第4話 夏至 下 夏越の祓
ツチノコとスナネコは、今朝に降った雨を吸ってぬかるんだあぜ道を歩いていた。
あぜ道は、山すそを沿うように伸びていた。
山の反対側には田んぼが広がっていて、稲が青々と茂っていた。
空気はじめじめとしていて、歩いているだけで顔に水滴がつきそうだ。
スナネコは踊るように水たまりを器用に避けて歩いている。
一方のツチノコも、水たまりを踏んでも下駄の足のお陰で気持ち悪い思いはしなくて済んだ。
しばらく歩いていると、脇に石段が現れた。
興味を持ったスナネコがそれを登っていく。
「それどこに続いてるんだ、スナネコ」
「さあ……」
と言いながら、スナネコは石段をどんどん登って行ってしまう。
ツチノコも彼女のあとを追いかけた。
***
石段を登り切った先には、神社があった。
古びた鳥居が二人を出迎えてくれたが、その鳥居には大きな藁でできた輪っかが吊るされていた。
まるでその中を通って神社の中に入るように促されているようだ。
スナネコはフラフラとその輪っかに吸い寄せられていった。
「これ、何なんでしょう」
ツチノコは慌ててスナネコを引き戻した。
「待て待てスナネコ。神社に入るときは、まず手を洗うんだよ」
ツチノコがスナネコを手水場に引き戻して、二人で手を洗っていると、神社の方から声が聞こえた。
「神社の作法をよく知っているんですね」
警戒しているのか、二人からは声の主の姿が見えない。
ツチノコは手を洗いながら答えた。
「昔教えてもらったんでな。ていうか誰なんだ、あんた」
声の主は、鳥居の陰からひょこっと顔を出した。
「どうも。私、タヌキです」
「タヌキ?……いや、別個体か」
「私以外にもタヌキを見たことがあるんですか」
「まあな。前に、どこかで」
タヌキは二人に歩み寄った。
「私、フレンズになる前からずっとこのお山に住んでたんです。お二人は、この神社にどうして来たんですか」
スナネコがタヌキに質問した。
「あれ、あの輪っか、何ですか?」
タヌキが答えた。
「ああ、これですか。毎年この季節になると、こうやって茅で輪を作るんです。この輪っかをくぐることによって、体についたケガレを祓うんですって」
「ケガレって、何ですか?」
「ああ、ええとそれはその……私も他のフレンズに聞いたことなので……」
ツチノコが補足する。
「体の中に溜まった要らないゴミのことだ。例えば、古くなったサンドスターとか」
スナネコは、分かったような分かってないような曖昧な相槌を打った。
「で、これ、くぐっていいですか?」
タヌキが慌てて制止した。
「ああ、くぐり方にも作法があるんです。んーと、私に続いてくぐってください」
二人は、タヌキに続いて茅の輪をくぐった。
左回りに一回、右回りに一回、そしてまた、もう一回。
「最後にくぐったら、このままご神体にお参りするんです」
タヌキが説明する。
三人は拝殿に進み、鈴を鳴らして手を合わせた。
***
三人は、鳥居の横にあるベンチに座っていた。
スナネコがツチノコに問いかける。
「あんまり意味があったような気はしないけど、これ楽しいですね」
タヌキが苦笑いして反論する。
「意味がないなんて言わないでくださいよ。そりゃあ、ちょっとよくわからないかもしれませんけれど」
ツチノコが茅の輪を見ながら言った。
「いや、案外役に立ってるかもしれないぞ。この神社、見たところ全然セルリアンが荒らしに来た形跡がないじゃんか」
「言われてみれば、この神社の中でセルリアンを見たことはないですね」
「ヒトのいた頃から、この手の場所はケガレを寄せ付けない場所として機能していたんだ。そのほとんどは例の異変後に誰も世話しなくなって廃れていったんだけどな」
「そうなんですか」
「いままでこの神社が残ってるのも、タヌキのお陰なのかもな」
タヌキはニコニコして頭を掻いた。
「いやあ、そう言われると照れちゃいますね。私自身、オイナリサマに言われてやってることばかりだったのでよく分かってなかったんですけど、意味があったと分かってよかったです」
スナネコが立ち上がった。
「僕、もうここ満足です。行きましょう」
ツチノコも立ち上がった。
「そうだな。タヌキ、今日はありがとう」
タヌキも腰を上げた。
「お二人は、これからどちらに行かれるんですか?」
「さあな。とりあえずこっちから来たから、あっちに行くと思う」
タヌキは、ポケットから茶色いじゃぱりまんを取り出した。
「あの、良かったらこれ、どうぞ。みなづきっていう味のじゃぱりまんなんです。いつも特製で作ってもらってて。とても甘くて、元気が出ますよ」
ツチノコはそれを受け取った。
「ああ。ありがとよ」
「これから暑くなりますので、道中お気をつけて」
タヌキは深く頭を下げた。
ツチノコは軽く手を振ると、先に石段を降りてしまっているスナネコを追いかけていった。
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