第19話 作る人2

 麻衣が帰ってしばらくすると、ノートのチェックを終えた杉田の、「よし」と言う小声が聞こえ視線を向けると、私にだけわかるように自分の視線を上にあげた。


 沙絵は軽く頷き、作業を止めた。


 杉田が帰り支度を始めたので、沙絵は先に席を立ち、図書室に向かった。図書室の電気をつけ、杉田が来てしまう前にと思い、机の上に立ち盛り塩があるか確認した。


 それは昨日と同じ場所に、ちゃんとした形を残していた。


「おまたせ」


 ちょうど机を下りたとき、杉田が現れた。


「すみません、こんな時間に。あまりお時間取らせないようにしますので」


「ううん、大丈夫よ。うちの旦那さん、今夜遅いから」


 杉田は、子供がもう社会人と大学生で2人とも家を出ていて、今は旦那さんとの2人暮らしで、だいぶ自由が利くようになって仕事もしやすいといつも言っていた。


「あの、いきなり本題に入りますけど」


そう言って、盛り塩のしてある書棚の上を指さし、


「あの盛り塩って、今、杉田先生が見回っているんですよね?壊れてたら作り直したり……」


「知ってたんだ」


「いえ、今朝、下駄箱で……」


「ああ、あれ見られてたんだ」


「壊れてた盛り塩を直してたんですよね?」


「そうなのよ。どういうわけかいろんなところの盛り塩がよく壊れてるのよ。なんか怖くなっちゃうわよ。前に話したけど、私はこの学校は2度目で、あの存在を知ってたからさ、桑田先生の代わりにって頼まれて、まあいいかと思って見回りをしていたけど、ここまでいつも壊れてると、なんか本当によくないものでもいるんじゃないかと思って、ちょっと怖いなって思ってるんだけど。って、えっ?今、壊れた盛り塩をって言った?」


「すみません」


「えっ?なんで友井先生が謝るのよ」


「実はそれ、うちのクラスの子が壊してたんです」


「えぇっ?そうだったの?誰よもう。でも子供の悪戯だったら、考えようによってはよかったかもね。だってさ、『よくないもの』ではなかったわけだし」


 そう言って、ホッとした顔で微笑んだ杉田を見て、沙絵も少しだけ肩の力が落ちたのを感じた。


「そう言っていただけると私も気が楽です」


「それにしても、なんでそんな悪戯するかなぁ。まあ、山があったら壊したくなるって、あれかな?」


 そう言って顔をしかめながらも笑う杉田の顔を凍らせるようなことを今から言おうとしていることに、ちょっとだけ後ろ髪をひかれる思いだったが、これは杉田にしか話せないと、意を決して、杉田の目をしっかと見て口を開いた。


「実は本題はここからなんです」


「えっ?何よそんな怖い顔して」


「その子、美咲っていう子なんですけど、美咲は友達がなかなかできなくて、結衣という仲良くなった子がいたんですけど、その結衣と仲の良かった結美と美咲が仲良くなったことが結衣には面白くなかったようで、結衣が自分を仲間外れにしてると思い込んで、盛り塩を壊しながら、『結衣ちゃんが学校にきませんように』ってお願いしてたんです」


「えっ?何それ。あれを壊しながらだと願いが通じるの?そういう願掛けの方法があるのかしら?」


「そのことなんですけど、美咲の話だと、『先生』が桑田先生いなくなれと言いながら盛り塩を壊してたとかで、ちょうどそのタイミングで桑田先生が休まれてしまったので、その真似をしたようなんです。それでその『先生』が誰なのか聞いたのですが、美咲はわからないと。まだ1年生ですし、名前のわからない先生もいるでしょうから」


「そうだったんだ。子供が壊してたことを喜んでる場合じゃなかったね。美咲以外にも誰か大人が壊してたってことだもんね。しかも桑田先生を呪うような願掛けをしながらね。全くもう、子供がまだ学校にいる時間にそんなことするなんて、許せないわ」


「美咲はもうそんなことしないと思うのですが、そして桑田先生が休んでしまった以上、先に盛り塩を壊してた人も、もう壊すことはないでしょうから、これからは盛り塩が壊れることもそうはないと思います」


「そうね、その点ではよかったけど、桑田先生が呪われたことに関しては、どうしたもんかってことだわね」


「これは盛り塩の存在を知ってる人にしか話せないことだと思って、杉田先生にこんなことがあったんだということを知っていて欲しかったので、話させてもらいました」


「あの、ふわふわさんだっけ?そういうのが見える子がいたり、今までこの学校に言われている、『よくないことが起こりやすい』ってことも、世間でよく言われている学校の七不思議みたいなもので、なんでもこじつけることができちゃうものなんだと私は思っている。よくないことが毎年起きるっていうのも、考えてもみてよ、病気や事故なんて、どこにでも誰にでも起こりうることばかりでしょ。まあ、それなのに頼まれたとはいえ盛り塩をちゃんと毎日チェックしてる私もどうかと思うけど、まあ、これは教頭から頼まれたから仕事だと思ってやってるんだけどね」


「そうですよね。私も大也のことや盛り塩のことを知ったり、桑田先生が休んだり美咲のことだったりがいっぺんに起こって、ちょっと動揺してしまったようです」


「そうね、そんなことに囚われて過ぎてしまうのもいいことではないでしょうね。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』って言葉があるくらいで、そんなものかと私も思うよ。ただ、一つだけ、美咲の話から出た『せんせい』の正体は気になるけど、あまりその辺、わからないって言ってる美咲に面通しのようなことして思い出させるのは止めた方がいいと思う。1年生だもん、そのうち忘れてくれるならその方がその子のためにもいいと思うし」


「忘れてくれるでしょうか? 私、自分がその年の頃に経験した強烈な記憶って、やっぱ残っているんですよね」


「そうね、記憶に強く残らないような環境づくりが大事かもしれないよ。友井先生の腕の見せどころじゃない?美咲の不安の元である友達作りが上手く行って、楽しく過ごせるようになれれば、嫌な記憶は薄れていくかもしれない」


「そうですね、ありがとうございます。やっぱり杉田先生にご相談して正解でした」


「この話はここだけにしましょうね。先生間でも、これだけ年代も違う人が集まってれば、多少苦手な人だって、いて当たり前だと思うし、人を呪うようなことする人を見つけたところで、下手に問い詰めてわざわいが降りかかってきたら……あ、この場合のわざわいは人の手に寄るものよ」


 そういって大きな笑窪を右頬に出し笑う杉田に、同じくらいの笑みを返して、出ましょうという身振りの杉田と一緒に、図書室を出た。


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