第12話 その場所3

 大人になってから何年か経つのに、いまだに逢魔が時といわれる時間帯は、なんだか怖い。これからやってくる夜の時間は、できるだけ明かりがある場所に自分がいるように、今でも無意識の意識が働いているのが自分でもよくわかる。だから、そんな時間にもう誰も残っていないであろう2階3階へ行くというのは、沙絵にとっては結構な勇気がいることなのだ。もう昔の肝試しのようなことなど起こらないこともわかっているし、暗くなり始めたんだから電気をつければいいだけだ。そう自分に言い聞かせた。


 まず、図書室に行ってみようと思ったのは、大也が「図書室の前でふわふわさんが……」と言ったことがあったからだ。と、その前に、図書室の手前にある女子トイレに目が行き、そこに入ってみた。


 女子トイレの排水管の向こう側を覗いてみると、それはあった。


「ああ、そっか、どこのトイレにもあるんだろうな……」


 その盛り塩を見つけ、1階の女子トイレと同じ場所にあることがわかり、だとしたら3階も同じなんだろうと予想はつくし、ということは男子トイレもそうなんだろう。


 沙絵は、うんうんと頷きながら図書室に向かった。


 図書室に入ると立ち止まり、中をぐるりと見渡してみた。


 全学年の子供たちが出入りする図書室で、一番生徒が気づきそうもない場所はと考えながら見渡し、見当をつけると、本棚が後ろに並ぶ前に置かれた机の上に立ってみた。


「やっぱり……」


 図書室の机の上に立ってみようなどとは誰も思わないだろう。それは本棚の上にちゃんと作ってあったのだ。両端の、しかも壁側にくっつけられている棚の上の一番奥まったところに作られていたのだ。


「なるほどね」


 あんなところじゃあ誰も気づかないのかも……となると、理科室も音楽室も、だいたい想像はつくな。


 沙絵は机から下り、ポケットに入れておいたウエットティッシュを一枚抜くと、自分が乗った机の上を拭き、図書室を出て3階の理科室に向かった。


 図書室の真上にある理科室につくと、図書室に入ったときと同じように、入り口に立ち見渡してみた。


 誰にも気づかれなさそうな、高い位置と思い見渡しても、理科室に高い場所などない。6~8人掛けできる大きな机が6つあり、窓側には理科で使った器具を洗えるような洗い場が並んでいる。


 沙絵は教壇側の窓際のところにあるドアを開け、理科準備室に入った。


 ドアを入って右手には上半分にはガラス、下には木のドアがついた棚があり、その把手には鍵穴がついていた。その棚の反対側には鍵のない棚があり、ビーカーやメスシリンダー、アルコールランプなどが置いてある。


 沙絵は理科室に戻るとイスを持ち、準備室に戻り、その両方の棚が見える位置にイスを置くと、その上に上がった。


「やっぱりね……」


 思った通り、その片方、鍵のついている棚の上に、それはあったのだ。それを見つけて、ホッとしたその時、


「カタッ……」


微かに何か音が聞こえ、沙絵は肩をビクンとさせると同時に音がしたほうに身体を捩った瞬間、自分がイスの上にいたことに、そこから落ちて気づいた。


 沙絵は左ひざを床にしこたま打ち付けるように落ち、「うっ」とうずくまったが、その音の正体を恐怖に感じる気持ちが勝り、音のした理科室に左ひざをかばうように向かうと、沙絵が開けっぱなしにしていた理科室入り口のドアを出る小さな影が見えた気がした。


「えっ……?」


 いやいやいや、そんなはずない、そんなわけがない……誰もいるはずないし……でも、どうみても子供としか思えないような背丈くらいだったその影だったが、子供がこんな時間に学校にいるはずないし、でも、確かに誰かいたような……


 沙絵は再び首を横に振り、そんなわけないと自分に言い聞かせながらも……あ、もしやあれがふわふわさん?などと、ふとそう思ったけれど、大也の話では、浮かんでいるみたいなので、違うんじゃないかと思い、そんなものが本当にいるかのような自分の考えに、苦笑した。


 沙絵は自分が見たこともない、いわゆる「お化け」などという霊的なものは実際には信じていない。子供の頃、人間が作り出したそういったものにおびやかされてからは、本当に怖いのは生きている人間のほうだと思っているところがある。しかも自分には目に見えていないものが見えたことがないのだ。信じられるはずもない。けれど、子供の、それも年齢が小さければ小さいほど、何か感じるものかもしれないという、全く矛盾したことを思っていたりもする。


 そんなわけで、大也の言っているふわふわさんも、否定している気持ちはあるのだが、彼自身は何かを感じているということを信じている。そうでなければ、先生という仕事はできないんじゃないかと思っている。


 沙絵は左ひざをさすりながら、その小さな影が向かった方へ、それを追いかけた。

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