第11話 秋分 暑さ寒さも


日差しを”暑い”と感じたのは、いつまでだっただろうか。

肌に当たる風は日中も涼しく、日差しを受けても、もはや蒸し暑いと感じることはなくなっていた。

空は雲が減り、透き通るような青空となっていた。


ツチノコとスナネコは、田んぼと田んぼの間のふくらみを歩いていた。

かつての所有者が丹精込めて整えたであろう土地は、自然に帰されてから随分と時が流れたせいで、雑多な草が綺麗な正方形の中にひしめき合っていた。


ツチノコはすたすた先に歩きたかったが、スナネコが先ほどから道端にずらっと咲いている赤い花に夢中なため、さっきからなかなか歩けずにいた。


「お前、それ好きなんだな」


スナネコはツチノコに答えず、道に沿って延々と咲いているその花をじっくり見ながら、のろのろと歩いている。

一体この花の行列はいつ切れるのか、とツチノコが遠くに目を凝らすと、この道の先に小さな森があるのを見つけた。

赤い花の列は、その森を目指してずらっと伸び、そこで途切れていた。


「スナネコ、あそこまで行くぞ」


スナネコは耳だけツチノコの方に向けて、目はずっと花を追いかけ続けていた。


* * *


二人がたどり着いた小さな森には、自分たちの大きさほどの石像がいくつも立っていた。

長い時間を経て苔むしている像もたくさんあったが、誰かが意図的にそこに設置したことが感じられた。


「ツチノコ、これはなんでしょうか」


「さあ。ヒトの遺した遺跡だろうが……」


スナネコは石をぺたぺたと触り、何かの文字が彫られていることを発見した。


「何か書いてありますよ」


「でかしたぞ」


ツチノコは、早速彫られている文字を解読しようとした。

石が風化してぼろぼろになっており、ちゃんと読むことができない。


「難しい字だな……これは……家、の、……何だ?」


「『墓』よ。『はか』と読むのよ」


突然、二人の後ろから涼しい声がした。

二人がバッと振り返ると、白いスーツに身を包んだキツネのフレンズが立っていた。

全身が白いので、胸元の赤いリボンが強烈なアクセントになっている。


そのフレンズは、どこかこの世ならざる冷たさをも感じられる黄色いひとみで、二人を見た。


「お久しぶりですね。旅のフレンズさん。あら、もしかして初めましてかしら?」


「久しぶりで合ってるよ、お稲荷様」


とツチノコがぶっきらぼうに応えた。


「相変わらず信仰が足りませんわね」


「あなたは誰ですか?」 とスナネコが不思議そうに彼女に聞いた。


「あなたには初めましてかしら。私はお稲荷様です」


「オイナリサマ……」


* * *


「こんなとこで何してるんだよ。ここは神社じゃないだろ」


ツチノコが二人の会話を断ち切って、お稲荷様に質問した。


「守護けものとしての雑用よ。つまりおしごと」


「おしごと?」


「そう。あなたたちは、ここがどういう場所なのかお存知?」


質問を質問で返されて、ツチノコはうろたえる。


「どういうっていうか、あの赤い花をずっと追いかけていたら、なんとなくここに」


お稲荷様は、自分は何でも知っているという風な余裕の笑みを浮かべた。


「ここはね、ヒトが、死んでしまった仲間の身体を埋めるところだったのよ」


ツチノコはビクッとした。スナネコは不思議そうな顔をした。


「埋める……?」


「そうよ。昔から、ヒトは自分たちの仲間が死ぬと、その身体をこういうところに埋めて、その上にこういう立派な石像を建てたんです」


「どうしてそんなことをしてたんですか?」


「さあ。ヒトは、自分たちには『たましい』というエネルギーが宿っていて、死ぬとそのエネルギーが身体から抜けるんだと考えていたらしいわ。まるで私たちのサンドスターみたいね」


お稲荷様は話をはぐらかした。


「お前が納得いかないのも分かるっちゃあわかる」 とツチノコが口を挟んだ。


「俺たちフレンズは、死ぬとサンドスターに影響される前の動物に戻るだけだ。死んでもお前の体が残ったりすることはない。まあ俺達には関係ないことだよ」


「あら、フレンズはその動物の亡骸から生まれることもあるのよ」


とお稲荷様がいたずらっぽく言った。


「自分が生きてる動物から生まれたのか、死んだ動物の体から生まれたのか、知りたくはないかしら?」


「やめろよ」


ツチノコは若干不機嫌になって言った。


「ふふ。知りたくなったら教えてあげますわ」


お稲荷様は二人から目線を外すと、墓場の奥の方へ歩いて行った。

二人はお稲荷様の後を追う。


「こういう話を二人にしたのはですね、毎年この時期は特に多くなるからですわ。特にこの彼岸花が咲く時期に」


「何がですか?」


「死体から生まれるフレンズが」


お稲荷様が言ったその矢先、奥の墓石のそばで何かが大きく輝いた。


「言ってるそばから……あれはフレンズか?」


ツチノコが輝きの方向に目を凝らしながら言った。


「そのようですわ。さて、お仕事お仕事」


と言って、お稲荷様は新しく生まれたフレンズに歩み寄っていった。


* * *


新しく生まれたフレンズは、茶色い毛皮仕立ての上着をぶかぶかに着ているフレンズだった。

大きめのフードを被り、袖もぶかぶかで、ピンクの袖をしていた。


4人は、墓場の入り口にある、ひときわ大きい墓石の囲いの上に腰かけていた。

夕日が4人を照らしている。


「この子はモグラのフレンズね」 とお稲荷様が言った。


「記憶の混乱も少ないし、すぐにフレンズの体に適応してくれるでしょう」


「世話焼きなんだな」 とツチノコが若干嫌味を込めたような口調で言った。


「死体から生まれるフレンズはね、色々複雑な時があるのよ」


「そうなのですか?」


「ええ。けものとはいえ、あっちの世界に行ってしまったものに反応してる訳ですから。たまーにフレンズ化が失敗して、厄介なことになるときがあるわ」


「ふーん」


ツチノコは、できるだけ平静を装って反応した。


「今日みたいな日を、お彼岸というのよ。お彼岸にはあの世とこの世の結びつきが強くなるの。ヒトは、仲間どうして集まって、死んでしまった仲間のことを思い出していたらしいの。そういう日に、こういうのを食べていたらしいの。貴方たちにもあげるわ」


といって、お稲荷様はどこからともなく赤黒いじゃまりぱんをとりだし、二人に与えた。


「なんですかこれ。甘くて……中は真っ白……」


「『おはぎ』というの」


「こういうのをラッキービーストに作らせるのも、お前の仕事なのか?」


「ええ。おいしいでしょ」


「まあな」


4人は他愛のない雑談をしながら、『おはぎ』というじゃぱりまんを食べた。


食べきったあと、ツチノコとスナネコは、お稲荷様とモグラに別れを告げた。


「これからの季節は夜寒くなるから、野宿とかせずに宿を見つけるのよ」


お稲荷様が二人に呼び掛けた。


「分かってるよ、お稲荷様」


ツチノコが言い返した。


「ツチノコは、さっきのフレンズと知り合いなのですか?」 とスナネコが聞いた。


「腐れ縁だ」 とツチノコが手短に答えた。


「さ、行くぞ。宿を探さなきゃ」


二人は夕日に照らされて歩き出した。


つづく


老い猫は何処で果てしや彼岸花 坂口三保子


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