第10話 白露 月がきれい
昼間の暑さは続いていたが、夜になると涼しさを感じるようになった。
ツチノコとスナネコは、涼しくなった夜の道をすたすたと歩いていた。
夜の草かげでは鈴虫がリーリーと鳴いている。
「なあお前、寝なくていいのか」 とツチノコが、前を歩いているスナネコに聞いた。
「大丈夫です。風が気持ちいいし、お月様がとても明るいので」 とスナネコが言った。
たしかに、今夜はきれいに晴れていて、月が光り輝いていた。
月明かりで二人の影が地面に見えるほどだった。
「そうはいっても、夜通し歩き続けるわけじゃないだろ」
「ツチノコは、もう眠いのですか?」
「ばか、お前よりは先のことを考えてるだけだ」
「そうですねえ…」
と言って、スナネコはあたりを見渡した。
夜だったが、月明かりのおかげで道の輪郭がはっきり見えた。
「疲れたら、そのへんの木陰で休みませんか。きっと今夜は雨も降りませんし」
「まあ、まだ風邪引くような気温じゃないしな…」
「でも、ツチノコはやっぱり野宿は不安ですか」
「そりゃまあ、セルリアンとか嫌だしな」
そんなことを話しながら歩いていると、道端に一件のお寺があるのをスナネコが見つけた。
そのお寺は、歩いているとよく出会う、昔に人が建てて放棄した古い民家の一つだったが、つい最近に誰かによって使われたあとがあった。
「今夜はここに泊まりませんか」
二人でその寺の前に立ったとき、ツチノコは寺の中に複数のフレンズの気配を察知した。
ツチノコはフードの目を赤くして身構えた。
「スナネコ。ここ、誰かいるぞ」
「えっ」
引き戸をガラリと開けて出てきたのは、耳の大きい、白いブラウスに茶色のスカートを身に着けたフレンズだった。
「あら、こんな月夜に誰ですか?」
そのフレンズは、警戒せずに二人に話しかけた。
「ツチノコだ」
「スナネコです」
「初めまして。ヤブノウサギです」
3人は互いに自己紹介した。ヤブノウサギが二人に話しかける。
「今夜は、あなた方もお月見に来たんですか?」
「お月見って、何ですか?」
「今夜は、お月様が綺麗でしょう」 と言って、ヤブノウサギは夜空に浮かぶ月を指さした。
「毎年、ちょっと涼しくなったころのこのお月様を友達で集まって眺めるんです」
「それ、面白いですか?」 とスナネコが聞いた。
「面白いかは……そうねえ」 ヤブノウサギはちょっと苦笑いした。
「良かったら、今夜はここに泊っていきませんか。一緒に月を眺めましょう」
ヤブノウサギはちょっと身を引いて、二人に中へ入るように促した。
おお、綺麗な建物ですね、といいながらスナネコがふらふらと吸い込まれていく。
「助かる。ありがとう」 とツチノコが頭を下げた。
「いえいえ。お月見仲間が増えるとあの子も喜ぶので」 といってヤブノウサギは静かに笑った。
* * *
寺の中は、骨格こそ古びていたものの、細かく掃除され、清潔さを保っていた。
誰かがここでずっと生活していることを二人に感じさせた。
「ユキウサギちゃん、お客さんを連れてきたよ」
ヤブノウサギはそう言いながら、縁側の庭にいるフレンズに話しかけた。
庭には二人のフレンズがいて、何か共同作業をしていた。
入り口と反対側にある縁側からは、月が良く見えた。
ユキウサギと呼ばれたフレンズは、ぴょこぴょこと縁側まで近づいてくると、二人のことを良く見ようとした。
「こんばんは。お月様が綺麗だから、夜でもよく見えるね」
「あなたもヤブノウサギさんと同じけもののフレンズなのですか?」
「私はユキウサギっていいます」
庭で作業していたもう一人のフレンズが、ユキウサギを呼んだ。
「ユキウサギちゃーん、もう少しだから頑張ろうよー」
「はいはーい、今行くよ」
呼ばれたユキウサギは、戻る際に二人に目くばせをした。
「もうちょっとでできあがるから、ちょっと待っててね」
「『できる』って、何がだ」
