第5話 小暑 上 星に願いを

昼間に出歩いていると、だらだらと汗をかくような季節になった。


ツチノコとスナネコの二人は、適度に水を飲んだり木陰を見つけて休憩したりしながら、歩き続けていた。


日中はそのような炎天下でも、夕方になると熱さが和らぎ、涼しい風が吹くのだ。


その日はちょうど雲一つなく、太陽が山の陰に沈むと星が瞬き始めた。


「疲れてないか、スナネコ」


とツチノコが横を歩いているスナネコに聞いた。


「僕は大丈夫です。今の方が僕には楽ちんです」


スナネコは歩きながら答えた。


確かに、スナネコは日中よりも元気そうに見える。それでも蒸し暑い中を歩き続けた疲れは声に表れていた。


「どうせ明日も暑いだろうし、今日はこのくらいで休もうぜ」


「そうですね」


ツチノコは行く先に小高い丘があるのを見つけると、そこで野宿することをスナネコに提案した。


「今日は雨降んないだろうし、開けたところで寝ても大丈夫だろ」


スナネコは空を見上げた。


「今日は雲が一つもないです」


ツチノコもつられて空を見た。


「そうだな。いい天気だ」


空を見上げて歩いていたために、スナネコがよろめいてツチノコにぶつかった。


ずっと歩き続けた二人の体は熱かった。風が気持ちよかった。


* * *


丘の中腹に木が立っていた。


二人はその陰に荷物を置くと、茣蓙を敷き、じゃぱりまんを食べた。


サンドスターを弄って作ったランタンを消すと、闇が訪れた。


「ツチノコ。空がすごいです」


ツチノコの隣で動く黒い影がそう言った。


星明かりで丘の形が分かるほどの空だった。


二人は木の影を離れて、丘のてっぺんにそろそろと移動した。


「ツチノコ、あれはなんですか?」


スナネコが空を指さして聞いた。


「ああ、この光ってるのは、全部星っていうんだ」


「あの、白くてもやっとしてるやつです」


スナネコは、夜空の中でひときわ白っぽく見えるもやの帯を指でなぞった。


「ああ、あれは……あれは、何だっけな」


ツチノコはまごついた。


その時だった。一人の鳥のフレンズが、白いもやを横切った。けものプラズムを輝かせながら飛んでいたそのフレンズは、二人の話す声を聞きつけたようで、二人のところに舞い降りてきた。


彼女は全身が黒っぽい格好だったが、着ている白のベストが夜の闇の中でよく目立っていた。彼女は笹を抱えており、短い紙がいっぱい結ばれていた。


「こんばんは。天の川になにか御用でしょうか」


彼女は二人に聞いた。ツチノコは焦って答えた。


「い、いや。見てただけなんだ。邪魔しちゃってたらすまん」


「あれは何ですか? ”あまのがわ”?」


とスナネコが聞いた。


「ええ、天の川ですよ」


とカササギが答えた。


「宇宙のずっと向こうにたくさんの星があって、星が集まって銀河を形作っていて。その銀河を横から見ているから、あんな風に帯みたいに見えるんです」


「わかったか、スナネコ」


「そうですか」


スナネコはまったく理解していないようだった。


「一年のうちの今日だけ、この星たちに願いを届けることができるんです。もともとは、離れ離れになってしまった二人の恋人が、同じ空を見上げながらずっと相手のことを想っているのを星々が憐れに思って、星の力を使って二人を一晩だけ会わせてあげたことに因んでいるんですよ」


「こいびとって、なんですか」


とスナネコが聞いた。


「すごく仲が良い友達のことだ」


ツチノコがぶっきらぼうに答えた。


「その奇跡以来、一年に一度、この天の川の星たちに、みなさんの願い事を届けるのが習わしになりました。私はその橋渡しをしているんです」


* * *


「良かったら、お二人も願い事を届けませんか?」


カササギが二人に呼び掛けて、ペンと短冊を差し出した。


「いいのか?」


ツチノコが聞いた。


「いいですよ。そちらのフレンズさんもどうですか?」


「僕は……文字が……」


スナネコは言い淀んだ。


「大丈夫ですよ。そういうフレンズはたくさんいます。私が聞き取りますから」


カササギは微笑んでそう言った。ツチノコもスナネコを励ました。


「ほら、言ってみろよ」


「僕は……僕は、おうちを探しています」 スナネコが話し始めた。「ずっと探しています。何も覚えていなくて、気が付いたらツチノコのおうちにいました。あれからもうずっと、知らないところを歩いてきました。おうちは……見つかりません……」


スナネコは頭を垂れて、何も言わなくなった。


「おうちを見つけたい、ですね」


とカササギが優しく言った。


「きっと見つかりますよ。この星空の下で、どこかであなたと繋がっているはずです。私もお星さまにお願いしておきます」


「お願いします」


とスナネコが小さく言った。


風が吹いて草を揺らした。


「貴方はどうですか?」


とカササギがツチノコに聞いた。


「ああ、俺は自分で書ける。夜目も利くんでな」


と言ってツチノコはカササギから短冊とペンを受け取ると、サラサラと何かを書いた。


「じゃあこれ、頼む」


「分かりました。天の川にしっかり届けます」


とカササギは言った。二つの短冊が、新たに笹に結びつけられた。


「それでは、おやすみなさい。いい旅を」


「ああ、ありがとう」


彼女はふわりと舞い上がると、空高く飛んで行った。


* * *


夜の闇の天井を、星が少しずつ回っている。


「ツチノコは、何を書いたんですか?」


「さあな」


ツチノコは答えようとはしなかった。


「明日も暑いだろう。もう寝るぞ」


ツチノコは寝返りを打った。程なくして、スナネコの寝息が聞こえてきた。

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