第7話 大暑 夏の星座にぶら下がって
一年の内で、暑さがピークにさしかかろうとしていた。
ツチノコとスナネコは、真っ昼間に動くことをやめて、お昼には数時間の休憩をとることにしていた。その代わりに、日が沈んでからもしばらく歩くのだ。
お日様が存分に力を発揮したその日も、二人は昼間に少し休んだ後、日暮れにかけて歩き続けていた。
二人は、大きな川の土手を歩いていた。太陽は山の向こうに沈もうとし、空はひとときだけの黄昏の色に染まっていた。
歩いていると、5,6人ほどのフレンズが集まって土手の中腹に座っているのが見えた。
「何してるんだろうな、あれ」 とツチノコが言った。
「何か待ってるんでしょうか」 とスナネコが言った。
二人がさらに近づいていくと、一人のフレンズが彼女たちに気づいて近寄ってきた。
「あなたたちも、『はなび』を見に来たの?」 とそのフレンズは二人に聞いた。
「いや、たまたま通りがかったんだ」 とツチノコが言った。
「『はなび』って、何ですか?」 とスナネコが聞いた。
「はなびってのはね、えーと、夜空にこう、でっかく、どーんっと……」
二人に話しかけてきたフレンズは、花火の説明をするように、腕を大きく回した。
「聞いたことあるな。確かヒトが夏の夜によく作ってたんだろ」
ツチノコがいうと、そのフレンズは顔をにこっと笑って、大きくうなずいた。
「そう、それ。 今夜ヒグマさんたちが上げてくれるんだって」
「ヌートリアー、何してるのー?」
三人の向こうで、誰かが二人に駆け寄ってきたフレンズを呼んだ。
「あ、どうも。私ヌートリアです。この川がおうちなんだよ」 と彼女が自己紹介する。
「あそこのフレンズは、みんなこの川に住んでいるんですか?」 とスナネコが聞いた。
「このあたりで暮らしているフレンズのみんな。川だけじゃなくて、向こうの山や田んぼにいるフレンズも一緒にいるんだよ」
ヌートリアは、フレンズたちを向いて「今行くよー」と叫んだ。
「良かったら、一緒に見ていきません?」 とヌートリアが二人を誘う。
「どうしますか、ツチノコ」
「まあ、今日はこの辺でいいか」 とツチノコはあたりを見渡しながら言った。野宿に良さそうな手ごろな場所を探している。
「良かったら、私のおうちに泊っていってもいいよ」 とヌートリアが言った。
「いいのか?」 とツチノコが聞く。
「いいですよ。今日はじゃぱりまんもたくさんあるし」
「よろしくお願いします」 とスナネコが言った。
二人は、ヌートリアに連れられてフレンズたちの輪に入った。
彼女たちは、じゃぱりまんを食べたり、友達と談笑したりして、思い思いに日が暮れるのを待っていた。
ツチノコとスナネコも、ラッキービーストからじゃぱりまんをもらって食べようとした。
「このじゃぱりまん……なんか冷たいです」
スナネコが目を丸くして、たった今かじったじゃぱりまんを凝視している。
「俺のは何か……すごく甘くて、ふわふわしてる」
ツチノコも、自分が食べたじゃぱりまんに呆然としている。
「あァ、それはね、『やたい』の再現なんだってさ」
と横に座っていた、カメのフレンズが二人に話しかける。
「やたい」 スナネコが聞き返す。
「おうよ。こういう『おまつり』の時はさ、ヒトはみんな『やたい』で出される特別なものを食べてたらしいんだ。博士に結構無理言って作ってもらったんだぜ」
(どうせあいつが手引きしてるんだろうな) とツチノコはいつもの苦手なキツネの神様を思い出していた。
「ツチノコもどうですか、これ。今日ずっと暑かったですし」
と言って、スナネコは自分の食べていたじゃぱりまんを二つに割ると、片方をツチノコに差し出した。
頬張ると、皮の中身は細かく砕かれた氷でできていた。皮にもほのかに味がついていて、涼しくも無味というわけではなかった。
「……うまいな」 とツチノコは言った。
じゃぱりまんを食べて満たされた二人は、並んで土手に座り、空が暗くなるのを待った。
トンボがふわりととんできて、スナネコの膝に止まった。
* * *
空がすっかり暗くなったころ、対岸の土手から、何かがすごい勢いで飛び上がっていった。
それは空高くまで上がると、突然爆発四散した。
それはキラキラと輝き、夜空に大きな花が現れたようだ。
「始まった!」 とフレンズがざわついた。
「あれが、『はなび』ですか」 とスナネコが隣のツチノコに聞いた。
「いや、多分そうだが……あれは、なんか見覚えが……」
『はなび』が、もうひとつ上がる。
暗い上に向こう岸が遠く、ツチノコでも何が起きているのかは判別がつかなかった。
土手からはるか上空に飛び上がったそれは、空中で突然割れて飛び散るようだった。
