第2話 春分 桜色舞うころ
景色が大きく変わると、昨日までの景色を思い出せなくなることがある。
桜が咲いたときなどがまさにそうで、深緑の山肌に白い絵の具のような色がつくと、昨日までの厳しい冬の寒さなど忘れてしまい、ただ目の前の花と暖かくなってきた気候に夢中になってしまうものである。
とある山を越えている途中、頂上の公園に現れた桜並木に呆然とするツチノコとスナネコも、この例を外れなかった。
「これか、この前の雀が言ってた桜って」
とツチノコが言った。
「へえ、木の上にもお花が」
とスナネコが言った。
二人は桜並木の中を歩いていく。
その途中で、ある桜の根本で昼寝をしている小鳥のフレンズをスナネコが見つけた。
若干黄緑がかった緑色のきれいなコートを布団にして、すやすや寝ている。
見つけたフレンズにとてとてと近寄っていくスナネコを、ツチノコが追いかける。
「きれいな上着ですね。その、きれいな緑」
とスナネコが話しかけた。
話しかけられた小鳥のフレンズは、ゆっくり目を開けると二人を見た。
「知ってるぜ、ウグイス色っていうんだろ」
ツチノコが自分の知識を披露する。
「よく言われるんだよね。全く失礼な。私はメジロです。このメガネ見えるでしょ」
目白は、手元に置いてあったメガネをかけながらそう言った。
「ああそうなのか、悪い」
「まぁいいよ、外して寝てたし。何か用?」
スナネコはすでにメジロへの興味をなくしたようで、桜の花に見とれている。
「いや、あいつ、スナネコってんだけど、熱しやすく冷めやすいというか、好き勝手にやってる感じなんだ」
「けものはいろいろだねえ」
「お昼寝の邪魔して悪かったな。じゃあ俺らは行くよ」
ツチノコは、スナネコを呼ぶとメジロに軽く礼をしてその場を立ち去ろうとした。
メジロはツチノコを呼び止める。
「あ、待って待って。ね、お花見していかない?」
「お花見? あーなんか、ヒトがやってたとかいう」
「そうそう、よく知ってるね!」
メジロはくしゃっと笑った。ツチノコのもとに戻ってきたスナネコにも話しかける。
「あなたやったことある? お花見」
「へえ……ひらひらが五枚……」
スナネコは、自分で摘んだ桜の花に夢中になっている。
「あぁこいつはほっといていい。で、どうやるんだ? お花見」
メジロは、自分のコートを軽くはたくと、大きく広げて桜の下に敷いた。
ちょっと詰めれば三人は乗れそうな大きさである。
「えっとね、この桜の下にこれを敷くでしょ、でこうやってこの上に座って」
メジロに促されて、ツチノコとスナネコはコートの上に座った。
「座って?」 ツチノコがメジロに訊く。
「桜を見る!」 メジロが応える。
沈黙が流れた。
「……見てるぞ。これから何が起きるんだ?」
「え、何も起きないよ?」
「ええ!? 起きないのか、何も!」
「そうだよ。こうやって桜を眺めるの」
「おう……何が楽しいんだこれ」
戸惑っているツチノコの横で、メジロはゴロンと地面に体を倒した。
「もっと力抜こうよ。ほらこうやって花びらが散っているじゃない」
スナネコも横になった。
「おお、きれいですね」
「お前らってあれだろ、川の水とかずっと見られるだろ」
一人だけよく分かっていないツチノコが、ボソリと行った。
3人は黙って、桜が風に揺れているのを眺めていた。
黙って桜を眺めていると、ラッキービーストがピコピコと近づいてくる音が聞こえた。
3人に近づいてきたラッキービーストは、桃色のじゃぱりまんを頭のかごに乗せていた。
「あ、ボス。持ってきてくれたの? ありがとう」
とメジロがいった。
「お二人ともどう?」
と言って、二人に桃色のじゃぱりまんを勧める。
二人はそれぞれ受け取ると、じゃぱりまんを頬張った。
「このピンクのじゃぱりまん……おいしい」
「なんかへんな匂いもするな」
お気に召すといいんですけど、とメジロは笑った。
「さくらもち? とかいうの、再現できるようにオイナリサマにお願いしてみたの」
ツチノコは、あの苦手な狐の神様を思い出した。
「あぁ、あいつか」
「知り合いなの?」
「まぁな」
「あぁ、そういえばあなた何のけものなの?」
「ツチノコだよ」
「しらなーい」
「じゃあ聞くなよ」
それ以上しゃべることもなく、3人はじゃぱりまんを食べながら桜を見ていた。
誰も喋らなければ、桜の花びらが風に揺れてこすれる音も、散った花びらが地面に積もる音も、聞こえるようだった。
「ヒトって、こうやってお花見を楽しんでいたんでしょうか」 とメジロが言った。
「よっぽど暇だったんだろうな」 とツチノコが言った。
「ボクはこれ、好きです」 とスナネコが言った。
そうか。こいつは花が好きなのかもしれないな、とツチノコは思った。
ツチノコの花にちょうど落ちてきた花びらをつまむと、手帳を開いて挟み込んだ。
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