第9話 安心
沙絵は1時間目が終わると、急いで保健室に向かった。
保健室に入ると、そこには既に雅也の姿があり、養護の大野に大也の様子を聞いていた。雅也にとっても弟のこんな状況が不安でたまらないのだろう。
「あ、友井先生」
「大也さん、どうですか?」
「雅也さん、教室に戻ってください。大也さんのことは家でお母さんに聞いてくださいね」
その言葉にひとつ頷くと、気の抜けたような顔をして、雅也は保健室を出て行った。
「大也さん、病院に行ったんですか?」
そのやり取りで、大也の母親が迎えに来たことは察せられた。ベットの上にも大也の姿はない。
「たぶん、行ったんじゃないかな。今朝、大也さんの家に連絡したでしょ?もうね、言葉通り、お母さんがすっ飛んできたの。ホント、すぐだったわ。校医の先生に連絡入れてから折り返し連絡するってことになってたんでしょ?」
「はい、そのように伝えましたが……」
「気を失ったなんて聞いて、心配でそれどころじゃなかったんでしょうね。すぐに病院に連れて行くって連れて帰っちゃったわ。一応、倒れた時の状況と頭も身体も打ってないことは伝えたんだけどね、目に見えてない症状のほうが怖いって言ってね……」
「そうでしたか。ではあとでまた電話を入れてみます。教頭先生には……」
「ええ、もう話したわ」
「そうですか。色々とありがとうございました」
もう少しふわふわさんのことを大也に聞いてみたいと思っていたけれど、帰ってしまったなら仕方がない。
そんなふうに、その日は朝からバタバタして、いつにも増してあっという間に時間が過ぎて行った。
昼休みに大也の家に電話を入れたがつながらず、放課後また電話を入れようとしたところ、大也の母から電話が入った。大也については、特に問題はなかったようで、強い緊張やストレスに感じることがあったのかもしれないという話だった。
それを受けて、朝の大也の様子を聞きたいということだったが、ふわふわさんの話を大也が家でしているかどうかわからず、沙絵は、自分が見た範囲ではいつもと変わらないように見えたと言うしかなかった。
明日はいつも通り登校させるということで、電話を切ったのだった。
そうしてようやく沙絵は、朝からずっと気になっていたことを確認するために、1階の生徒用の女子トイレに行ってみた。
前日に崩れていた盛り塩は、もうそこにはなかった。それだけではなく、盛り塩自体がなくなっていた。
沙絵はそれでもどこかに盛り塩があるのではないかと、トイレの中のあちこちを探ってみたけれど、どこにもない。
「やっぱり……」
職員トイレに下駄箱の上の盛り塩が消えていたのだから、女子トイレもそうだろうと思っていたが、やはりなくなっていた。
もしかしたら……
大也の言うふわふわさんが怖いというのは、これがなくなったことにより、ふわふわさんが何か
やはり縁起物のほうではなく、お清めという意味で、あれは必要なのではないか。
それにしても、なくなっているとはどういうことだろう。教頭も、あれが必要なことはわかっているだろうに……
いや、教頭に話したのは昨日の就業後のことだ。教頭があれをどうにかしたと考えるのは早計だ。そうは思うものの、昨日の教頭とのやり取りを思うに、またこの話を持ち出すのは気が引ける。そのうち教頭が盛り塩をやりに校内を回ってくれるだろう。あれをすることは、今までのこの学校の習わしになっているのだから。そしてそのことは沙絵がそのことを知るよりずっと前から、教頭は知っていたのだから。
沙絵は就業後、仕事をしながらも教頭の動きに意識を集中させていた。その教頭は、しばらく机で書類をチェックするなどの仕事をしていたが、そのうち校長室へを入ってしまった。
この隙にと、沙絵はお手洗いを済ませようと、職員トイレに向かった。ドアを開け、閉めて個室に入ろうとしたとき、それに気づいた。
「あ、あるわ……」
盛り塩がちゃんと元の位置に盛ってあったのだ。
それを目にした瞬間、ふっと気が抜けたように感じた。
「なんだ、ちゃんとあるんじゃない」
声に出た独り言に思わず笑みがこぼれ、感じていた
急いでトイレを済ませ、もしやと考えていた下駄箱と女子トイレに向かった。
そこに盛り塩は……「あ、あった」そう、どちらにもあったのだ。ついさっきまでなかったのに、こんなにあっという間に、いったい誰が……
教頭は、沙絵が職員室に戻ってっからはずっとそこにいた。ということは、教頭が誰かに頼んだのだろうか。女子トイレなどは、やはり女の人に頼まなければならないのだし、教務の桑田だって、女子トイレはやってなかっただろうし……
だとしてもだ、なくなっていたのはなぜだろう?考えていてもわかるはずはなく、教頭に聞いても、きっと教えてはくれないだろう。あまりしつこく聞くと、怒られかねない。
沙絵はそれが気にもなりながら、どうにもしようがないなと諦めるしかなかった。ただ、それがそこにあるということがわかっただけで、安心は安心だった。
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