第72話 清瀬川2
伯母が出してくれたお茶と、深型のお盆に入ったいろんな種類のお煎餅をつまみながら、伯母に聞かれた最近の自分のこと、仕事のことなどを話し、志保の方からも伯父の仕事の話や伯母が家の目の前にある畑で作る大きな茄子の話などを聞き、子どもの頃に食べた伯母の茄子の味噌田楽がものすごく美味しかったことなど、懐かしく話した。
「そういえば未来ちゃんは元気?」
「未来はいつも忙しそうにしてるよ。お盆も仕事で休みは盆中1日しか取れないって」
「そうなんだ。私の仕事より余程忙しそうだね」
未来はマー君が亡くなって1年半ほど経って生まれた女の子だ。子供の頃、マー君が生まれたあと、なかなか2人目ができないと言っていたのを覚えている。
伯母が40近くに生まれた女の子で、男の子のように野山を駆け回る元気な子で、今は市の総合病院で看護士をしている。
「未来の仕事が忙しいのは病人がいるってことだからいいことだとは思わないんだけど、でも、仕事があるのは有り難いことだからねぇ。だけど未来も男っ気が全くなくて、そろそろ誰か見つけて欲しいんだけどねぇ」
「こればっかりは仕方ないわよ。出会いって、タイミングもあるんじゃないかなって思うよ」
「志保ちゃんも、一人のままじゃ伯母さんも心配だよ。お祖母ちゃんだって、心配してるよきっと」
「うん、私だって結婚諦めたわけじゃないのよ。いい出会いがないのよ。いい男はみんな結婚しちゃってるんだもん」
やっぱりこういう話になっていくのかと、未来の話題を出したことを後悔しつつ、さっきからそこにいる祖母にも聞こえるように、笑い話のようにおちゃらけてみせた。
この話が続くと厄介だなと思い、ここにきた本当の目的を果たそうと、ここを切り上げることにした。
「伯母さん、私ちょっとこの辺を散歩してきていい?なんだか懐かしくって。車、置いといていい?鍵は車に入れておくから」
「ああ、いいよ。じゃあその間に畑でトウモロコシでも取ってこようかね。今年もたくさん採れるで持って帰るといいよ」
「うん、ありがとう。トウモロコシ大好きよ」
裏から魚籠を持って出てきた伯母と、家の前の畑で別れて、志保は車で来た道を広い通りまで戻ると、その広い通りを渡り、公民館横の細いあぜ道を通り、その先にある清瀬川へと向かった。
昔と変わらないその通り道を、今でもしっかりと覚えているものなんだなと、妙に感慨にふけり、先へ進むほどに、今の自分が子供だった頃の自分姿になっていくような、不思議な感覚に陥っていた。
清瀬川に行くのは、あの日以来のことだった。
あぜ道の前を行くのは、2人の兄と、近所の兄弟、そしてマー君が後ろから兄たちを追いかけ、そのすぐ後ろを浮き輪を抱えた志保が小走りでついて行った。
「おにーちゃーん、まってよ~~~」
大きな声で、どんどん間が離れて行く兄たちに声を掛けた。
あぜ道の突き当りに小さな幅の階段があり、堤防に上がると、すぐ下に兄たちの姿があった。待っていてくれたようだ。
「正樹、志保、お前らはいつもみたいにその浅いところにいろよな」
「うん、わかった」
マー君がそう答えると、志保も頷いた。
兄たちは、その返事を見届けると4人で川上の橋のある方角へと急ぎ歩を向けた。
正樹と志保は川の向こう岸の方向にある水の流れのあるところまで行くと、いつものように浮き輪を持ち、右左と足を輪の中に入れると、ゴム草履のまま水の中へと入って行った。
「つめたいっ、きもちいいね」
「うん。しーちゃん、あっちの流れているところに行こう。どこまで進めるか競争しよう」
それはいつもの、流れのあるところに立って、その流れに逆らって前に進み、一歩でも流れに乗って下がった方が負けという、他愛の無いゲームだった。
緩やかに見える流れでも、水の中ではしっかりと流れができていて、それが目に見えるのとは違って急な流れもあり、いつも志保はすぐに流れに乗るように、前に進めず下ることが多かった。
その日も、志保は流れに負け下がりそうになると、正樹は志保の前に立った。
「しーちゃん、僕の後ろからおいで。少しは流れがゆるくなるよ」
「ホントだ。足が楽になった。でもマー君がたいへんじゃない?」
「大丈夫さ、……あっ」
振り向いて返事をしていると、足元の注意が散漫になり、正樹は尻もちをついた。
「うわっ、つめて~」
お腹の辺りまで水に浸かった正樹が志保の手を取り軽く引くと、志保も体勢を崩して水に浸かった。
「つめた~い」
「あははははは」
「マー君ってば~もお~」
志保は川の水を小さな手ですくうと、正樹の顔めがけてかけた。と同時に、同じように手に水をすくっていた正樹の手から志保の顔に水がかかった。
2人でキャーキャー言いながら、水を掛け合ったり水の中で寝そべったりして遊んでいた。その最中も、時々聞こえてくる兄たちの楽し気な声に、正樹は何度も反応していた。
兄たちは、橋のすぐ横の川に向かって出っ張っている岩場の中ほどにいて、その先から水の中に飛び込んでいた。
そこは水の色がひと目で違っているのがわかるほど、深くなっているところだった。
兄たちはそこへ飛び込むと、しばらくして川下の少し浅めのところに浮き上がり、川の流れに沿って足がつくところで立ち上がると、岸に向かいまた元の岩場へ向かっていた。
時に、浮き輪を上流から流し、その輪の部分に向かって飛び込んだり、近所の兄弟が持ち込んだ平らな大きい浮き板に乗っかるように飛び込んだりして、とても楽しそうだった。
「面白そうだね。僕だって、もうできるのに」
「あたしだって、もう泳げるのに」
顔を見合わせながら、「ね~っ」と首を傾げ、その2人の合った目が意味ありげに「やっちゃう?」と言っているようだった。
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