第10話 肝試し


「ねえ、あれ、あったでしょ?」


 職員室に戻り席につこうとしたら、麻衣が嬉しそうに耳打ちをしてきた。


「あれって、あれですよね?ありましたね。なんかやっぱ安心しますよね」


「ね、なんかホッとしちゃった」


「私もです」


「私なんか、思わず理科室や音楽室、更衣室、いろんなところ見てきちゃったわよ」


「えっ?理科室や音楽室?」


「やだ、沙絵さん知らなかったの?よく探してみたら、結構あちこちにあったわよ」


「麻衣さん、探したんですか?」


「うん、なんか気になって、子供たちが下校した後、ちょっとあちこちね。あっ、もうこんな時間だ。今日はちょっと約束があるんだ。じゃ、お先に」


 そう言って、麻衣は席に置いていたカバンを持って、そそくさと職員室を出て行った。


 それにしても、理科室や音楽室、更衣室……麻衣の口ぶりだと、もっと他にもありそうだ。そんなにあちこちにあったなんて、ちっとも気付かなかった。あんなに気になっていたのに、学校への出入り口となる1階ばかり気にしていた自分に呆れた。言い訳になるかもしれないけれど、気にしていなかったのは、自分が1年の担任で、上の階に行くことがあまりなかったということもあるだろう。そして、そんなことを聞いてしまうと、やはりそこが気になってしまう。


 沙絵は、意を決して、その場を見に行くことにした。


 暗くなり始めた時間に、一人で2階や3階へ向かうのは好きではない。いわゆる、「逢魔が時」という時間帯だ。なにがどうしてなのかわからないが、何となく胸がざわつくような、そんな感情に支配されてしまうのだ。いい大人になっても、怖がりの自分がこんな時にひょっこり顔を出してしまうのだ。そう、きっとあの日のことが大人になった今でも、仕舞った心の引き出しが、勝手に開いて踊り出すのだろう。


 あれは沙絵が小学校の低学年の頃のことだ。そう、あれは2年生のときのことだった……


 沙絵が通っていた小学校では集団登校をしており、住んでいる地区にある組ごとに地区班があり、夏休みには班ごとでラジオ体操や夏祭りの盆踊り練習、班ごとのイベントなどを行っていた。


 その時の面子を思い出すと、あれは何年生のときだったのかということが思い出されるのだが、その時の記憶は、恐怖と共にかき消されてしまったようで、はっきりしない。


 その年の夏のイベントは、夏といえばいかにもな話で、『肝試し』だった。


 この地区のお寺はそう大きくない山の中腹にあり、その寺の横道を上がりながら道に沿って右側に墓が広がっており、肝試しは、その寺の横道を上がりながら、てっぺんまで行き、そこを右手に折れて突き当りに用意されたコンテナの上に置かれた名簿の自分の名前のところに〇をつけ、そこから下に向かっている道を下りて、また突き当りを右に折れスタート位置に戻るという、言葉通り墓を一周してくるというものだった。


 全員が、一人ずつ家から持ってきた懐中電灯を持って、真っ暗な墓を一周するというのは、小学生にしてみると、それはそれは怖いもので、道といっても山道で足元も悪く、沙絵はイベントが『肝試し』と聞いたときのワクワク感はなく、地区班のみんなが面白そうに、楽しそうにしているのが不思議でならなかった。


 班員は、沙絵の学年が一番多く4人で、全部で14人ほどで、14人中10人が女子という、ほとんどが女子という中にあっても、6年の男子の『肝試し』の案があっさりと通り、男子たちが喜ぶ姿と、自分たちだって平気なのよ、楽しみだねというような年長の女子たちを目にし、最初はものすごく楽しいことのように感じていたのが、実際、その日その場が近づいて、お寺の前の広場に集まったときには、もう逃げ出したい気持ちで泣きそうだったことを今でも鮮明に覚えている。


 その日は、同じ地区班だった卒業生がその下準備をすでに済ませていた。


 毎年夏のイベントの準備は卒業生の手が入ることがほとんどで、こうした肝試しのような、班員全員が参加するものは、特に班員以外の準備が必要だというのは、低学年の沙絵にもわかった。みんな、今年はどんなイベントになるのか楽しみでならないようだった。


 全員が揃うと、班長が作ってきたあみだくじに、全員で一本ずつ線を加え、くじの始まりだ。確か1年から名前を書いて行った覚えがある。上に1~14の数字、下にそれぞれが選んだ場所に名前が書かれていた。


 沙絵は一番最初は嫌だけれど、最後はもっと嫌だと思った。みんなが終わって、最後の人がなかなか帰ってこず、帰り支度をはじめて待ちきれずに帰ってしまうんじゃないかと、そんな気がしていたので、どうか真ん中辺りの順番になりますようにと心の中で祈っていた。


 その祈りも虚しく、どんどん順番が決まっていく中、沙絵の名前はいつまで経っても線をなぞっている赤ペンがこず、とうとう最後になってしまったのだった。

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