第47話 見つかった
おかしいな。今朝、ちゃんと確認したのに、また壊れている。
朝の登校で子供たちを迎えていた志保が、子供たちの姿が途切れてきたので下駄箱を去ろうとしたとき、ふと目をやった下駄箱の一番奥、一年生の靴箱の上の盛り塩が壊れていることに気付いた。
なんとなく美咲のことが気になり、
「友井先生いますかー?」
そう声をかけ、沙絵のクラスを前のドアから覗き沙絵を探す振りをして美咲の姿を探すと、美咲はすでに席について、後ろを向いている前の席の子と話をしながら、ノートに何やら書いていた。
すると、美咲がふと顔を上げると、その目が志保の目と合った。
「えっ?」
なんだろうこの感じ。
先程下駄箱で美咲を見たときに感じた、なんだか知っっている感覚がまた起きた。
「せーんせ」
急に後ろから声をかけられて肩がビクンとなるほど驚き振り返ると、そこに大也がいた。
「大也さん、なあに?」
「ぼく、今日おとうばんさんです。ごようはありますか?」
「えーっと、友井先生にご用があります」
「友井先生はしょくいんしつです」
「そうですか。ありがとう」
「先生のここ、へこむね。それ、なあに?」
大也は自分の口元に指を指すと、志保の笑窪を不思議そうに見た。
「これね、普通にしてるときはできないでしょ?ほら。」
「うん、できない。なんで?」
「これはね、ニッコリと笑うとできる人がいるの。できない人のほうが多いんだけど、先生は小さい頃から笑うとこれができてね、これは『えくぼ』っていうんだよ」
「えくぼっていうんだね。わらってるのがわかるからいいね」
そう答えると、大也はにっこりと笑顔を見せ教室に入っていった。笑ってるのがわかるという表現が1年生の口から出て、このくらいの年齢でも家から一歩外に出ると、他人の顔色が気になったりするんだろうと思うと、こうして小さな社会人は対人関係を学んでいくのだなと、志保の口元がほころんだ。
職員室に戻ろうと思い一歩踏み出して、ふと、同じ空間にいる大也と美咲が気になり、もう一度教室を覗いて見たが、2人は席が離れているようで、お互い特に意識している様子も見られなかったので、志保はその場を離れた。
職員室に戻ろうと廊下を進むと、校長室から沙絵が出てきた。
「友井先生。どうかしました?」
「あ、杉田先生、探してたんですよ。ああ、でももう時間がないわ」
沙絵が腕時計に目をやると、もう8時までそう時間がない。
沙絵は柱にかかる鏡の紐をフックから外すと、鏡を手に持ち、
「この鏡、校長先生から借りたんです。教室にかけようと思って。大也さんがそうしたほうがいいって言うんです。ふわふわさんが眩しいのが嫌いとかで」
「大也さん?またそう言ったの?でもなぜ教室なの?」
「そうなんです、あの、怖くないふわふわさんと怖いふわふわさんがいるみたいで」
キーンコーンカーンコーン
「話している暇ないわね。また後で話しましょう」
志保と沙絵は急いで職員室に戻ると、すでに起立している先生方の間をすり抜けるようにしてそれぞれ自分の席に着いた。
志保は職員の朝礼の間中、先程沙絵が言っていた「怖いふわふわさんと怖くないふわふわさん」というものについて考えていた。
怖くないふわふわさんとは、多分、自由人健太や沙絵についている子のことだろうと当たりはついていた。では、怖いふわふわさんとは、いったい誰のことだろう?
志保はこの学校で見かける自由人たちを何人か思い浮かべるも、特別「怖い」と思われる人はいないのだ。やはり、自分には見えていない者の中に、大也が言う「怖いふわふわさん」がいるのだろう。
そしてそれは、今朝も美咲の中にいた。そう考えるのが自然なような気がしてきた。
志保がぼんやりとそんなことを考えているうちに朝礼が終わり、先生方はそれぞれのクラスに向かうため席を立ち始めていた。
見渡すと、クラスを持たない職員室に残る先生方以外は、みな職員室を出はじめており、自分が最後になりそうで、志保は急いでカバンを膝の上に持ち上げると、朝、カバンの中に忍ばせた手鏡がそこに入っていることを確認すると、それを取り出し、教室に持っていく子供たちのプリントが入っているカゴに筆箱と共に入れると、それを持ち職員室を出た。
鏡を持つことで、大也の言う「怖いふわふわさん」が寄り付かなくなるのか、自分に見えないかもしれない、そのふわふわさんがどんな行動に出るのか、想像すると不安で、志保は胸に大きく鼓動を感じ、そこに手を当てると思わず自由人健太に視線を向けていた。
それは、今まで学校の中で誰かが周辺にいる時には決してしない動きだった。
自由人健太は、いつもと同じように、志保のすぐ右うしろにいて、「大丈夫だよ」そう言いたげに見え、志保は一つ頷くと大きく息を吐き、前を向いた。
すると、視線の先にこちらに視線を送る誰かを目にし、ハッと息を飲んだ。
「と、……友井先生」
沙絵はこちらをジッと見つめ、志保をしばらく見つめると、小さくお辞儀をして小走りで教室に向かって行った。
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