おめハラの時代(KAC9)

つとむュー

おめハラの時代

「ディン君、ミッション達成、おめでとう!」

 オフィスに課長タナトの声が響く。

 すると新人のディンはあからさまに嫌な顔をした。

「えっ?」

 この春メンバーに加わった新人がようやく成果を出したのだ。上司としては労をねぎらうのが当たり前だろう。

「俺、何か変なこと言ったか?」

 困惑するタナトに主任のサリエが近寄る。そして、そっと小声で忠告した。

「ダメですよ課長。新人にそんなこと言っちゃ。おめハラで訴えられますよ」

「おめハラ? 何だそれ?」

「おめでとうハラスメントの略ですよ。近ごろの若者は敏感なんです。軽々しく「おめでとう」なんて言ったらダメです。心が受け付けないんです」

 なんだって!?

 つ、ついに、そんな時代がやってきたのか。

「それにですね、最近、私もそう思うことが多くなってきたんです……」

 新人のみならず、中堅のサリエまでもが!?

「ちょっと詳しく話してくれないか? コンプライアンス違反は昇進に響くし、部下の悩みを聞くのは上司の役目だからな」

 そう言いながらタナトは、パーティッションで区切られた打合せ用テーブルにサリエと向かい合って座った。


「最近、なぜだか仕事に達成感が得られないんです」

 サリエは早速、自分の現状について打ち明ける。

「そうなのか? 主任はちゃんとノルマをこなして立派だと思うけどな」

「ありがとうございます。その私が、と言うのもおこがましいのですが、最近仕事にやりがいを感じられないんです。ミッションを達成しても、「おめでとう」と言われたくない気分なんです。きっとディン君も同じなんだと思います」

「申し訳ないが、ちょっと俺にはわからない。現場を離れて久しいからな。もっと詳しく教えてくれないか?」

 するとサリエは一瞬目をつむり、タナトに訴えるように話し始めた。

「私なりに考えてみたんですけど、原因は、人間界に急速に広まっているAIじゃないかと思うんです」

 ――AI。

 人間より人間らしく振る舞うことができる機械もしくはアプリケーション。

 そんな風に、タナトは聞いていた。

「私たちがせっかくミッションを達成しても、あたかもその人間が生きているかのごとくAIが振る舞うんです。ツイートが続いたり、ネット活動が継続されたり」

 もしそうだとしたら、それはその人間の最後の悪あがきなのだろう。

 自分がこの世に存在していた爪痕を残し続けるために。

 人生が無駄では無かったことをアピールするために。

 我々はミッションを達成するために、絶えずターゲットとなる人間を追っている。そのためにはSNSの監視は欠かせない。AIが死後の世界に与える波紋は、我々の仕事、いやメンタルにまで及んでいる、ということなのか。

「ねえ、課長、教えて下さい。私たちが狩っているものは何なんでしょう? 本当に人間の魂なんですか?」


 人間の魂。

 それを狩るのがミッション。

 つまり、我々は死神なのだ。


「先日魂を狩った人間なんてひどいですよ。ヘイトツイートで有名な悪人だったのですが、生きていた頃の方がまだ温かみがあった。今そいつの意志を継いだAIが、毎日ヘイトツイートを撒き散らしています。慈悲も何もない、最低のツイートをね」

 そんなことが進行しているとは知らなかった。

 もっと頻繁に部下とコミュニケーションと取るべきだったとタナトは反省する。

「悪人の魂を狩るとカタルシスを得られるものでしょ? なんかちょっといい事したって。だけど今は逆なんです。魂を狩らなきゃ良かったと思うことが多いんです。だから「おめでとう」って言われたくないんです!」

 声を荒らげるサリエ。

 彼女を落ち着かせようと、タナトは必死に話題を変える。

「でも、それなら逆の面もあるんじゃないのか? 善人の魂を狩る時の罪悪感が減ったとか?」

「それがですね、課長。そうでもないんです」

 そうなのか?

「その昔、善人の魂を狩るときにはドラマがありました。これは寿命だと言い聞かせながら、私もよく涙を流したものです。それがどうです? 今では生きている頃と同じように、いやそれ以上に良質なネット活動が続くんですよ。AIによって」

「さすがに良質ってことはないだろ?」

「そんなことはありません。例えばですね、この間魂を狩ったネット小説家がいるのですが、その人はマルヨムという小説サイトの短編マラソンに参加していたんです。六日目のお題が『最後の三分間』でして、その作品を投稿した三分後に魂を頂いたのですが、その後もAIが作品を投稿しているんです。そして最新作では驚くことに、ちゃんと『おめハラ』について言及しているんですよ」

 まさかと思いながらタナトはマルヨムを覗く。そこに掲載されている作品には、サリエが言うように、おめハラについて書かれていた。

「すごいですよ、最近のAIは。この小説家はラストに変なオチを付ける癖があるのですが、AIが書いた作品でもその癖が継承されているんです。まるでその小説家が生きているかのように。ねえ、課長。私たちが狩っているものって、一体何なんでしょう?」

 確かに、その話が事実なら魂とは一体何だ? と疑問になる。

 魂を狩った後でも同じように活動が続くのであれば、魂をいただいた意味が半減するような気がする。タナトのような管理職は、回収した魂についても扱っているのでその実感は薄いが、もっぱら回収を行う現場の虚無感は無視できないだろう。

 仕方がないのでタナトは、サリエが言う小説家の作品を読んでみた。過去の作品から死後の作品まで。

 確かに、AIによって作風はちゃんと継承されており、今でも小説家が生きているとしか思えない。

 が、最後の作品をラストまで読み進めたタナトは、あることに気付く。

 部下たちを元気づけることができそうな重要な事実に。

「でも、よく読みたまえ主任。この作品にはオチが無い」

「えっ?」

 サリエは目を見開いた。

 そして彼女は、そのことを確認する。

「ホントだ。オチが無い」

「つまりだ、これが、主任がちゃんと魂を狩った証拠なんだ。我々の仕事には意味があったんだよ!」

「…………」

 にわかに信じられないという顔をするサリエ。

 よほど嫌な思いを続けてきたのだろう。「おめでとう」と言われるのが苦痛になるくらい。

「まあ、そうかもしれませんね……」

 ちょっとだけだが、ようやくサリエにも笑顔が戻った。

 嬉しくなったタナトは、思わず口にしてしまう。

「主任。ミッション達成、おめでとう!」

「課長、だからそれは……」

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