第40話 大也
志保が沙絵からその話を聞いてからは、美咲が盛り塩を壊すこともなくなるのだろうと思っていたが、相変わらず盛り塩は壊され、全くどうなってんの?と志保は思っていたが、沙絵はたまたま自分が盛り塩を目にしたとき、それは壊されていないのか、それとももうそこまで関心がなくなったのかわからないが、「あれから何も起きませんね」とにこやかに話され、「あなたのクラスの美咲さんに、まだ壊されているわよ」とは言い出せず、モヤモヤした気持ちでいた数日後、また沙絵のクラスの子が騒ぎを起こしたのだった。
「ダメーーーーー」
朝、志保は登校してくる子供たちを迎えるため昇降口にいると、大きな声が聞こえ、自分がいた昇降口の6年生の上り土から廊下へ戻ると、そこでは大也が耳を塞ぎしゃがみ込んでいた。
沙絵と目が合い「お願いします」と言われ、沙絵の抱えている結衣を受け取ると、志保はざっとその辺りを見渡すと、大也の向こうに美咲が見え、これはただ事ではないと、その場が気になりつつも、結衣を抱え保健室へ向かった。
保健室に着くと、結衣が小声で、
「せんせい、トイレ」と言った。
「トイレしたかったの?あらあら大変、急ぎましょうね」
志保はそのまま結衣と一緒に保健室のすぐ前にあるトイレに入ると、結衣は小走りで個室に入って行った。
2人の様子に気付いた養護の大野がすぐ後ろにきていたので、結衣に聞こえないよう指を刺し、入り口の外に出た。
「お腹が痛かったようなので連れてきましたけど、どうやらトイレ我慢していたようです。終わったら一応保健室に連れて行きます。友井先生がくると思うので。それと、もしかしたらもう一人か二人、友井先生が連れてくるかもしれません」
「あら、そうなの?朝から友井先生のクラスの子たち、どうかしたのかしら……」
「あの、……たぶん一人は大也君かと」
「えっ、またなんかあったの?」
「私もよくわからないんですけど……」
そこまで言うと、カチャリと鍵の開く音がして、結衣が個室から出てくるのが見えた。志保は大野に目配せして、この話は結衣の前では止めましょうという意図を汲み取ってもらった。
志保がトイレを済ませた結衣と保健室に戻ろうとしたとき、大也を連れた波多野が来るのが見えた。熱でもあるような赤らんだ顔の大也の額には、汗がにじみ、足取りは心ここにあらずという感じで、力なく見えた。
「大丈夫ですかね?」
志保が波多野にそう声をかけると、
「うーん、どうかな。なんか過呼吸みたいな状態だったのよね。……大野先生お願いします」
4人連れだって保健室に入ると、大野はすでにドアのところで待っていて、大也を受け取ると、その肩を抱いてベットへ連れて行き、そこに大也を寝かせた。
「じゃあ、大也君お願いします。私はクラスへ戻りますから」
波多野はそう言って保健室を出て行った。
1年主任の波多野は、この状況と自分のクラスの子たちが心配になったのだろうということは、志保にも容易に想像できた。志保は結衣を連れ、大也が入ったベットの向こう側、窓際のベット際に座らせると、
「ちょっとまってね」
そう言うと、結衣と大也のいるベットの間にあるカーテンから、向こう側を覗いた。そこでは、大野が大也の脇に体温計を入れるところだった。
「杉田先生、そこにもう一つ体温計があるので、結衣さんの脇に挟んでおいてもらえますか?」
大野が顎をしゃくるように机を指すと、2つの体温計が机の上に出ていた。
「はい」
そう答え、ケースから体温計を出すと、端にあるリセットボタンを親指で押しながら、
「結衣さん、ちょっとごめんね」
と、洋服の首のところから中に手を入れ、それを脇に挟んだ。
ほどなくして、隣のベットからピピピと、終了を知らせる音がし、「よし」という声も聞こえた頃、結衣の体温計もピピピと音がした。
「結衣さん、またちょっとごめんね」
そう言って体温計を取り出すと、『36.0』と表示されていた。
「結衣さん。お待たせ」
そう声をかけられて、カーテンが開いた。
「36.0℃でした。というか、結衣さん、大丈夫じゃないですかね」
「そうね、保健室に来たことだし、一応体調を見てと思って。杉田先生、ありがとうございました。友井先生も来るでしょうし、あとはこちらで引き受けますから」
「はい。じゃあ、お願いします」
志保がそう言って保健室を出ると、ちょうど沙絵が速足で歩いてくるところだった。
「あ、友井先生、2人とも大丈夫よ。そう心配はいらない。波多野先生も自分のクラスの子たちが心配で行ってるわ」
「すみません、お手数かけました。杉田先生も忙しいのにすみません。すみませんついでに、今日の帰りにでもまたお話いいですか?」
沙絵は今日の出来事をじっくり話せる相手は杉田しかいないという気持ちと、先日杉田と話したことで落ち着けたこともあり、話を聞いてもらおうと声をかけた。
「いいわよ。それより早く行動したほうがいいわ。もう時間が……」
沙絵は志保に向かい、一つ頭を下げると、保健室へと入っていった。中でのやり取りや、大也の様子が気にはなったが、あとで沙絵に聞けばいい。それより、美咲の様子が気になった。
先ほど、「ダメー」という声が聞こえ廊下に出ると、しゃがんだ大也の向こうには美咲がいた。大也が「ダメー」と言った相手は美咲ではなかったか。けれど沙絵が美咲を連れてこなかったところを見ると、美咲には変わったところがないということだろうか。
美咲が気にかかり、1年の教室へ向かおうと踏み出そうとする足を何とかそこに止め、「ふーーっ」と、長めの溜め息を一つして、志保はくるりと向きを変え、職員室へと向かった。担任でもない自分が再び沙絵のクラスに様子を見に行くというのもおかしな話だし、それよりも自分のクラスの朝の会に間に合わなくなってしまう。美咲のことも、あとで沙絵に聞くしかない。
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