第53話 日常
ピンポーン
「だーいーやくーん」
午後2時過ぎ、優太はいつものように、チャイムを鳴らしながら大也の名を呼んだ。
午後3時半ごろ、大也の兄たちが帰ってきていると、その友達がよく遊びに来ていて、チャイムなど鳴らさなくても玄関が開いていて、その中の誰かが出入りしていることも多く、そういうときには「こんにちは」と言って、どんどん入って行くのだが、今日のようにまだ兄たちの授業が終わっていない日は、そうして自分でチャイムを鳴らさなければならない。
優太はそんな時、少しだけドキドキしてしまうので、兄たちがいてワイワイしているところに入って行く方が気後れせずいられ、楽だった。
「あ、ゆうちゃんだ」
チャイムと同時に優太の声が聞こえたとき、大也はちょうどリビングで遅い昼食を終えたところで、「今日は大人しくしていなさい」と母親に言われ、午後は兄たちが帰ってくるまで、ベットで横になっているようにと言われていたところだったので、一緒に昼食を終えたばかりの母親の顔を見上げ、
「出てもいい?」
「いいわよ。でも今日は家で大人しくしていること。外に行っちゃダメよ」
「うん」
大也は嬉しそうにそう返事をすると、玄関へ向かいドアを開けた。
「ゆうちゃん」
「大也、もういいの?」
「うん、家でおとなしくしてるならあそんでいいって」
「よかった。大也が学校へもどってこないから今日はあそべないとおもった。はい、これしゅくだい」
「ありがと」
大也は宿題を受け取ると、玄関脇の階段の3段目にそれを置いて、優太を連れてリビングに戻った。
「お母さん、ゲームしていい?」
「いいけど、わかってるわね?」
「うん、30分だけだよ。ゆうちゃん、やろ」
大也はリビングのテレビにゲームの準備をして優太とサッカーの対戦ゲームを始めた。
兄たちがいると、その友達たちもゲームをすることが多く、なかなか自分たちに順番が回ってこないので、兄がいない時間に優太がくると、ここぞとばかり大也はゲームをするのだった。
大也の母、麻美は台所で昼食で使った食器を水に浸けると、オーブンの予熱を始めた。朝、準備している最中に学校から連絡があり、そのまま家を出てしまった、その途中のマドレーヌ生地を型に流し込み、予熱を終えたオーブンに入れると、洗い物を始めた。
今日の通院では、脳波やCTの検査をしたが、特に問題はなく、なぜ意識を失うほどのことがあるのか原因がわからず、何か大きなストレスがかかった精神的なものではないかという話をされ、そんな大きなストレスになるようなことが大也にあるのかと、普段と変わらない様子の息子を眺め、何か学校で嫌なことでもあるのかと、担任の友井に聞いても、学校でもみんなと仲良く楽しそうにしているそうだし、でも、もしかしたら先生が見ていないところで何かがあるのかもしれない。
となると、いつも一緒にいる優太に話を聞くのが一番かもしれないと、仲良く遊んでいる2人を見て、1年生の優太にどう話を切り出したらいいか、詳しく話を聞くために、優太の母親の佐都子に協力を頼んだ方がいいかもしれないと、色々と思案を巡らせていた。
麻美はマドレーヌが焼き上がるのを待ち、それを大皿に積むように置くとレースの布巾をふんわりとかけた。そして既にゲームを終え、2階の自分の部屋にいる大也に階下から「だいちゃーん」と、声をかけた。
そこで顔を出した大也に、
「お母さん、ちょっと買い物に行ってくるから、ゆうちゃんとお留守番しててね。もうすぐお兄ちゃんたちも帰ってくるから、そうしたらみんなでマドレーヌ食べてね。お兄ちゃんの友達がきたら、たくさん作ってあるからあげてねってお兄ちゃんに言ってね」
「はーい」
返事をしたかと思ったら部屋に引っ込んでしまった大也。
いつもと変わりない大也の姿に、麻美は意識を失うほどのことがこの子に何故あるのか、何か嫌な病気でもなければいいけどと、早く佐都子に話をと、気が忙いでいた。
三男の大也は、上の2人を見て育ったためか、要領がいい。
これをやったら怒られるということが、意識せずとも自然と身について、上の2人はよくケンカもするけれど、そういうところも大也は要領がよく、どちらともケンカにまで発展するような行動がなく、近所に住む性質の優しい優太と小さい頃から仲が良く、その優太もよく家に出入りするようになり、優太の影響もあるのか、大也は優太といるととても落ち着いており、2人の兄たちも2人弟がいるような、優太に対しても弟のように扱い、そのおかげもあってか優太の母、佐都子ともいい関係が築けていた。
麻美は鍵だけ持つと、玄関に鍵をして佐都子にの家に向かった。
家の鍵は兄たちがいるときは閉めて出るようなことはまずしないが、大也が一人だけのときは、出かける用事があるときには鍵をかけて出掛けていた。
大也もその辺はわかっているので、3時を過ぎると、いつ兄たちが帰ってもいいようにリビングに降りてきて、玄関を開けることを忘れない。
いつもと変わりない、いや、変わらない午後の光景だった。
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