第3話 清明 燕の巣


桜の花びらが舞っている。

スナネコとツチノコの二人は、桜の花びらに降られながら歩いている。


一枚の花びらが、スナネコの髪についた。

ツチノコがそれを払う。


「スナネコ、髪についてるぞ」

「ふふん」


スナネコは嬉しそうに笑うと、ふらふらと道をそれていく。

ツチノコは彼女を追いかける。


スナネコがふらふらと歩いていった先には、一人の鳥のフレンズがいた。

そのフレンズは、白いシャツの上に、スッとした立派なジャケットを着ていた。

自然に還りつつある、かつて人里だった景色には、彼女の出で立ちは少し不釣り合いだった。


「あら、きれいな服」


とスナネコがそのフレンズに話しかける。

話しかけられた鳥のフレンズは、よく通るきれいな声でスナネコに応えた。


「おや、かわいらしいお嬢さん。お散歩ですか?」

「旅……?」スナネコは自信なさそうに言う。

「旅ですか。それはいいものだ。私もね、最近南の方から帰ってきたんですよ。あぁ私、ツバメと申します」

「スナネコです」


ツバメは、右腕を前に出すと、右足を後ろに引いてきれいなお辞儀をした。

スナネコはちょっとどぎまぎした。


自己紹介が終わったときに、ちょうどツチノコがスナネコに追いついた。


「どこ行ってんだスナネコ。あぁどうも」

「そちらのお連れの方は……?」


ツバメは、スナネコに向かって怪訝そうに聞いた。


「ツチノコだよ。あんたは……ツバメ?」

ツチノコがスナネコの代わりに答えた。


「おお、ご存じでいらっしゃいますか。うれしいなあ」

「ツチノコは何でも知ってるんです」とスナネコが付け足した。

「そんなんじゃねえよ」とツチノコがモゴモゴと言った。


「ツバメ、今年はもう帰ってきてるんだな」

「ええ。またしばらく、この地方でお世話になります」

「毎年どこかへ行くんですか?」

「ええ。このちほーの冬は、私達にはちょっと厳しいもので。同じような仲間と、南のもっとあたたかい地方に移動するんですよ」

「ツチノコ、南ってどこですか」

「あー、太陽が今ここだから……あっちらへんだな」


ツチノコは、南と思われる方向を適当に指さした。

ツバメがツチノコの腕を取って、微調整する。


「正しくはこっちですね。私達、磁場がちょっとわかるんです」

「おおー」


スナネコが感心しているので、ツバメはちょっと上機嫌になった。


「もっと詳しくご説明しましょうか?」

「いえ、別に」

「そうですか……」


スナネコは、地面に落ちている桜の花びらに集中してしまった。


微妙な表情をしているツバメに、ツチノコが話しかける。


「気にするな。あいつはこういう、なんというか、気ままなんだ」

「なるほど、そうですか」


ツバメは気を取り直すと、ツチノコに話しかける。


「お二人はどちらまで行かれるんですか?」

「さあな。わからねえ」

「あてのない旅か! ロマンチックでいいじゃないですか」

「まぁ……なぁ……」


ツチノコは言葉を濁した。


「どうかしたんですか」

「いや、見つかればいいんだ」

「?……そうですか」


ツチノコとツバメは、二人で舞い散る花びらを眺めていた。


「お二人には、家はあるんですか?」

「俺は別にどこでもいいんだ。最初ッからいないようなもんだしな。あいつは……あいつの家を探して、オレたちは旅に出たんだ」

「そうなんですか」


ちょっと気まずいことを聞いてしまって、ツバメも口が重くなる。


「家を作るんですが、このあたりにヒトの家を見かけませんでしたか?」

「ヒトっつったって、この地方にはもうヒトはいねえぞ」

「わかってはいるんですけれど、動物時代の癖なんでしょうか。どうしてもヒトの家の近くに作りたくなるんですよね」


スナネコが戻ってきた。


「ツチノコ。もう行きましょう」

「そうだな」


ツチノコは、ツバメに向き直った。


「じゃあ行くわ。力になれなくてごめんな」

「いやいや、こちらこそ他愛ないおしゃべりに付き合ってくださって、ありがとうございました。あ、そうだ、ちょっとこれを」


ツバメは、ポケットから丸い貝殻を取り出した。


「これを差し上げます」


スナネコが受け取った。


「きれい……なんですか、これ」

「子安貝、というんです。家を作るときに、お守りとして置いておくんですよ」


「いいのか、そんな大事なもの」

とツチノコが聞いた。


「大丈夫ですよ。この体になる前の癖なので。どうかお二人が、素敵なおうちを見つけますように」

ツバメはそう言ってお辞儀をした。


「ありがとうな」

とツチノコが言った。


ツバメと別れて、二人はまた歩き出した。

スナネコは子安貝をポーチの中に大事そうに入れた。



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