第23話 上にいる

 保健室から結衣を連れて教室に向かうと、廊下に不安そうな顔をして優太が待っていた。


「結衣ちゃんだいじょうぶ?」と結衣に声をかけてくれ、それに結衣が頷き、


「大也さんは1時間保健室でお休みするけど、2時間目から出てくるよ」


 という沙絵の言葉にホッとしたように頷くと、優太と結衣が一緒に何事もなかったように教室に入って行った。


 それがとても自然で、誰も結衣に特別視線を向けることもなかった。


 ただ、美咲だけは「チッ」と舌打ちするような、片鼻を斜めに上げるような仕草を一瞬だけれど、そうしたのが見えた。


 先程の、ボーっとした焦点の合わない顔した美咲とは、まるで別人のように見え、少し前から感じていた美咲の真逆ともいえる二面性を、やはり自分の勘違いではないと強く感じていた。


 そして、大也が言っていた「美咲ちゃんから出てきた」というものが、まさかと思いながらも、本当に大也には見えるのではないかと思い始めていた。


 沙絵が1時間目が終わり保健室に向かおうと教室を出ると、優太が追いかけるように出てきた。


「せんせい、ぼくもいく」


「優太さん、保健室には大也さんだけじゃなく、他にも具合が悪い子がいるかもしれないよ。そうしたら大勢で行くと迷惑になるからね、教室で待っててね」


 その言葉に勢い立ってきた優太の肩が下がり、明らかに落ち込んだ優太に、


「優太さんは名前の通り、優しいね。そうしてみんなといつも仲良くしてあげてね」


「お父さんもいつもそういうよ。お父さんがつけてくれたなまえだよ」


「そう、優太さんはお父さんが大好きなんだね」


 その言葉にはにかんで、優太は教室に戻って行った。


 沙絵は急いで保健室に向かうと、ドアは開いていて既にカーテンも開け放たれており、大也は椅子に座って養護の大野と何やらお喋りに興じていた。


「すみませーん。お世話かけました」


 他に誰もいないことを目視しそう声をかけると、先に言った大也と話したいといったことを覚えていたのか、大野は立ち上がると、自分が座っていた椅子をどうぞというように手で仕草をすると、


「お母さんには連絡入れといたわ。大丈夫だから」


そう言い残し、保健室を出た。


 沙絵は椅子に座り足をブラブラさせている大也の前に座ると、大也の視線を捉えた。


「大也さん、ちょっとお話するよ。朝、『ダメー』って言ったの覚えてる?」


 沙絵はズバリそう聞いた。あまり余計なことを言い混乱させたくなかったからだ。


「うん」


「それで、先生になにか言いたいことがあったんだよね?」


「あのね、あのね、」


「大也さん、慌てなくていいからゆっくりお話ね、ゆっくりゆっくり」


「美咲ちゃんにまたはいろうとした」


「それは、この前言っていた、ふわふわさん?」


 その言葉に大也は首を傾げ、


「わかんない。だって、ふわふわさんはこわくないもん」


「美咲さんに入ろうとしたのは怖いの?」


「美咲ちゃんに入ったり出たりしてる。せんせにも入ろうとしてる。かがみがいいんだよ、まぶしいのきらいだから」


「先生にも入ろうとしてるの?」


「うん。せんせの上にいたりするもん」


「他の人には入らないの?」


「う~ん、わかんない」


「そっか。また怖いことがあったらいつでも先生に言ってね」


 そう声をかけ、大也と一緒に教室に向かった。


 そう声をかけるしかなかった。大也が見えているものが沙絵には見えない。けれど、それが怖いとは思わなかった。あの肝試しの経験から、目に見えないものよりも、生きている人間の方がよほど怖いと沙絵は思っていたからだ。


 大也が見えているものが自分にも見えるといいのに。


 そうすれば、もっと大也を理解してあげられるのに。


 ニッコニコしながら横を歩く大也を見ながらそんなことを考えていると、


「あのねせんせ、ぼく、きのう優ちゃんとカードゲームしたんだよ。優ちゃんのカードがつよくて、ぼくもあのカードほしいけど、でないんだよー」


「そっか、優ちゃんの強いカードで負けちゃったかな?」


「うん」


「持ってるカードでなんとかして勝てる方法はないの?」


「お兄ちゃんがデウスのカードとスカイのカードをあわせるとこうげきりょくがあがるっていってた」


「じゃあそれを使えば今度は勝てそうだね」


「きょうもあそぶよ」


「そう。楽しみだね。優ちゃんも大也さんが保健室にいって心配してたから、ちゃんと元気だよって言ってあげなきゃね」


「うん」


 そんな話をしながら教室の前に来ると、大也は立ち止まり空を見た。


「せんせ、やっぱりふわふわさんはこわくないよ」


「えっ?、いるの?」


「ずっとぼくとせんせの上にいるよ」


 その言葉に沙絵も思わず空に目をやったが、やはりそこに何も見ることができなかった。

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