると、慣れた手つきで部屋の明かりをつけて、暖炉に火をおこした。


「おおー、立派なおうちですね」


とスナネコが部屋の中を見回しながら言った。

ツチノコは一目散に暖炉の前に向かうと、暖炉の前でしゃがみこんだ。

トナカイがニコニコしながら毛布を二枚持ってきて、ツチノコとスナネコに渡した。


「今お湯を沸かしてるから、それができたらお茶にしようよ」


彼女は楽しそうに言った。

スナネコは、部屋の片隅に小ぶりな針葉樹の木が飾ってあるのを見つけた。


「これは何ですか?」


トナカイはスナネコの横に立った。


「ああ、これはねー。私もよく分かんないんだ。でもなんだか、ここに飾っちゃうんだ。飾らないと気が済まないというか……」

「これは、何の木なんですか?」

「何の木……なんだろう……?」


トナカイは首を傾げた。


「これは樅の木だな」


いつの間にか二人の後ろに立ったツチノコが言った。


「そうか、樅の木、もみの木……」


トナカイは自分で噛みしめるように呟いた。


「もみの木を部屋に飾って、いろんなイルミネーションをつけて、プレゼント……そうだ、プレゼントを、配らなくちゃ。でも、プレゼントって何……? あれ、私何をしゃべってるんだろう。私、おかしいよね」


トナカイは一人でぽつぽつとつぶやいた。彼女の頬を一筋の涙が流れた。


「おかしくなんかない。俺たちフレンズの記憶には、前の世代やフレンズになる前の記憶とか、ヒトがもとの動物に対して抱いていたイメージとかが受け継がれていることがあるんだ。もしかしたら、お前がフレンズになる前は、ずっとそういう風に木を飾ったりして過ごしていたのかもしれないぜ」


