第15話 作る人
「せーんせ、おはようございますっ」
大きな声で挨拶をしながら、大也が下駄箱に上がってきた。
「大也さん、おはようございます」
「おはようございます」
その大也の後ろに、大也の母の姿が見えた。
「おはようございます。昨日は連絡いただいて、ありがとうございました」
昨日、大也の母親は病院から帰ってすぐに学校に連絡を入れてくれたのだ。
「こちらこそ、ご心配おかけしました。どこも悪いところはないようですし、今朝も学校に行くと言うものですから、今朝は付き添いました」
「そうですか。昨日の今日ですので、学校の方でもしばらくは注意して見るようにしますので……」
「よろしくお願いします」
そう言って頭を一度下げ、大也の母は何度も大也に目をやりながら帰っていった。
当の大也はといえば、母親が話している途中までそこにいたが、途中で飽きたのか、すでに教室に向かってしまっていた。
大也に何事もなくてよかったな。と、思った瞬間、美咲がすでに教室にいたことが頭をよぎり、沙絵は急いで教室に向かった。
教室に入ると、窓側の一番前の席まで行った大也が、ランドセルを机に置くところだった。真ん中辺りに席がある美咲は、すでに席に座っており、机の横にきている結美と何やら話していた。
そんな光景を見ていると、いつもいつの間にか沙絵の後ろにいて、沙絵の服の裾を摑んで不安そうにしていた美咲が急にしっかりしたように見え、ホッとすると同時に、やはり多少の違和感をどうしても感じてしまうのだが、子供というのは友達の有無によって、表情も行動も、性格までもが違う面が出てくるものだということも理解していた。
特に何もなさそうだなと、朝礼の支度をしようと自分の机まで行き、職員室に荷物をそのままにしてきたことを思い出した。
もう一度ぐるりと教室を見渡し、教室を出た。
昇降口には杉田が立っていて、登校してくる子たちに声をかけていた。
「もう少し早く家を出なさいね。もうギリギリよ~」
遅めの登校の子たちは、だいたいがいつもと同じ顔触れだ。
いつもと同じ光景だった。
職員室に戻ると、名簿と日誌、○付けをしたプリントを持ち、再び教室に向かった。
昇降口のところまで行くと、もう子供たちの姿はなく、杉田が両側に下駄箱のある間で、どこに置いてあったのか、小さな霧吹きを右の手に持ち左手にシュッシュッとしているところだった。そして足元には、折りたたみ式の足台が置かれていた。
沙絵は思わず身体を引っ込め、杉田のいる通りの隣の通りの下駄箱に入ると、息をひそめていた。
すると、少しの足音が聞こえ、廊下の方向に向かったのがわかった。そして、すぐに足音が戻ると、小さく「ガタッ」と音がした。その行動は、廊下に誰もいないことを確認したように思えた。
沙絵は曲げていた腰を伸ばし、爪先立てて下駄箱の上から覗いてみた。位置としては杉田をうしろ斜めから見える位置だ。
すると、杉田の身体が下駄箱よりだいぶ上へ出ているのが見て取れた。そして、その手の先を見ていると、杉田は壊された盛り塩を直しているところだった。
ああ、そっか。杉田先生が桑田先生の代わりをしていたんだな、こうして誰もいない隙を狙って、作ったり直してたんだなと、誰が盛り塩をしているのか、壊れたり無くなっていた盛り塩を作り直したのかがわかり、確かに杉田先生ならこの学校は2度目の赴任だと言っていたし、盛り塩のことを「知っている」という意味でも適任なんだろうと思った。
こんなふうに、誰にもわからないようにして作ったり直したりしてたんだなと思うと、たまたま壊れたりなかったりしたときに目にした自分がアタフタとしたり麻衣に向かって騒いだりしてたのがバカみたく思えてきた。
そうだ、沙絵はあの時と同じで、結局は人の手が入っていることに驚き振り回されていただけだった。そこに無垢な子供の感情が介在したおかげで、否定していた感情が揺らいでしまっていたことに、改めて気づかされた思いだった。
杉田が盛り塩を直し、ガサゴソと音をさせ、ガタッと何かを置いた音がした頃、沙絵はそこを出て杉田のいる下駄箱を通り過ぎるとき、「おはようございます」と、何事もなかったような顔をして声をかけ、教室に向かった。
通り過ぎるときに横目に見た杉田は、傘立ての横に畳んだ踏み台を挟むように置いているところだった。
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