第63話 守り人


『お前、もしかしたら俺と同じなんじゃないか?』


「同じ?同じって?」


 志保は、篤史が明らかにここにいる誰かに話しかけていることはわかっていて、篤史の言葉の意味を、そのやり取りを一つも取りこぼすことなく拾い上げ、見えない「あいつ」の姿を、その意志の形だけでも見ようとしていた。


『もしこいつがあんたをずっと護っていたとしたら、こいつはあんたを大事に想っていた人だということになる』


「えっ?私を?」


 健太が言っていた。


 あいつが志保を護っていたのに、自分が志保の傍にいたかったから、志保に自分が見えたから……自分が傍にいて、あいつは怒っていると。


「私、……私のせい?」


 そうか、私のせいなんだわ。私が健太を見ることができたから。私を護ってくれていた人のことは見えなかったから、私は私の傍にいた健太が彼の兄と辛い別れをした私を護ろうとして、ずっと傍にいてくれたんだと思っていた。


 そこには健太の想いが確かにあったことにも、私は気づいていたし、そして私の気持ちも、健太がいつもいることで、それが当たり前となり、一緒にいると穏やかささえ感じるようになっていた。


 そんな姿をずっと見ていた誰かがいるってことよね?


 そしてそれは、ずっと私を護っていてくれた人。


 志保は見えていない誰かの姿を思い浮かべ、自分と健太の姿も思い浮かべ、その状況で見えていない誰かがどんな思いでいたのかが容易に想像でき、過去の自分の姿と重ね合え、込み上げてくるものと目頭の熱さに、飲み込んでしまった大きな石が喉に詰まるような感覚に襲われ、大きく息を吸い込んで、それを吐き出そうと大きく息を吐いたけれど、飲み込んだ石はより胸の奥深くに落ち込み、その重さに息をすることさえ難しいほどだった。


 それにしても、あいつって?誰のことだろう。今までその存在すら知らなかった、私を護ってくれていた人?


「誰のことだろう?篤史君、私はさっき健太から知らされるまで、その人のことを知らなかったの。私には見えないから。篤史君には見えるんだよね?そこにいる人は、誰?どんな人?」


『「人」っていうか、今は子供だよ。僕より小さい。でもいつもは大きいんだ。こいつが子供の姿になったのを見たのは今がはじめてで、今までは大きかったのに……こんなの見たのはじめてだよ。こんなこともできるやつがいるんだな』


「大きかったのに子供になった?そうね、健太もそうよ。健太も亡くなったのは子供の頃だから」


『え?あいつも?そうか、僕は他の姿になるなんて考えたことなかった』


「篤史君、その人、その子はどんな子?教えて欲しいの」


『うんと、特徴?そうだな……あ、あんたと一緒だ。仏ぼくろがあるみたい。かなり薄くなってるけど』


「仏ぼくろ?仏ぼくろって、おでこの真ん中にある黒子の……」


 それを聞いた瞬間、志保の記憶は過去に飛んだ。



「おばあちゃん、見て見て、僕としーちゃんは同じところにホクロがあるよ」


「そうだねぇ、しーちゃんの仏ぼくろはハッキリ出てるねぇ。きっとしーちゃんのこと、ご先祖様が護ってくれるよ。きっとマー坊のことも、ちゃあんとご先祖様が護ってくれるさね。いとこ同士でおんなじところにホクロがあるって、面白いねぇ、血の繋がりってことなんだろうねぇ」


 夏の暑い夜、お風呂から上がって縁側のある祖母の部屋に行くと、既に蚊帳がかけられ布団が敷かれたその中は、外の世界と隔たれ、まるで宇宙空間にでも浮かんでいるような、特別な空間に思え、クラスの男子がよく言っていた、『秘密基地』みたいで、その3人だけの特別な空間は、他の誰にも入り込めない特別な夏の思い出だった。


 祖母の言葉に、私とマー君は顔を見合わせて、ニンマリして、「一緒だね」と、マー君は私のおでこに自分のおでこをくっつけて、「しーちゃん、僕がずっと、護ってあげるよ」と。


「ぼくが、護ってあげる」



「あ、あ、あぁぁ……マー君、マー君だ。なんで、なんで忘れてたんだろう。マー君だ」


『マー君?』


「まさき……正樹君」


 忘れていたことが信じられないとでもいうように、志保は頭を左右に振りながら、溢れてくる涙を止める術を持たずに、流れるままに任せていた。


『しーちゃん』


『しーちゃん?』


「そう、マー君は私のことをそう呼んでいた」


『しーちゃん、しーちゃん、しーちゃん……』


『泣くなよ。なんで泣くんだよ』


「泣く?篤史君、なに?」


『こいつ、泣いてる。子供みたいに、しーちゃんって呼びながら』


「マー君、どこ?マー君、マー君、どこ?どこ?見えないよ、見えない、マー君、マー君、マー君」


 志保は見えない正樹を探しながら、その視線を合わせるように膝立ちになり、そこが擦れるのも構わず、正樹の名を呼び続け、自分の身体をいろんな方向に向け、正樹を探した。


『しーちゃん』


 正樹は涙を流しながら、いつものように志保を呼び、その身体と同化するように、志保を包み込んで、消えた。

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