第73話 清瀬川3
しばらくそうして水の流れの場所で遊んでいると、長兄から「もう帰るぞ」と声がかかった。
正樹と志保は顔を見合わせ、「もう少し遊んでいく」と返事をし、「深いとこに行くなよ」との言葉に2人揃って頷いた。
正樹と志保は兄たちが帰っていく姿を何度も目で追い、その姿が堤防を越え姿が見えなくなってから数分、
「もう、いいな」
「ねえマー君、本当にやるの?おこられないかな?」
「おこられないよ、バレなきゃ大丈夫さ。2人でだまってればわかんないじゃん」
自分たちにだってできる。だって、もう泳げるんだし。
そんなことを話しながら、兄さんたちが帰ると言い出したら先に帰ってもらい、2人で飛び込んでみようという話になったのだった。
「しーちゃん、行こう」
正樹が志保の手を取り立ち上がらせると、「貸して」と、その身体に巻きついている浮き輪を外して自分の脇に抱えると、また志保の手を取り、2人で上流にある橋に向かった。
川面は相変わらず緩やかな流れで、太陽の光に反射してキラキラと光っていた。
そうだ、あの日はお兄ちゃんたちがすごく楽しそうに岩場から飛び込んでいて、それが面白そうで、自分たちだってもうできるのにと、マー君とそんなことを話していて、お兄ちゃんたちが帰ると言い出したら、自分たちはもう少し遊んでいくと言い、あれをやってみようよという話になったのだった。
志保は少しずつ記憶の靄が晴れていくのを感じ、記憶の中にいる正樹の顔を、そのホクロの位置まで思い出せるくらい、それは鮮明になりつつあった。
その場所に着くと、正樹は浮き輪を頭から志保の身体に通すと、揃って川に入り向こう岸を目指した。
水際は浅く、一歩進むにつれどんどん深くなっていき、正樹はへその上辺りの深さになると、平泳ぎで岸を目指し、志保も浮き輪に身体を預け、バタ足で正樹の後ろをついて行った。
橋の真下はコンクリートで舗装されており、斜めになったそこは子供の足でも上がれるようになっていて、そこを2人で上がると、その横の岩場に足をかけて上がっていった。
いつも兄たちがそうしているのを遠巻きに見ていたので、どこに足をかけたらいいのかまで、ちゃんとわかったのだった。
「わぁ、たか~い」
水面から2mほどのところに突き出た岩から見下ろすと、思ってた以上に高く感じ、志保は身体が浮き上がるような嫌な感覚に包まれた。
「そう?このくらい全然平気だよ。学校の飛び込み台よりちょっと高いだけじゃん」
2年生の志保は、まだその飛び込み台から飛び込んだことがなく、その高さは未知のものだった。
「じゃあ、僕から行くよ。下で待ってるから僕がいいよって言ったらその浮き輪を下に投げて。浮き輪があればしーちゃんも怖くないだろ?浮き輪の輪をめがけて飛べばいいから」
「できるかなぁ。なんかこわいよ」
「じゃあ、行くよ」
怖いという志保の言葉に正樹は返事をせず、岩場を少し下がると、いち、に、さんと、小走りに勢いをつけて、ジャンプして一瞬浮き上がって止まったように見えた正樹が、吸い込まれるように水の中に沈んだ。
その瞬間、足先から頭頂めがけて電気が走るように何かが抜けた志保は、すぐに四つん這いになり岩場から下を覗き、正樹の沈んだ水面を正樹の姿を探したが、正樹の姿がない。
「マー君、マー君」
「ぷはーーーっ」
「マー君」
飛び込んだところから少し川下に行ったところで、正樹が顔を出した。
「しーちゃーん、気持ちいいよ~おいでよ~」
満面の笑みを顔に浮かべ、正樹が志保に向かって手を振っていた。
それを見た志保はホッとしたと同時に、ずっと大きく鼓動していた胸の音が、より大きく激しくドキドキし始めたことを感じながら立ち上がると、正樹が飛び込んだ川面を見た。
しばらく川面を見ていると、その視線の中に正樹が入り込んできた。
「しーちゃん、浮き輪を投げて」
その言葉に頷き、正樹に向かって浮き輪を投げると、それを下で受け取った正樹が浮き輪を志保の真下に置き、端を持って、ここだよと合図するように志保の方へ顔を向けた。
「しーちゃん、きて」
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