「わかりません。でも、楽しみです」
それ以降しゃべることもなく、二人は涼しくなった夜風を感じながら輝く月を眺めていた。
* * *
「おまたせ。できましたよ」 と言って、ユキウサギは白くて小さなジャパリマンのようなものを、脚の付いた皿に載せて縁側に持ってきた。
「じゃあ、いただきましょうか」 とヤブノウサギが言って、二人にも勧めた。
「これ、何ですか?」
「『つきみだんご』という味のじゃぱりまんですよ。こういう月の綺麗な日に、私たちウサギのフレンズが作ることができるんです」
とヤブノウサギがスナネコに教えた。
「いつも、こういう日になるとお昼の内にボスが『つきみだんご』の材料を持ってくるんだよ」 とユキウサギが付け加えた。
「おいしいな。もちもちしてるし」 と『つきみだんご』を一個食べたツチノコが言った。
「ふふ。特別な材料を使ってるらしいんですよ」
「じゃあ、みんなも食べましょうか。今年も綺麗なお月様が見られましたし」
* * *
『つきみだんご』を食べ終わった五人は、縁側に座って月を眺めていた。
月は少しずつ位置を変えていた。
「なんで、こういう月が綺麗な夜になると、私たちは『つきみだんご』が作れるようになるんだろう?」
とユキウサギが言った。
「そうだねえ、いつも不思議には思うんだけど、考えても分かんないんだよねえ」
とヤブノウサギが言った。
「旅の方、何か御存知ではないですか?」
「さあな。でもこんな話を聞いたことがある。俺たちは動物にサンドスターが当たってできたものなんだが、そのときに色んな情報を加えられるらしい。ヒトの身体で生活するのに必要な知識の他に、前の世代の記憶や、他のちほーにいる同じ種のフレンズの記憶を受け継ぐこともあるんだとさ」
「じゃあ、もしかしたら、私たちの元の動物は、こういう月の夜に『つきみだんご』に関わる何かをしてたってこと?」
「そうかもしれない。あと、フレンズ化するときには、昔ヒトがその動物に持っていたイメージが反映されることもあるそうだ。案外そういうところなのかもしれないな」
「『ヒトのイメージ』ですか」
「そうだ。例えば俺なんか、ほとんどがヒトのイメージ……」 といいかけて口を噤んだ。「まあそういうこともあるってことだ。なあそうだろスナネコ。お前のキャラも……」
ツチノコが隣を見ると、スナネコは床に転がって、もう寝息を立てていた。
「あらら、風邪をひいちゃいますね」 ユキウサギが布団を取りに行った。
「かわいらしいフレンズですね」 スナネコの寝顔を眺めていたヤブノウサギが言った。「ずっと二人で旅をされているんですか?」
「そうだ。こいつのおうちを一緒に探してるんだ」
「おうちですか。たとえば私の場合ですけど」 といって、ヤブノウサギは寺の部屋を見渡した。
「ここは私が動物だったころに住んでいたおうちとはかけ離れていますけれど、一度住んでしまえば住めないことはないし、それなりに快適に生きていけるものですよ」
「そうだな。フレンズになったってことは、そういう意味もあるだろうな」
「ええ。ほんとのおうちがわからなくても、ここと決めた場所で暮らしていくのも、十分幸せなように思います」
「そうだ。でもそれは、本人が納得できるならの話だろ」
ツチノコはスナネコの寝顔を見ていた。
ヤブノウサギは、縁側から庭に降りると、茂みに歩いて行って、一本のススキを引っこ抜いた。
「これ、差し上げますよ。もしまたこのおうちに来たくなったら、いつでも訪ねてください」
「ありがとう」
ユキウサギが、薄い毛布を二枚持ってきた。
ツチノコは寝ているスナネコを抱え上げると、部屋の中に寝かせて毛布をかけた。自分も毛布にくるまって、スナネコの隣に寝た。
野宿には厳しい季節が訪れようとしている。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます