けものごよみ
とがめ山(てまり)
第1話 春分 上 春の雀
真っ昼間に震えて立っていることはなくなったくらいの、ちょっと暖かくなってきた頃。
地面の草は色づき、虫やけものがそろりそろりと動き出し始めていた。
そんな景色の中を、ツチノコとスナネコの二人が歩いている。
「だいぶ暖かくなってきたな、動きやすくなって助かるぜ。お前はどうなんだ?」
とツチノコがスナネコに話しかけた。
スナネコはツチノコに目もくれず、地面の草に興味津々になっていた。熱しやすく冷めやすいスナネコは、何かに集中してしまうと他のものが目に入らなくなる。
「ツチノコ、この紫色の、なんですか?」
スナネコは、地面の草の、紫色のきれいな葉っぱを指差してツチノコに訊いた。
「あぁ? これは……花とか言うんだけど……なんだっけ」
ツチノコは以前にそれを図書館で読んだことがあった。しかし、細かい花の名前については覚えていない。
そこに、せわしなく動き回る一人のフレンズが通りがかった。彼女は小柄な鳥類だった。黒縁の眼鏡に茶色と黒の斑点が混じったコートを着て、桃色のタイツを身に着けている。
「それはホトケノザですよ」
彼女はそういうと、二人に駆け寄った。
「こんにちは、私は雀です。いいお天気ですね」
「俺はツチノコだ。でこいつはスナネコ。お天気なのはいいんだが、昼暑くて夜寒いのはイヤだな」
雀はコロコロと笑った。
「あはは。もうちょっとで寒いのがなくなりますよ、もうちょいの辛抱です。あ、このじゃぱりまんもらいますね!」
雀は、ツチノコが背負っているリュックからはみ出しているじゃぱりまんをひょいと取り出すと、パクパクと食べてしまった。二人はうまく状況がわからず呆然とした。先に我に返ったのはツチノコである。
「えええ!? ちょ、おいおい」
「大丈夫です、私大体何でも食べられるんです!」
「えー…まぁ、騒ぐほどでもないか」
じゃぱりまんを食べ終わった雀は、突っ立っている二人に話しかけた。
「ツチノコさんが出てくるって、珍しいですね。春の陽気に誘われてお散歩ですか?」
ツチノコはちょっと言いよどんだ。自分たちが何をしているのか、すっかり説明することは難しい。
「ん? あー、散歩というか、旅、だな…」
「おおー旅ですか! 私は基本ずっとここで暮らしてるんですけど、たまに遠くに行きたいって仲間もいるんですよね」
その間も、スナネコは地面の花を夢中で眺めていた。
「これもホトケノザですか?」
「あ、これはオオイヌノフグリですね」
「雀、詳しいんだな」
雀はうれしそうに首を振ると、花の上に寝転がった。そのままぶるぶるっと身をよじらせる。
「ふふ、私この季節が一番好きなんです。あったかくて、花もたくさん咲いていて。きれいですよね!」
「そうだな。ところでお前は何を…?」
「あ、なんかこうやって羽をこすりつけると気持ちいいんです。ほんとは水か砂がいいんですけど」
雀は立ち上がると、上着についた葉っぱや花びらをはたいた。
「さて、そろそろ私はお家づくりに戻らなくては。この季節は好きだけど、とても忙しいんですよ」
「へー、作るんですか、おうち」
「ええ! そこらへんの枯れ木と、あと柔らかいものでベッドにして。私小柄だから、そんなに大したものはいらないんですけどね。お二人は作らないんですか、おうち」
スナネコはすでに雀の話を訊いていなかった。ふらふらと花の方に歩いていく。スナネコの代わりにツチノコが答える。
「あー…俺は覚えてないんだよな。それにこいつは宿無しみたいなもんだし」
「そうなんですか」
スナネコが黄色い花を摘んで戻ってきた。
「ツチノコ、これもホトケノザでしょうか」
「それはタンポポですね。あっ、その綿毛もらっていいですか? ベッドの足しにしよっと」
「ふふふ、まんぞく」
スナネコは、また花の方へ歩いていった。迷子になるなよ、とツチノコが声をかける。雀とツチノコが二人残された。
「お花、気に入ってもらえたみたいですね」
「あいつの好き嫌いはわかんねえなあ……」
「もう少ししたら桜が咲きますよ」
「桜?」
「ええ。木に咲く花なんですよ」
雀はぴょんと飛び上がると、近くの木の上に止まった。
「ほら、ここに蕾があるじゃないですか。あと一回寒い日が来て、次に暖かくなったらこれが花になるんですよ」
雀が指差した蕾を、ツチノコがじっと見る。いつの間にかスナネコも戻ってきて、一緒に蕾を凝視していた。
「へえ……これが花に……」
「そうなんですよ。これがまた甘くておいしくて……!」 雀の顔がとろける。
「ほんとになんでも食べるんですね」
とスナネコが言った。
「それじゃあ、私はおうちづくりに戻ります! 二人ともよい旅を!」
と雀が言った。枯れ木を抱えて、せかせかと自分の作業に戻っていく。
「行くぞ、スナネコ」
スナネコは、タンポポの花を一輪持っていた。それをツチノコに差し出す。
「このお花、ツチノコにあげます」
「お、おう……どうしろってんだよ」
「きれいです」
「そうだな」
ツチノコは、もらったタンポポを手帳に挟むとリュックの中にしまいこんだ。
日が傾き、温められた空気が冷え込み始めてゆく。
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