第57話 不穏の影
志保は健太の言った、「あいつが大也君に入ろうとしている、教室へ……」という言葉で、自分も沙絵と約束をしていたことを思い出し、消えた健太の存在に後ろ髪を引かれながらも沙絵の教室に向かい、廊下にいた沙絵に会い2人で校庭に向かったのだが、その時、沙絵の教室にもチラッと目をやったが、沙絵の他には誰もおらず、しんと静まり返っていた。。
健太は他にも、「私には見えていないもの」と言っていた。あれはなんのことだったのだろう。確かに、自分には見えていない人もいることは、大也の様子からも窺えた。
そのことを、そこまで深く考えたことなどなかった。けれど、健太がわざわざそう言うのだから、私が見えていない人の中に、いったい誰がいるというのだろうか。
沙絵についている、ずっと沙絵を護っている子がいることには志保はずっと以前から気づいていた。それを沙絵に認識させる?健太はそう言っていた。そんなこと、生きていない人が見えない沙絵にどうしろというんだろう?
沙絵と教室に向かいながら、どこまで沙絵に話したらいいのか頭を悩ませていた。消えるかもしれないと言いながら、自分に伝えた健太の想いをなんとかしなければ……
その思いだけで、やはり沙絵に全て打ち明け、沙絵と向き合うことが、今、ここで起きている全てのことを解決できる手立てのように思い、全て話そうと決めた。
教室に向かい昇降口に差し掛かると、何気なくそれに目をやった。
「壊れてる」
「えっ?」
志保は少しつま先立ちをして、下駄箱の上全体を見たが、その両方の端っこに作られた2つの盛り塩が2つとも壊れているのを確認した。 その志保の姿に目をやり、沙絵もその壊れた2つの盛り塩を目にし、
「またですね。まさかまた美咲ちゃんが……今日の帰り、なんだか様子が変でした」
「教室へ」
そう言うと、志保は小走りで1-3、沙絵のクラスに向かった。
「せんせ、ふわふわさんは?」
「えっ?ふわふわさん?」
「そう、せんせいのふわふわさん、いないじゃん」
教室に入ると、窓際の真ん中辺りに大也がいた。
驚いた表情を顔に張り付けた沙絵が何か声を掛けようとしたが、大也の方が先だった。大也は空を見上げると、そう言ったのだ。それは、沙絵に向けてではなく、あきらかに志保に向かっての言葉だった。空を指さしながら、大也の視線は志保の目をしっかりと見据えていたのだ。
「大也さん、どうしたの?何か忘れもの?」
沙絵の言葉に、大也がそちらを見ると、こくりと頷き、
「これ、忘れちゃったんだよ」
そう言って、窓際に置かれた教室を映し込んでいた手鏡を両手で外すと、沙絵を見た。
「あっ……」それを取られてしまうと、健太が戻ってこられない。
志保は大也が胸に抱いた鏡を見つめ、自分もその同じ場所に手を当てると、鏡、鏡、鏡、と、お経でも唱えるようにそれを探した。
「そう、それ大也さんのだったんだね。ほら、もう遅くなるから帰らないと。お家の人に学校に行くって言ってきた?」
沙絵の言葉に大也は横に首を振った。
「ダメじゃないの。お母さんが心配するでしょ。杉田先生、私、電話を入れてきます。ほら、大也さんもおいで。先生が電話したら一緒に帰ろう」
沙絵は、何かおかしいと感じながらも、もうすぐ5時になろうとしているこんな時間に大也が教室にいるということ、そして家の人がそれを知らないという、そのよくない状況のほうに気を取られ過ぎて、その対処のことでいっぱいになっていて、『おかしい』と感じることを意識的に意識しないようにしていた。
「ちょっと待って」
「えっ、でも、連絡入れておかないとお家のほうで探しているかもしれませんし」
「うん、友井先生、連絡してきて。私は大也さんとちょっと話したいから」
「あ、はい。じゃあ大也さんをお願いします」
そう言うと、沙絵は小走りで事務室に向かい、大也の家に電話をかけ、出た母親に大也が忘れ物を取りに来たこと。自分がすぐに送っていくことを伝えた。
大也の家では、母親が買い物に行ったあと、兄たちが帰ってきて、すぐにその友達が数人集まり、大也と優太が大也の部屋にあがったところまでは兄たちが目にしており、沙絵の電話で、帰宅していた母親の麻美は兄たちの話から2人が2階にいると思い込んでいたため、本当に家にいないのか大也の部屋へ確認に行くと、そこは大也どころか優太の姿もなかった。
「お兄ちゃん、優ちゃん知らない?」
「え~、大也と2階にいるでしょ」
「いないのよ。大也も優ちゃんも2階にいないの。2人が出て行ったの気付かなかった?」
「知らない。何も言わなかったし。2階にいると思ってたし」
「そう、おかしいわね」
自分がいないときも誰かに必ず行き先を言って出かけるのに、何も言わずに学校に行くなんてと、麻美は今までそんなことなかったのにと、おかしいなと首を傾げながらも、帰ったらきつく言わないとと思い、送ってきてくれる友井先生にと、明日用に残しておいた昼間焼いたマドレーヌを3つほどラッピングし、小さな赤い紙袋に入れた。
外では5時を知らせる音楽が鳴り始め、兄たちの友達たちがバタバタと「さようなら」と挨拶をして、続々と玄関から出て行った。
麻美は子供たちをを見送りながら、そういえば優太もいないな、これは2人一緒に学校に行ったんだろう、家に連絡がきたんだから優太の家にも連絡がいっているだろうと思い、夕食の準備に取り掛かった。
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