第11話 肝試し2
今となっては、誰が一番だったのかはハッキリとは覚えておらず、ただ、山に向かって登っていく懐中電灯の灯りがゆらゆらと動いていたことは記憶の底にハッキリと残っていた。
1人目が帰り、2人目が帰り、3人目が帰り、何番目だったか同じ学年の近所の仲良し、桃子が帰ってきたとき、桃子に「どうだった?怖くなかった?」と聞いた。
肝試しの決まりで、会場となるお墓がどんなだったのか、言ってはいけないということになっており、桃子はそれに倣って、「教えなーい」と言った。
沙絵の番が近づくにつれ、先に終わった子たちは、沙絵の予想通り飽き始めたのが手に取るようにわかっていた。
それでも沙絵にも順番が回ってくる。沙絵は懐中電灯を持ち、山にい向かって歩き出した。本当は、すぐにでも後ろを向いて山を下りて家に帰りたかったけれど、みんな行ったのに自分だけ怖いからと帰るわけにもいかず、そんな自分をみんなに見せたくないと思えるほどには、沙絵のプライドは高かった。
真っ暗な山道を懐中電灯で照らすと、すぐ右側にある墓もその明かりで見えて、その石の静けさが冷たさとなって身体に伝わってくるようで、ただただ怖く、ひたすら前を向き速足で進んだ。
名簿にチェックを終える頃には、それまで何も起こらずにきたので、その先も何も起こらずに戻れるんじゃないかと思い込んでいた。
いや、実際に何事も起こらなかったのだ。
山道を下に降りて右手に折れ、元の道に戻ってきたとき、その静けさに違和感を覚えた。その違和感の正体をこの目で確認するのはとてつもなく怖かったが、足はやはりそちらに向かう。不思議なもので、決められていた行動というものを力任せに変えるというのは、かなりの勇気が伴うのだ。それも低学年という小さな子供には、それはできないことなのだった。
寺の横道まで戻ったときには、不思議と頭の片隅で確信していた。
沙絵の頭は妙に冷めていた。いや、そうでなければ自分が可哀想になると思い、何でもない風を装わなければならないと思いながら、寺の前の広場に出た。
「ほらね」
思わずそんな言葉が出たのを覚えている。
肝試しが終わって、そこでイベントの終わりに花火とお菓子のセットを配るはずだった。それなのに、そこにはもう誰一人いなかったのだ。
足元から恐怖が全身を駆け抜けるという感覚は、あれから20年経った今でもハッキリと覚えている。沙絵はもう誰も見ていないとばかりに、ちっぽけなプライドを捨て、今にも暴れ出しそうな鼓動と共に、慌てて寺の左側にある山を下る道を駆け出した。
駆け出してすぐに木の陰から何か白いものが浮かんでふわっとしたのが目に入った。
自分でも驚くほど大きな叫び声が聞こえ、それが自分のものだと気づくのに一瞬遅れたと同時に、後ろから誰かが両手を沙絵の肩に載せると「お~ば~け~だ~ぞ~」の声が聞こえ、肩をビクッと震わせ振り向くことができずにいた沙絵の顔を覗き込んだものは、日本の怪談という本の中に見た、お岩さんによく似た顔で、沙絵はまた大きな叫び声と共に腰を抜かすような形になり尻もちをつき、その尻の周りは流れた涙の何倍もの水分がまとわりついていたのだった。
「ごめんごめん、そこまで怖がるなんて思ってなかったんだ」
そう言い顔に被っていたお岩さんみたいな顔を脱いで見えた顔は、6年のあっくんだった。
あっくん……そういえば彼の名前はなんていうんだったのか、全く覚えていない。
沙絵はその顔を目にし、安堵したかといえばそうでもなく、既にその顔すら恐怖の対象でしかなく、
「沙絵ちゃん、ごめんね、ごめんね」
そう言い続けるあっくんの後ろに、どこにいたのかみんなの顔が次々現れた。
沙絵はその中に仲のいい桃子の顔を見つけたにも関わらず、いつの間にか止めていた息を抜けた力と共に吐き出しながら立ち上がり、みんなに背を向け暗い坂道を駆け出した。
その後、何度「沙絵ちゃん」と肩を摑まれ叫んだのかわからないほど、ただただ怖くて必死に家を目指して走ったのだった。
あのあと、本当の『肝試し』は、お墓を回る最後の人をみんなで隠れて脅すという計画をした卒業生と6年のあっくんがこっぴどく叱られたという話を聞いた。あっくん以外の班のみんなは、お墓の名簿のところで待っていた卒業生からその話を聞かされ、最後の沙絵が出発した後、みんなでお寺の中に入り、声を潜めて沙絵が戻ってくるのを待っていたそうだ。
大きい子たちだけでの肝試しならまだしも、低学年の子たちもいるなかでそれをやったということで、親たちだけでなく学校の、それも小学校と卒業生が通う中学校の先生にも怒られたという話も聞いた。
そういえば、あの日にもらえるはずだった花火やお菓子はどうなったんだったろう?あのあと、夏休みのラジオ体操はどうしたんだったんだろう?
その頃の記憶は、強烈な肝試しの記憶だけしか沙絵には残っていない。
ただ、あれから沙絵は薄暗くなる時間から夜にかけて、一人でいられなくなったのだった。
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