第二章

第24話 ここにいる

 そういう類のものがしっかりと見えるようになったのは中学生の頃だった。


 もともと、ざわざわとゆらゆらとした感じを受けること、受ける場所、そんなことは物心つく前からあったのだろうと思う。そしてそれが自分だけに感じられていたことも、なんとなく気づいていた。


 そのことで思い出すのは、祖母の家での出来事だ。


 子供の頃、杉田志保は夏休みになると、毎年のように兄たちと一週間ほど田舎の祖母の家に遊びに行っていた。


 そこでは、兄たちはそれぞれ同い年がいる2軒向こうの兄弟と遊んでばかりいたが、志保は祖母の家の同い年のマー君と遊ぶことが多かった。


 あれはいつの夏休みだったか、いつも一緒の兄たちがそれぞれ学校や習い事のの行事で行けず、志保が一人で祖母の家に行ったときのことだ。


 その年も、いつもと同じように、マー君と一緒に山遊びや川遊びに興じたり、お祖母ちゃんが用意してくれたおやつを一緒に食べていた。


 その日は暑い1日で、庭にある蛇口にホースをつなぎ、その口を摘まんでシャワーのようにして太陽に向け揺らしながら出る虹をマー君に見せながら、ふざけてシャワーの水をマー君にかけたところ、マー君に水がかかった瞬間、何故かマー君が一瞬透けて見えたのだ。


「あれ?」


 そう言った志保の顔を見ながら、マー君は「なに?」というように首を傾げた。きっと何かの見間違いだと思った志保は、「ううん」と、ただ首を横に振るだけだった。


 8月14日。


 お盆に入っていたその日は、菩提寺のお坊さんがお経をあげに来てくれることになっており、親戚も大勢お線香を上げにくるからと、祖母も伯母も朝から掃除に料理にと忙しく働いており、志保も部屋の片づけや玄関の掃き掃除などを買って出て、昼前まで忙しく働いていたので、姿が見えないマー君は手伝いが嫌で、宿題を口実に2階の自分の部屋にでもいるのだとばかり思っていた。


 そうこうしているうちに、祖母の家には次々親戚の人たちがやってきて、手伝いをしている志保の頭を、「エライね~」と言いながら撫でてくれたりして、仏壇に手を合わせると、みなでお坊さんがやってくるのを待っていた。


 その時のことだ。


「あの子も正樹のいい遊び相手だっただろうにな」


「やっとできた男の子だったのにね。この家はやっぱり女腹だってことかな。代々女ばっかりだ」


「男の子が欲しければ、この家から離れたほうがいいのかもな。明子さんのとこも文子さんのとこも男の子がいるもんな」


「そう言う人もまだいるけど、たまたま女の子ばかり産まれるってだけよ。あまりそういうこと気にしたり言ったりしないほうがいいわ。フミさんが聞いたらいい気がしないだろうし」


 フミというのは祖母のことだ。


 そんな話をしていたのは、あの人たちは確か本家の人たちだ。


 毎年のように数日間泊まるだけでも、お盆を挟んでいることもあり、親戚を目にすることが度々ある祖母の家にいると、どの人が本家で、どの人が分家の人なのか、なんとなくわかってくるのだった。


 そんなことより、「正樹のいい遊び相手だった。やっとできた男の子だったのに」という言葉が気になっていた。


 正樹……マー君は2階にいるのに、なんでそんなこと言うんだろう?


 志保はぞわぞわしてくる不安を解消するために、まだ2階から降りてこないマー君を迎えに行こうと、土間の向こう側、玄関の脇の階段に上がろうとサンダルを脱いでそこを一段上がったとき、お坊さんがやってきた。


 すぐにサンダルを履き直し、「こんにちは」と挨拶をし、その姿に気づいた祖母と伯母も土間続きの台所から出てきて、お坊さんに挨拶をして何か話しながら、お坊さんと祖母が上がり框へ上がり、その履物をお腹の大きくなった伯母が、「よっこらしょ」と言いながらしゃがもうとしたので、「私がやる」と言って、履物を揃えると、


「ありがとね。じゃあ私らは台床だいどこのほうから上がろうね」


そう言われ頷くと、


「伯母ちゃん、マー君がまだ来ないよ。はやく来ないとはじまっちゃうよ」


と、伯母に問いかけると、


「そうかい?もう来てると思うけどねぇ。正樹の好きなもん、いっぱい並べてるでね」


 その言葉に、えっ?と思った。


 志保たちがここにいる間、誰も2階から降りてきていないのに、伯母は変なことを言うなと、台所に姿を消した伯母の背中を探すように、志保も向かった。


 お坊さんがお経をあげている間、みんなで後ろや周辺に座り手を合わせていたが、マー君はとうとう現れなかった。


 そのことに怒っているかも?と思い、すぐ横に座った伯母の様子を窺ってみたけれど、マー君がいないことなど全く気が付かないようで、キョロキョロするでもなく、目を瞑りブツブツとお坊さんに合わせてお経を唱えているようだった。


 志保がもう一度、辺りを見渡してマー君の姿がないか見ていると、伯母がお経の終盤だと思われる頃に席を立った。


 きっとお坊さんに出すお茶を入れるためだ。


 その背を見送りながら、志保もそっと席を立ち、伯母の手伝いをする風を装って台所に向かい引き戸の陰に入ると、伯母の様子を窺い、伯母が裏窓に面したところにある蛇口に顔を向けた瞬間に、そっと土間に下りて、音を出さないために裸足のまま階段に向かった。

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