「つまり、どういうことかな?」


ツチノコの説明に対して、トナカイが泣き笑いのような顔で聞いた。


「今の自分の記憶が混乱しても仕方ないって事さ」

「したいことをすればいいってことですよ」


ツチノコの説明をスナネコが勝手に翻訳した。


「そっか、そうだよね。したいことをすればいいよね! なんでとか、どうしてとか、あんまり考えてもしょうがないね!」


トナカイは、涙を拭いて笑った。


「それで、何をしたいのですか?」


スナネコがトナカイに聞いた。


「えっとね。この木を、もっと飾るの! そして、プレゼントを配るんだ!」


「良くわかんないけど、面白そうですね」


スナネコはトナカイに向かって微笑んだ。


「それで、何を使って飾ればいいんだ?」


ツチノコがトナカイに聞いた。


* * *


三人は、トナカイの家の物置から小さな飾りの入った箱を見つけると、その中に入っていた小物を樅の木に取り付けた。

余った小物は、部屋の窓やテーブルに張り付けたり、立てかけたりした。


「そう、こんな感じ! こんな感じが見たかったんだ」


トナカイが嬉しそうに言った。


「次は、プレゼントですね。プレゼントって、何ですか?」


スナネコがトナカイに聞いた。トナカイは困ったように笑った。


「それがね、よく分からないんだ。ずっと『プレゼントだ、プレゼントだ!』って事は覚えているのに、その『プレゼント』っていうのが何なのか、どうしても分からないの」


スナネコは困ったようにツチノコを見た。ツチノコも分からないというように首を振った。


「プレゼント……プレゼント。そうだ! 二人は、今欲しいものはない?」


トナカイは、突然思いついたように二人に聞いた。


スナネコは若干呆気に取られて「今欲しいもの、ですか」と言った。


「そうだなあ……じゃぱりまんとか?」


とツチノコが言った時、ツチノコとスナネコのお腹がキュルルと鳴った。


「そっか、あれから何も食べてないもんね。待ってて、ちょっと……」


といって、トナカイが家に貯蓄してあるじゃぱりまんを取りに行こうとした時だった。

コンコン、というノックの音が、トナカイの家のドアから響いた。


「誰だろう、セルリアンならノックなんてしないのに」


と言ってトナカイがドアを開けると、半分雪に埋もれたようなラッキービーストが、両手で抱えるような大きさの箱を頭に乗せて立っていた。


「ラッキーさん! じゃぱりまん持ってきてくれたの?」


トナカイはラッキービーストを家に上げて、こびりついた雪を払った。

雪を払うと、ラッキービーストが運んできた箱が丁寧にラッピングされているのが分かった。


「この包み方……袋の中の箱と同じ……」


とトナカイが呟いた。


「もしかして、それが『プレゼント』じゃないのか?」


とツチノコが言った。


「ええ? そうかなあ、どうなんだろう」


と言いながらトナカイが包装を解き、箱を開けると、中からじゃぱりまんが出てきた。


「あっ、本当にじゃぱりまんだ!」


「食べたいですね」


「もしかしたら、『プレゼント』っていうのは、決まったものじゃなくて、それぞれが『欲しい』と思ってるものなのかもな」


とツチノコがまとめた。


「そんなことより、早く食べましょうよ」


とスナネコが二人を急かした。


それから三人は、沸かしたお湯で作ったお茶を飲みながら、ラッキービーストが持ってきたじゃぱりまんを分け合って食べた。

じゃぱりまんはちょっとつんとして、体が内側から暖かくなるようだった。

ツチノコは「これはショウガだな」などと言ったが、あとの二人には通じなかった。


* * *


「スナネコとトナカイは、欲しいものは無いのか?」


じゃぱりまんを食べた後、ツチノコはスナネコとトナカイに聞いた。


「僕は、僕のおうちです。僕のおうちですけれど……」


スナネコは言いながら俯いてしまった。


「まあ、あんまり大きいものは『プレゼント』じゃないのかもな」


「ツチノコ、僕のおうちは――」


「慌てるなって。一緒に探してやるよ、見つかるまで」


ツチノコはスナネコを遮って言った。スナネコは何も言えなくなってしまった。


「お前はどうなんだよ、トナカイ」


とツチノコは、今度はトナカイに話を振った。


「私、私が欲しいのは……なんだろう」


トナカイはしばらく視線を宙に泳がせていたが、やがて部屋の隅に飾った樅の木の頂点に目が留まった。


「この飾り……そうだ。星が足りないよ。流れ星のかけらを取ってきて、この木の上に飾らなきゃ。流れ星が、星が必要なんだよ」


トナカイは夢遊病のように樅の木まで歩み寄ると、二人を振り返った。

その眼には涙があふれていた。


「ねえ。流れ星のかけらって、どこで手に入るかな?」


二人は答えられずに黙り込んだ。


「どうしちゃったんだろう、私。流れ星のかけらって、何なんだろうね。でもどうして、そのことを考えると、私」


トナカイはその場に座り込んで、手で顔を覆ってしまった。ひたすらに涙が流れる。


「それはきっと、俺たちがフレンズになる前に、ヒトが作ったイメージなんだ」


とツチノコが言った。


「ヒトのイメージだから、現実的にありえないようなことも、俺たちの記憶に入ってしまってるんだ。誰も見たことがない、手にしたことがないようなことでさえも、俺たちの記憶には入り込んでるんだ。多分、そういうものだろう」


「……そうかもね。ありがとう、ツチノコさん」


トナカイが顔を上げて言った。


「お前も大変なフレンズだな」


とツチノコがちょっとおどけて言った。


* * *


その夜、二人はトナカイの家に泊めてもらうことになった。


そこでスナネコは夢を見る。


スナネコは、一面に広がる雪原に一人で立っていた。

空には満天の星が瞬いている。


『あなたが欲しいものは、自分のおうち。あなた自身が帰る、あなたの居場所でしたね』


どこからともなくトナカイの声が聞こえる。


「そうです。そうですけれど、僕のおうちがどこなのか、全然思い出せません。それに、ツチノコは何か、僕に隠しているような気が、そんな気がします」


『あなたも私と同じ。同じように、記憶の欠落を抱えています。あなたの答えは、その中にある』


夜空で瞬く星が一つ、砕けた。

セルリアンの死骸のような光をまき散らしながらその破片が空に広がる。

その破片の一つが、つっと向きを変えると、スナネコの目の前に落ちた。


思わず目を細めると、目の前で燃えるように輝く光の中に、トナカイが立っているのが見えた。


「トナカイ……さん……?」


『私は流れ星の欠片。この星を照らす無数の光。膨大なこの星の、記憶の破片』


トナカイは、両手で何かを包んでいた。


『この星の記憶と、あなたの命の輝きを、今ここに示しましょう』


トナカイは、包んでいた手を開いた。


強烈な光の爆発が、スナネコの目を差し、心を白く塗りつぶしていく――


* * *


スナネコは目を覚ました。


窓から見える空の色は深い水の色で、夜明けがすっかり遅くなってしまったことを感じさせる。

彼女は横で寝ているツチノコを見た。

暖かい布団にくるまっている、安らかな寝顔。


ふと、スナネコは自分が泣いていることに気づいた。

拭っても拭っても、涙が勝手にあふれてくる。


スナネコがごそごそと動いていることに気づいて、ツチノコが目を覚ました。


「スナネコ、なんで泣いてるんだ?」

「わかりません。早起きしたからでしょうか」

「答えになってねえよ」


ツチノコの手が、スナネコの頭に触れた。

その手に導かれるままに、スナネコはまたベッドに寝転がる。

スナネコがツチノコに縋りつくと、ツチノコは彼女が落ち着くまで、その頭を撫でていた。


すっかり夜が明け、二人が寝室から出ると、トナカイはすでに起きていた。

昨日じゃぱりまんを食べたテーブルの上には、二足の赤いブーツが置いてあった。


「雪はもうなくなったけど、これからもっと寒くなるし、それ使っていいよ」


トナカイが微笑んで言った。

二人はトナカイに礼を言った。


外に出ると、雪はきれいさっぱりなくなっていた。

寒空のもと、高くなった青空の中に太陽がぽつんと浮かんでいる。


「これ暖かいな」


さっそくブーツを履いたツチノコが、履き心地を確かめるように前に歩いていく。

スナネコは一瞬トナカイの家を振り返ったが、すぐに向き直ってツチノコを追いかけた。

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