第25話 写真の中
裸足のまま階段の上り土に行くと、そこに上がり両足の裏をそ~っと手のひらで2度ほど擦ると、音を立てないように静かに階段を上がって行った。
2階の一番手前がマー君の部屋だ。
志保はその部屋の前に立つと、爪の先で「コツコツ」と突つくようにして、声にならないほどの囁きで、「マー君、マー君」と2度ほど声をかけてみたが、人が誰もいない場所で感じる静寂という音だけが聴こえた。
「あれ?おかしいなぁ」
口の中でそう呟くと、引き戸をそっと、覗けるくらいの幅を開けてみた。
頭を横にして、そこからそっと両目で覗いてみたが、そこには何の音もなく、マー君の机がいつも通り無機質に鎮座しているだけだった。
「マー君、どこにいるんだろう?」
廊下の奥、伯母と伯父の部屋に向かおうとしたとき、お坊さんのお経の声がしなくなったことに気付いた。
どうしよう。誰か上がってきちゃうかな……
そう思いはしたものの、ここまできたら奥の部屋を覗かないなんて、志保の選択肢にはなかったので、足を滑らすようにして、そっと急いで奥の部屋の前まで進んだ。
そこもすりガラスが真ん中にハマった障子の引き戸になっていて、すりガラスの向こうには人の気配はない。
そんな気はしていたが、前と同じようにしてそっとその引き戸を開けてみたけれど、やはりそこにはシーンとした静寂という音しか聴こえなかった。
「マー君、どこ行ったのかな」
廊下を戻ろうと振り返ると、目の前には先程まで見ていた大きくなったお腹にかかるエプロンが目に入った。
「何してるの?」
「マー君がいなくて探しにきたの」
「正樹?下にいるんでしょ。今日は大勢きてくれたから、みんなに会っているんでしょ」
顔をしかめて首を傾げる志保に、伯母はそう言った。
「さあ、お坊さんも次の家に向かったし、お昼ご飯にしましょう」
そう言うと、伯母は何か用事があるのか、自分たちの部屋に入って行った。その時、「入っちゃダメよ」とでも言うように、ピシッと音をさせて目の前で引き戸がぴったりと閉められた。
志保は途端に寂しさがこみあげてきて、伯母に似た母の顔を思い浮かべ、夏にここに来るようになって、初めて「家に早く帰りたい」と思った。
伯母の言っていたように、マー君はみんなと一緒にいるのかな?と、階段を下りると、階段下の土間には伯母の履いていたサンダルが一つ置かれていた。それを見て、志保は自分が裸足で来たことを思い出し、そこに靴がなく誰もいるはずがないと思った2階に志保がいたことで、伯母は志保が隠れて何か悪いことをしていると思ったのだろうか?そういえば伯母は「何してるの?」と言った。
何か悪さをしていたと思われたかもしれない。そう思うと、なんだかいたたまれなくなった。
マー君、どこにいるの?
何故か姿が見えないマー君に無性に会いたくなった。
階段の下で俯きながら、自分の靴のない土間に足を下ろした時、ポタっと涙が一つそこに落ちた。
「コラッ、なんだね裸足で!」
後ろから声をかけられ、ビクンとなった。
振り返ると、そこは鬼がいた。志穂を見下ろした伯母の顔は、今まで見たこともないような怖い顔で睨みつけていた。
「ごめんなさいっ」
そう言う志保の横を伯母は通り抜け、台所の上り土にある志保の靴を持ってきて土間に下ろした足の前にそれを置いた。
「汚い足のままで上に上がらないでよ」
そう言う伯母にまた「ごめんなさい」と呟き、志保は靴を履いて玄関から外に出た。この家のどこにも自分の居場所がないような気がしたからだ。
玄関を出ると、そのまま右手にある庭に行き縁側のある仏間の部屋の前まで行った。
伯母が「みんなに会っているんでしょ」と言ったマー君を探すためだった。
縁側の向こうの開け放たれた障子戸の奥には、盛大な盆飾りがされていて、そこにマー君がいた。
「マー君」
志保の中で何かが弾け、涙が溢れ出てきた。
けれど、黒い枠の中の写真のマー君は、いつもとおんなじ笑顔で志保を見つめていた。
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