第14話 壊す人2

 昨日は、校門を出てしばらくそこに車を止めて待ったが、警備会社の車がくる気配はなかった。


 ふと、「なにしてんだ私」と思い、帰路についたのだった。


 そんな昨日の今日なのに、やはり気になって仕方がなく、早々に学校に向かった。


 学校は既に開いており、沙絵は荷物を置くとすぐにトイレに向かった。昨日の帰りにはなくなってた盛り塩が、もしかしたらまたあるかもしれない……


 そんなこと思いながらドアを開け、閉めると……「ない」そりゃそうかと、昨日の帰り際に見たのと同じ光景にホッとし苦笑する自分がいた。


 沙絵は子供たちが登校してくるのを待とうと、昇降口に向かった。すると、下駄箱の上に小さな頭が見え、そこから伸びた手が盛り塩を摑んだ。


「えっ?」と思い、急いでその下駄箱の通りに向かうと、昇降口を走って出て行く小さな影が見えた。


 それは見覚えのある子供だった。


 下駄箱の2つの盛り塩は崩され、無残な姿を晒していた。


 7時20分。


 子供が登校してくるにはまだ少し早い。教室に行ってみたけれど、ランドセルは置いてないし、まだ誰も来た様子はない。


「あ、そうか、美咲の家は学校から近いんだった」


 家庭訪問をしたときのことを思い出した。美咲の家は学校から目と鼻の先と言っていいほどの距離にある。今から家に戻ってからランドセルを持ってまた登校しても余裕で間に合うのだ。


 もしかしたら、昨日、逃げて行ったのも美咲?


 ああして盛り塩を壊して回っている?


 ……いや、まだそうと決まったわけではない。決まったわけではないけれど、下駄箱の盛り塩は間違いなく、今、美咲が壊した。


 では美咲が壊してたとして、なぜそんなことを……?


 考えていてもわかるはずはない。


 沙絵はしばらく様子を見ていることにした。


 それから20分も経つ頃になると、子供たちが次々と登校してきた。


 沙絵は昇降口で子供たちを迎えていると、美咲が登校してきたが、いつもと違う光景を目にし、「あれ?」と思った。美咲はいつも一人で登校してくるが、今朝は結美と一緒だった。珍しい光景だ。が、そこにはここのところいつも結美が一緒の結衣がいない。


「美咲さん、結美さん、おはようございます。今日は結衣さんは一緒じゃないのかな?」


結美の方を向きそう問うと、


「結衣ちゃん、おなかいたくておやすみだって。おたよりもってきたよ」


 お便りというのは、欠席届のことだろう。学校を休むときには、直接学校へ電話連絡するか、欠席届を誰かに頼むという2通りの方法を取るようになっているのだ。


「そう、結衣ちゃん今日はお休みなんだね」


そう結美に答えると、美咲が、


「せんせい、結美ちゃんの美と、美咲の美は、字がおなじなんだよ」


結衣と結美が仲良くなったというきっかけと同じだ。


「あ、本当だ。美咲さんと結美さんは美の字がおんなじだね」


「うん」


嬉しそうにそう言って、美咲は結美と教室に向かった。


 しばらく登校してくる子たちを見守っていると、後ろで誰かが服を引っ張るの気配を感じ振り返ると、そこには美咲がいた。ランドセルを机に置いてきたようだ。


「どうしたの?」


「あのね、せんせい、わたし結美ちゃんとなかよくなったから、もう結衣ちゃんとなかよくしなくてもいいんだよ」


「どうして?結衣ちゃんと結美ちゃんと3人で仲良くしたら、もっと楽しくなるかもしれないよ?先生も、みんなで仲良くしてくれる方が嬉しいな」


「結衣ちゃんは、わたしをなかまはずれにするからなかよくしない。もう結衣ちゃんはがっこうにこないし」


「学校に来ない?どうして?どうしてそう思うの?」


「だってこないもん。やくそくだもん」


「約束?誰と?どんな約束したのかな?先生に教えてよ」


「ダメ。おしえないよ、てんしとのやくそくだから」


「天使?」


「あ、ちがうちがう、てんしじゃないよ。ないしょだよ」


 しまった。というように首を横に振りながら慌ててそう言うと、美咲は廊下を教室に向かって走り出した。


 美咲は小学1年生だ。内緒と言いながらも、つい口から出ることもあって普通だ。それにしても、天使と約束とはどういうことだろう……もしかしたら、盛り塩を壊してることと関係があるんじゃないか……


 今の美咲の口ぶりも、昨日までの美咲の話し方となんとなく違うような気がする。美咲は大人しく、気の小さそうなところがある子だったはずだ。


 いや、でも、昨日の朝、沙絵の横を通り過ぎるときに一瞬美咲が見せたあの顔は、今までの美咲とは何か違うような気がしていたんだった。


 その違和感が、昨日大也の言っていた「美咲の身体から出てきたふわふわさん」の正体かもしれない。大也は敏感なところがある子だ。沙絵が気づかなかったほんの小さな変化を、美咲から感じとっていたのかもしれない。

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