色とりどりの破片が、丸く広がりきらめいては夜の闇に溶けていった。
離れていたので、割れたときの破壊音が遅れて聞こえてくる。
……パッカーン。
「あれ、セルリアンだろ」 とツチノコがつぶやいた。
「えっ、セルリアンですか」 とスナネコが呆気に取られて聞き返した。
「そうよ、あれはセルリアンさ」 と隣のフレンズが得意げに話し始めた。
「ヒトが作ってた『はなび』ってのは火を使ってたのよ。でもそれじゃ危ないからさ、博士に色々聞いたら、ああやって小さいセルリアンを投げ上げて、空で大きくパッカーンすればそれっぽくなるんじゃないかって言われてさ。下で投げ上げてるのがヒグマさんだろ、んで、上でパッカーンしてるのがオオタカさん」
ツチノコはピット器官を使って、向かいの土手を凝視した。一人のフレンズが、箱の中から丸いセルリアンを取り出して、ハンマーを使って上空に打ち上げているのが見えた。キラキラと尾を引きながら打ち上げられたセルリアンは、はるか上空で別のフレンズに叩き割られて、四散していた。
「ああやって綺麗に打ち上げるのも、『はなび』になるようにパッカーンするのも、結構難しいんだってさ。よくやるよな」
花火が次々とあがって、断続的にぱっかーんという音が響く。
真っ暗な夜空に、次々とセルリアンの花が咲いた。
「なぁ、スナネコ……」 ツチノコはスナネコを向いて、話しかけようとした。
その時、ひときわ大きい花火が上がった。花火の火に照らされて、スナネコの横顔がぼんやりと浮かび上がった。
スナネコは、花火をぼんやりと見つめている。
昼間とは、光の当たり方が違うせいだろう。ツチノコは、スナネコの今まで見たことのない顔を見ているような気がした。暗闇の中で照らされているスナネコの顔は、芸術品のようだった。
スナネコがツチノコの声に気づいて、ツチノコの方に首を傾げる。
目と目が、あった。
* * *
ツチノコは、スナネコと花火を見ていた。しかしそれは、あてのない放浪の途中に立ち寄った景色ではなかった。
二人ともその日の夕方に約束をして、近所の橋のたもとで待ち合わせをしたのだ。
あぁ、これは夢だな、とツチノコはぼんやり考えた。
ツチノコは藤色を基調にした浴衣に桃色の帯を締め、頭に赤い花のかんざしをしていた。スナネコは、淡い黄色に花が散りばめられた浴衣に身を包み、大きなリボンのついた帯を締めていた。スナネコの手にはかき氷が握られていた。
土手の上には、様々な屋台が並んでいた。その喧騒を後ろに聞きながら、二人は斜面に座って花火を見ていたのだった。
この花火大会が終わったら、スナネコを彼女の家まで送り届けようと考えていた。その間、歩きながら何を話せばいいんだろう?
そんなことを考えながら、ツチノコはスナネコの顔を見つめていた。
* * *
少し遅れて、大きな『パッカーン』という音が響いた。土手に座っていたフレンズ達から歓声が上がる。
「ツチノコ……?」
スナネコが怪訝そうな顔でツチノコに呼び掛けた。
ツチノコは、スナネコの顔を見たままポカンとしていたようだった。我に返ったツチノコは若干慌てた。
「あ、いや。花火はどうだ?」
「きれいです。あと、大きいです」
「そうだな」
「次でラストだぞー」という声が聞こえた。
フレンズたちは花火を良く見ようと、土手のあちこちに散らばった。
鳥のフレンズに抱えられて空に上がった子もいる。
大きめの丸いセルリアンが、ヒグマの渾身の一撃を受けて空高く上がっていく。
空中で待ち構えていたオオタカが、それを思いっきり叩き割った。
サンドスターのかけらとなったセルリアンの残骸が、夜空にパッと広がった。
夜空いっぱいに、きらめく花が咲く。
しばらくして、大きなドォンという音が響いた。
夜空に広がったその花火は、瞬きながら夜の闇に消えていった。
* * *
全ての花火が終わってしまったので、集まっていたフレンズたちは徐々に自分たちのおうちへ帰っていった。
座り込んでいた二人に、ヌートリアが近寄ってくる。
「どうでしたかー、『はなび』は?」 とヌートリアが聞いた。
「きれいでした」 とスナネコが言った。
「おもしろいな」 とツチノコが言った。
「そうでしょうそうでしょう! えへへ」 とヌートリアが笑った。
「今夜は私のおうちに泊めてあげるよ」 と言うと、彼女は川に向かって歩き出した。
二人は彼女についていく。
「この先に、私のおうちがあるんだよ」
「川の中なんですか?」
「いやいや、川のそばだよ」
やがて対岸にいたヒグマとオオタカもひきあげ、川には静寂が戻った。
昼よりは過ごしやすい夏の夜が更けてゆく。
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