第17話 壊す人4

 沙絵は美咲が女子トイレを出て、上の階へ向かうのを待った。偶然美咲を見つけたといった風を装って声をかけ、話を聞こうと思ったのだ。


 女子トイレに入ってほどなくして出てきた美咲は、予想通り上の階へと向かった。昇降口側にある階段を使ったのは、職員室に近い階段で誰か先生に遭うことを避けたかったのだろう。


 美咲は2階でもまず男子トイレに入り、女子トイレに向かった。美咲が女子トイレに入ったことを確認すると、私は小走りに女子トイレ前に向かった。


「あっ、美咲さん?」


 沙絵がちょうどトイレに着いたと同時に美咲がトイレから出てきた。タイミングとしてはちょうどいい。


 沙絵の呼びかけに美咲は身体をビクッとさせ、怯えたようにいきなり首を横に振り始めた。その顔は引きつり、おかしな具合に顔のいろいろな部分がヒクヒクと動き始め、これはマズイと思い、


「美咲さん、どうした? 美咲さん、大丈夫だよ、大丈夫だからね」と声をかけ、美咲の前に両膝を廊下につけ目線を合わせ、両手でそれぞれの肩に触れさすりながら、「大丈夫だよ、大丈夫だよ、美咲さん、美咲さん……」と、しばらくそうしていると、焦点の合わなかった美咲の視線がが沙絵の目に合ってきた。


「美咲さん」


 そう声をかけると、一瞬で引きつった顔が穏やかになり、そしてその顔はすぐに崩れ泣き出した。


「どうした?美咲さん」


 美咲は沙絵の身体に抱き着くようにして手を首に回し、声を上げて泣き続けた。その声は切なげで、沙絵はずっとそうしていたように、優しい声で「大丈夫だよ」と、そう声をかけながら美咲の背をさすり続けた。


「ごめん…なさい。ごめんなさ…い」


「どうしたの?謝らなきゃいけないことがあるのかな?あっ、靴のまま上がってきちゃったかな?」


 靴のままなことを謝っているわけではないことぐらいわかっていたけれど、美咲の気持ちを解すために、冗談めかして言ってみた。


 美咲はただ首を振っただけで、しゃくりあげるように泣いていた。


「おともだちが…ほしかったの……」


しばらく泣いていた美咲の胸の動きが緩やかになったころ、ようやく口を開き始めた。


「お友達、欲しいよね」


「ゆいちゃん、なかよしとおもったけどゆみちゃんといて、なかまにいれてくれないの。みさきは結の字がないからダメって。3人はダメだよって」


「そっか、そんなこと言われたんだ」


「ゆみちゃんが、でもゆみとみさきちゃんは美がおなじだねって。そしたらゆいちゃんがすっごくみさきをにらんで……」


「そっか。それで結衣ちゃんが学校にこないといいって思ったんだ」


「うん」


 1年生の美咲には、沙絵がなぜそのことを知っているのかも疑問に思えないほど、ただ、自分が『悪いこと』をしてたという認識だけで、それが見つかったという、ただそれだけでこれほども罪悪感を抱え吐き出してしまうほど幼いのだ。


「悲しいことがあって、可哀想だったね。でもね、もし、他のお友達が『美咲ちゃんが学校に来ませんように』ってお祈りしてたら、美咲ちゃんはどう思うかな?」


「いやなきもちになる」


「そうだね、嫌な気持ちになって、やっぱり悲しくなるでしょ?学校行きたくなくなっちゃうかもしれないね」


「うん」


「自分がされて嫌なことは、友達にもしちゃダメだね」


「うん」


「もうしないかな?」


「もうしない」


「どうしてお塩の山を壊してたの?」


落ち着きはじめた美咲は少し首を右に曲げ、考えるような仕草をしたあと、


「せんせいが、おしおの山をこわしながら、くわたいなくなれとかいってて、そしたらくわたせんせいがこなくなって……」


えっ?


「せんせいって、どのせんせい?」


美咲はしばらくくうを見上げてから、首を傾げて「わかんない」と言った。


「そっか、それでお塩壊せば本当になるって思ったんだね」


 美咲は一つ、こくりと頷いた。


 最悪のタイミングで桑田先生がお休みしてしまったようだ。そして盛り塩を壊していたのは美咲だけではなかった。


「美咲さん、帰ろうか。先生が送っていくね」


 身体の震えも治まってきた美咲にそう言うと、「おかあさんにいう?」と返ってきた。


 まだたったの1年生でも、ちゃんと悪いことをした認識があると、親に知られたくないと思うのだ。


「ううん、言わないよ。だからもう二度としないって約束ね」


 そう言うと、美咲はコクリとし、自分から小指を沙絵の前に差し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る