第13話 誰かいる
階段まで行くと、まず下を覗いてみた。誰かがいたとしたら、そのほうが早く確認できると思ったからだ。
すると、1階の階段の角を曲がった小さな影が見えた。やはりあれは間違いなく確かに存在するものだと確信した。沙絵の目にはちゃんとそれが見えたからだ。
「待って!待って!」
そう呼んでみたけれど、あきらかに逃げているんだから待つはずない。
「友井先生、どうかしましたか?」
後ろから声をかけられ振り向くと、教頭が昇降口方向から歩いてくるところだった。
「あ、教頭先生、今、誰かが……子供のようでしたが」
沙絵は慌てながらそれが走っていった方を指さし、訴えた。
「えっ?子供ですか?まさか」
そう言って顔に笑みを浮かべる教頭を見て、ムッとしたが、もう暗くなる時間に子供が学校にいると言っている自分の方が、確かにおかしいのかもしれない。
「見間違いではないと思うのですが……」
「今、開いているのは職員の入り口だけですよね。ちょっと行ってみましょう」
そう言われ、2人連れ立って職員入り口まで行ってみたが、誰もいない。
そこへ2年担任の平井が職員室から出てくるところが見えた。出勤時にいつも持っているカバンを下げているので、帰宅するのだろう。
「平井先生、今から帰宅ですか?」
「はい、そうですけど……」
教頭に呼び止められ、平井は少し警戒したように身体を引くのが見て取れた。30歳を少し過ぎた平井には、保育園に通う2歳の息子がいて、いつもできるだけ早く帰るようにしていた。こう呼び止められ、帰り際に何か頼まれ帰宅が遅れるかもしれないという直感が働いたのだろう。なんだか申し訳ない気分だ。
「すみませんが、そこを出てから校門を出るまでの間に、子供を見かけたら連絡していただきたいのですが。もし見かけないのであれば、連絡は不要ですので」
「はい…わかりました」
平井が教頭の顔を見ながらそう返事を返すと、何か問いかけるような顔を沙絵に向けたので、沙絵は一つ頷くと平井も一つ頷き、そうこうしているうちに職員室に向かった教頭がそこを離れた隙に「明日」と、ひと言平井に告げ、沙絵も職員室に向かった。
職員室にはまだ10人ほどの教員が残っており、教頭が、4年の先生方のほうに向かって声をかけた。
「今週の見回りは4年でしたよね。今日の見回りは終わりましたか?」
学校では、毎週学年や級外で鍵当番があり、全階全教室の窓の鍵がキチンと閉まっているか見回りしているのだ。
「今から行こうかと話していたところですが……」
「そうですか」
「あの……何かありましたか?」
「いえ、何かというほどではないのですが、先ほど人影を見たような気がしましてね、声をかけたのですが返事がなかったので見間違いかもしれませんが……」
教頭は、沙絵が見たことをさも自分がというような言い方をしてくれた。沙絵に気を使ってくれたのだろう。
「注意して見るようにします」
4年主任の石原がそう応え、4学年の3人で職員室を出て行った。
「教頭先生、ありがとうございます」
沙絵を気遣って、沙絵が見たという部分を省いてくれたんだなと思い、礼を言った。
「本当に見間違いかもしれませんし、小さな子に見えたと言っても、そう見えた教員がいたのかもしれませんからね、あまり気にしないほうがいいかと思いますよ」
「そうですね、平井先生からも連絡がないようですから、外にも誰もいなかったようですね」
教頭は笑顔で頷き、自分の席に向かった。
沙絵も自分の席に戻り、やり残した○付けをしながら、4年の先生方が見回りから戻るのを待った。
20分ほどして、3人が戻ってきた。
「見回り終りました。特に誰かが残っているといったことはなかったです」
教頭にそう報告しているのが聞こえた。
見回りは全ての教室、窓、もちろんトイレも確認しているはずなので、誰かが隠れているということもない。
さきほどの人影は自分の見間違いだったのだろうか……
いや、確かに誰かいた。絶対にいた。
「今日も遅くなっちゃったな……」
残してた○付けと、授業で使う教材を作るのに時間がかかり、ふと時計を見ると、もう21時半を回っていた。ただでさえ仕事が残っていたのに、夕方のゴタゴタで随分と遅くなってしまったな……
沙絵は、基本的には1人で学校に残ることはしない。やはり昔の記憶が無意識下にいつもあり、夜、1人になることを今でも避けるようにしているのが自分でもわかる。今日だって、目の隅に6年の下田が残っているのを捉えていたのだ。
「下田先生、私はもう帰りますけど、まだ残られますか?」
沙絵が帰ると1人になってしまう下田に、一応声をかけた。
学校では、最後に出る人は、警備会社へ連絡を入れることになっている。ひと手間かかるし、大先輩の下田に連絡させるより、自分がしたほうがいいかなと思ったのだ。それに、警備会社へ連絡を入れたら、1分以内に学校から出て、開いている職員の出入り口に鍵をかけなければならないのだ。1分過ぎたら校内のセキュリティーがONになってしまう。
「あ、そうですね、私ももう出るようにします」
「では、私が警備に連絡入れるようにします」
「お願いします」という下田の言葉を確認してから、荷物はそのまま机に置き、沙絵はお手洗いを済ませようとトイレに向かった。
トイレに入るとドアを閉め、それを確認した。もう、ほとんどそこに目をやるのはトイレに入ったときの習慣になっていた。
「えっ?」
ない。
いや、あったはずだ。
夕方、麻衣とあったことを確認したはずだから間違いなくあったはずだ……
沙絵は他の場所も確認したい気持ちに襲われたが、廊下の先に続く真っ暗な向こうへ行くのは気が引けるし、下田が学校から出てしまえば自分1人になるという現実が、それをさせるのを
あっ……と、そこで気づいた。
セキュリティーがONになれば、もし誰かが学校に残っていたら、5分もしないうちに警備会社の人がやってくるはずなのだ。
沙絵は警備会社に帰る旨、連絡入れようと職員室に戻ると、下田が荷物片手に立っていた。沙絵を待っていてくれたんだろうと察しはついた。
「今から連絡入れますので、どうぞ出てください」
沙絵は頷くように頭を下げながらそう声をかけると、警備会社へ繋がる電話を取った。
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