第38話 通り抜ける
それにしても、身体を通り抜けたというのは気になる話だ。
志保は自由人健太が桑田の身体を通り抜けたときのことを思い出していた。
あの時は、桑田が志保を追いかけてきて、それを止めるような形で通り抜けたので、同じことが起こったことには特に驚きはないのだが、なぜ大也を通り抜けたのか、それ以前に、美咲の身体から出てきたということも気になる。
美咲の身体から出てきたというのは、大也と同じく、美咲の身体を通り抜けたところを大也がたまたま目にしたということだろうが、なぜ美咲の身体を通り抜けたのか、そのことがとても気になる。
美咲のような小さい子供になにか憑いているとは思えないし、志保自身、美咲に対して護っている者を含め、そういったものを目にした覚えはなかったのだ。
「しばらく美咲の様子を気にかけたほうがいいかな」
志保はグーにした手を口元に当て、まだぼんやりとしか思い出せない美咲の顔を思い浮かべた。
翌朝、昇降口で登校してくる子供たちを迎えながら、1年生女子を特に注意深く名札に目をやるようにしていた。
すると、一人で俯きながら昇降口から入ってきた女の子を見て、『あ、そうだ、たぶんこの子だ』と、その顔に思い当たり名札を見ると、そこには『1-3 なかむらみさき』と書いてあり、ぼんやりとしていた美咲の顔を名札と共にきちんと確認し、様子を見ていると、靴箱から靴を取り出して履き替え、一つの段を廊下へ上がると振り返り、つま先立ちをしたかと思うと、その視線は靴箱の上に向いていた。
あ、この子、盛り塩のこと知ってる。
志保は直感的にそう思った。
1年生ではつま先立ちしたところでそれは見えないことはわかっていたが、その仕草で美咲が盛り塩の存在を知っているとわかった。そして、しょっちゅう壊されていたのは、この子の仕業かもしれないなと思った。
それにしても、なぜ盛り塩を壊しているのだろう。遊びのつもりにしては、壊れているのはしっちゅうだし、壊されたであろう時間を考えるに、遊びで済ますようなことではない。やはりしばらく美咲を注視する必要がある。
志保は一人で教室に入って行く美咲を見送りながら、「おはようございます」と、次から次へと来る子供たちに挨拶を返していた。
「杉田先生、ちょっと2人で話したいんですが」
様子がおかしい沙絵に「どうしたの」と声をかけると、そう返事が返ってきた。人に聞かれたくない話のようで、図書室でと言われ、その時点で話の内容は大体の察しはついていた。大也も美咲も沙絵のクラスなので、話は例の『ふわふわさん』なんだろう。
図書室で沙絵の話をすべて聞いた志保は、やっぱりそうだったかと思うことと、思いのほか沙絵がいろんなことを知っていたことに驚いた。
自分が盛り塩を作っていたことも沙絵が知っていたと聞き、いったいどこで見ていたんだろうと、あれほど気をつけていたにも関わらず見られていたとは、自分の脇の甘さを感じていた。
それにしても、美咲があれを壊していたことは予想通りだったが、それを壊しながら何かを祈るとか、先生の誰かがそれをしていたと聞き、子供にそんなところを見られるとは、自分以上に脇の甘い教員がいること、そんなことを実際していた教員がいたことに、怒りがこみあげてきたのだった。
しかも、「桑田いなくなれ」だなんて、桑田先生が休まれているのは怪我のせいなのに、その願いが通じた呪いだなんて、そんなことあるはず……ないじゃない。
どういうわけか、身体中が沸騰したように、熱い何かが志保の頭に溜まり、熱いのに冷たいものを浴びせかけられたように、身体中に浮き立つ鳥肌に、ぞわりと何かが抜けて行く感触を味わっていた。
その時、沙絵に問いかけられたことになんて答えていたのか、上手く答えられたのか、その記憶の欠片も自分の中に残っていないことに気付いたのは、もう誰も残っていない職員室の自分の机で、誰かが目の前に現れ驚いて顔をあげたときだった。
「ビックリした。ねえ、ふわふわさんって、あんたのこと?」
その自由人健太に問いかけてみたが、返事はない。
「ふわふわさんって、あんた一人のことじゃないよね。沙絵さんにくっついてる子も、大也にとってはふわふわさんなんだろうし、それ以外にも、時々現れる自由人たちの全部が、大也のふわふわさんなんだろうね」
そういえば、もうひとりのふわふわさんって、あの子、言ってたっけ。志穂には見えないもうひとりのふわふわさんって、いったい誰なんだろう。なんだかドッと疲れしまった。
志保は大きな溜め息を一つし、自分の顔を両方の手のひらで擦ると、残っていたノートの〇付けを集中して済ませ、荷物を持ち更衣室へ向かい、着替えををしてからトイレに向かった。
「また壊れてる」
盛り塩はまた壊されていた。
これも美咲がやったんだろうか。沙絵の話だと、もうやらないと言っていたようなのに、どういうことなんだろう。
志保はまた一つ溜め息を漏らし、明日の朝はまた壊されるかもしれないと思いつつ、盛り塩をまた作り直して手を合わせた。
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