第6話 小暑 下 蓮の花

日に日に太陽が強くなり、頬に当たる風も温かくなるようだった。

ずっと太陽に当たっているのがしんどくなってきて、ツチノコとスナネコは日陰を探して歩くようになった。


二人は、沼地のほとりを歩いていた。

沼には大きな葉っぱが広がり、薄いピンク色の大きな蕾が浮かんでいた。


その日は空一面に雲が立ち込めていて、空気はじっとりとして蒸し暑かった。


「雨……降るでしょうか」 とスナネコが空を見上げながら言った。


「んー」 と言って、ツチノコは空気の匂いをかいだ。「……こりゃあ降るな」


「分かるんですか」


「あるんだよ、そういう匂いが」


「なるほど」


そうして話していると、ツチノコの頬に雨粒がピッと当たった。

地面の雑草にも雨粒が当たって、次第にシトシトという雨の降る音が響きだした。


「始まったな。雨宿りできる場所を探すぞ、スナネコ」


ツチノコはフードを深くかぶって、スナネコに呼び掛けた。


「はい」


二人は、雨に濡れてぬかるみだした道を急いだ。


* * *


小走りで道を行く二人の先に、大きな緑色の葉っぱを頭の上にかざしている一人のフレンズが現れた。


「あれ? 傘持ってないんですか?」 とそのフレンズが、二人に聞いた。


「かさ?」 スナネコが足を止めて、そのフレンズに聞いた。


「ええ。こうやって、大きな広いものを頭の上にかざすことで、体が濡れないようにするんです」


スナネコが足を止めたのに気付いたツチノコが、二人のところに駆け寄ってきた。


「あんたは……」


「初めまして。ニホンアマガエルです」とそのフレンズは自己紹介した。


彼女は薄緑色の水着に、蛍光色の緑色の雨合羽を羽織っていた。頭のところには黒い丸がついていて、ギョロっとしている印象を受けた。


「お二人は、傘、持ってないんですか?」


「何だそれ」


「私が今さしてるものなんですけれど、ほらこうやって、頭の上にかざすと、濡れなくて済むんですよ」


「あぁ。俺にはフードがあったからなあ」


「僕は……なかったです……」 スナネコが若干恨めしそうにツチノコを見た。


「それは……すまん……」 とツチノコが言った。


「お互いフレンズの体になって、不便なことも増えましたよね」


とニホンアマガエルが微笑んで言った。


「良かったらこれ、差し上げますよ」


彼女は、自分がさしていた傘をスナネコに渡した。


「おおー。ありがとうございます」


「え、いいのかよ」 とツチノコが聞いた。


「大丈夫です。実はこれ、この蓮の葉っぱから作ってるんですよ」


ニホンアマガエルはそういうと、沼に生えている大きな葉っぱを引き抜いた。


そのまま葉っぱの茎を持ち、目を閉じて集中した。


すると彼女の体からけものプラズムが現れて、葉っぱをちょうどいい大きさに変えてしまった。


「はい、どうぞ」 と言って、ツチノコにも出来立ての傘を差し出した。


「何をどうしたんだ??」 ツチノコは興奮して聞いた。


聞いてから、どうにかスナネコの手前では冷静さを装おうとして、咳払いをした。


「これが私のわざなのか、この蓮の葉っぱのわざなのかは、はっきり分からないんですよ」


とアマガエルは苦笑いして言った。


「ここの蓮の花には、たまにボサツさまがお座りになられるらしいんです」


「ぼさつさま?」 とスナネコが聞いた。


「私にもわかりません」 アマガエルが首を振った。「もしかしたら、そういう不思議な出来事が、サンドスターをどうにかこうにかして、こういうことができているのかもしれません」


「菩薩様か……ヒトがいなくなっても……」 とツチノコが蓮の花を見ながら呟いた。


「何か知ってるんですか?」 とアマガエルがツチノコに聞いた。


「いや、昔ヒトが考えてた世界観の話さ」 とツチノコは言った。


傘で雨を受けながら、三人はしばらく蓮の花を眺めていた。


「もうすぐこの蓮の花たちが満開になるんですよ」 とアマガエルが言った。


スナネコがふらふらと立ち上がると、蓮の生えている沼の中に入ろうとした。

カエルがあわてて引き留める。


「だめですよ。あんなに綺麗に咲いてても、沼の中はすごく泥がたまってるんです。ハマってしまったら大変ですよ」


「そうなんですか」


「やめとけよ」 とツチノコも言った。


スナネコはちょっと考えていたが、やがてそこまでの興味をなくしたようであった。

またスッと座り込んで、二人と一緒に蓮の花を眺めていた。


「綺麗な花だな」 とツチノコが言った。

「ええ、とっても」 とアマガエルが応えた。


* * *


雨はしばらく降り続いていたが、やがて上がった。


どんよりとしていた空が若干明るくなり、雲の切れ間からは太陽が見えそうだ。


二人が差していた傘は、雨が上がるともとの大きさに戻っていた。


「その葉っぱは、また雨が近くなると大きくなると思います。ぜひ旅のお供にどうぞ」


とニホンアマガエルが言った。


「ありがとうございます」

「ありがとう」


二人は、元の大きさになった蓮の葉っぱをそれぞれの鞄に入れた。


「今度雨が降った時には、私の自慢の歌を聞かせて差し上げますよ」


とアマガエルが言った。ツチノコの顔が若干ひきつった。


「それは……その……うまいんだろうな?」


「もちろん! みんなで歌うと、とても楽しいですよ! たまに盛り上がりすぎて、ナマズさんとかから苦情がくるんですけれど」


「やっぱりそういうもんじゃねえか」


アマガエルは、ツチノコの心配していることが分からずにキョトンとした。


「今度、聞かせてください」


何も分からないスナネコが無邪気に言った。


「ええ、是非!」


ニホンアマガエルは、にっこり笑って二人を見送った。


雨に濡れた地面が風に冷やされて、ちょっと涼しくなったようだった。

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