第8話 立秋 ひまわりの約束
ツチノコとスナネコは、旅を続けている。
延々と暑い日が続いていたが、その日は前の日よりも気温が高くなる気配がなかった。
「今日はまだ楽だな」 とツチノコはスナネコに言った。
「そうでしょうか」 とスナネコは言った。
気温が昨日より高くないとはいえど、まだす日差しはギラギラと暑く、空気もじめっとして逃げ場はなかった。
二人とも汗をだらだらと垂らしながら歩き、適度な間隔で休憩を取った。
***
二人がしばらく歩いていると、奇妙な背の高い草が密集している場所に行き着いた。
その草はやけに背が高く、てっぺんには大きな黄色の花をつけていた。
「ツチノコ、あれ何ですか?」
「さあ……なんかでっかい花だな。しかも固まって咲いてるし」
スナネコは、自分の興味に従ってその花々の茂みの中にするすると分け入ってしまった。
花の背が高いので、スナネコの姿がすぐに見えなくなった。
「スナネコ、おいスナネコ。どこ行くんだよ」
ツチノコも、スナネコを探そうとしてその茂みに入っていった。
密集して咲いていると思っていた花は、一列ごとに綺麗に並んで咲いていた。
花と花の列に挟まれた間の道を歩いていると、ツチノコは一人のフレンズが、自分に背を向けてしゃがんでいるのに出くわした。
「おいスナネコ、勝手に見えないとこに行くなよ」
「あれ? 私はスナネコじゃないよ」
振り向いたフレンズは、スナネコではなかった。
小さな耳と丸い尻尾をもち、小柄ですばっしこそうな印象を見た人に与えた。
「私はハムスター。ここのひまわり畑に暮らしてるんだ」
そのフレンズはツチノコに自己紹介した。
「人違いか、悪かった。俺はツチノコだ」
「スナネコって、誰? 君の友達?」
「ああ。一緒にこの辺まで来て、あいつがここに入っていったんだけど見失ってな」
「なるほどね。でもここまで誰か来るなんて珍しいね」
二人は、スナネコを探すために畑を歩きながら、とりとめのないおしゃべりをした。
「ハムスターは、ここにずっと住んでるのか?」
「まあね。動物だったころは、この花の種が大好きだったんだ。だけど私もこの花も、ヒトが別のエリアから持ってきたもので、もともとはこのエリアのものではないんだ。だからこうやって、ちゃんと”畑”をつくって育ててやらないといけないんだ」
「フレンズになったんだから、もうじゃぱりまんだけでいいはずなのにな」
「なんだろうね、アイデンティティだよね」
二人がしゃべりながら歩いていると、スナネコが一本の花を凝視して立ち尽くしているのに出くわした。
ツチノコが彼女に駆け寄る。
「スナネコ、何か見つけたか?」
「この花、全部同じ方向を向いています。この、お日様の向きを」
「偶然じゃないか?」
「偶然じゃないんだよ」 ハムスターが後ろから二人に話しかけた。
「この草は、花が咲くとずっと太陽の向きを向くように回るの。だから”ひまわり”っていう名前なんだよ」
「おおー」
「びっくりした?」
「それ、おもしろそうです」
「良かった」 ハムスターは破顔した。「良かったら、この草の種をあげるよ」
ハムスターは、ポケットから種をいくつか取り出すと、スナネコに渡した。
「これ、おうちの周りに埋めたらこの花が咲くんですか?」
「そのはずだよ」
「ありがとうございます。おうちが見つかったら、そのときに」
「そうだね。……おうちを探してるの?」
「そうさ」 ツチノコが代わりに答える。
「そう……君の家は、もともとこのエリアにあったの?」 ハムスターがスナネコに聞いた。
スナネコは答えられずに下を向いた。
「それも含めて探してるのさ」 とツチノコが言った。「フレンズ化したときに、そのへんの記憶も落としちまったらしい」
「大変だね」 とハムスターがスナネコに言った。
「大丈夫です。ツチノコが、一緒にいてくれるので」 とスナネコが言った。
「そっか。それならまだ大丈夫だね」
「はい」 スナネコが言った。
ツチノコも俯いていた。スナネコの家について、その時特に話せることはなかった。
***
ハムスターは、二人をひまわり畑の外まで案内してくれた。
夕方が近づき、太陽は遠くの山の少し上に浮かんでいた。ひまわりたちは太陽を向いて微動だにしない――微動だにしないように見える。
「じゃあ、これからは暑さもそんなに激しくはないだろうし、そう大変じゃないと思うけど、気を付けてね」
「ありがとうございました。ハムスターさんも、お気をつけて」
「私が忙しいのはここからだよ。夏が終わると、たくさん種が取れるからね」
「また種を撒くんだな」
「また夏になったらおいでよ。ちょっとずつ撒く範囲を広げてるんだから」
「そうだな、そうする」
二人は、ハムスターに手を振って別れを告げた。
「お前のおうちを見つけたら、近くにその種を撒こうな」 とツチノコが言った。
「はい」 とスナネコが言った。
夕方の風が二人の頬を撫でた。その風は夏の熱気に加えて冷気を含んでおり、やがて涼しい季節がくることを二人に思い知らせた。
「ツチノコ、今の風……」
「ああ。もうじき夏が終わる」
「ちょっとは楽になるでしょうか」
「多分な」
二人は歩き出した。もはや夏とは言えない夕暮れと夜が、空を包もうとしていた。
秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行
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