おめでとう、あなたは勇者に選ばれました!

チクチクネズミ

あなたは勇者様

「おめでとう。あなたは勇者に選ばれました」


 男が目覚めると厳かな純白の服を身にまとった聖職者たちが彼を拝んだ。先ほどまで自室で引きこもっていた男は、急に明るい場所に連れてこられたので動揺しながら口を開く。


「どういうことですか説明を下さい」

「はい、貴方は我々が呼び出した勇者です。この国の地下深くに封印されていた魔物が蘇りました。勇者様にはそのお手伝いをしてほしいのです」

「そんなの困る。俺は戦いなんてやったことがないんだ。早く帰してくれ」


 男が懇願すると、聖職者たちは肩をすくめた。


「戦うことなんて滅相もないのですが、勇者様がご帰還を願うのなら仕方ありません。ご帰還させましょう」

「どういうことだ? 魔物と戦って倒すのが勇者ではないか?」

「いえいえそんなことは必要ないのです。勇者とは文字通り、勇気ある者。すなわち大事なことに勇気が振るえる者です。つまり封印のための勇気を使える者があなたなのです」


 聖職者たちの言葉に男は気持ちが少し揺らいだ。一つの仕事にも満足に頑張れない男がたった一回の勇気というものとやらに賭ければよいのだ。


「それをするまでに俺は何をすればいいのか?」

「何もしなくてもよいのです。すべての準備はこちらで整えますので、その時まで何不自由ない生活を保障しましょう」

 

 半信半疑のまま聖職者たちの言葉に従った。いざとなったら、やはり無理ですといえばよいという打算的なことを言えばよいと内に秘めて。



 しかし、結果を言えば男は国が与えてくれたものに享受していた。

 豪奢で柔らかなベッド、うまい食事に、何から何までしてくれる使用人に、女も侍らせた。彼らの言う通り、何不自由ない生活を送っている。

 そして聖職者の一人が男の部屋に入り彼の機嫌をうかがった。


「勇者様、どうですかご気分は」

「いやとてもいい。最初は疑っていたが、本当に不自由のない生活を送れている」

「それはよかったです。ところで、勇者様の武器と防具を見てほしいのですが」


 使用人が二人がかりで運んできた鎧と剣は、いづれも見事な装飾と宝石がちりばめられており、それだけで芸術品として価値がある。だが鎧を装着してみると、とても男の力では足一歩も踏み出せないほど重く、武器の剣もとても重くて持つのが精いっぱいだった。


「とても素晴らしい出来でしょう。我が国の技術の粋と予算を結集させて作ったものですから」

「物はいいがとても重い。これでは魔物になぶり殺しにされてしまう」

「いえいえ、勇者様は魔物と直接対峙する必要はないのです。魔物に封印の魔法をかけるのに勇者様の勇気が必要なだけで」


 聖職者は男から武器と防具を取り外してくれた。ようやく身動きが取れた男は防具と武器を手に取っただけでひどく疲労し、ベッドに横になった。

 俺の勇気とは魔法を使うことなのか? しかし、それを使うほどになるほどの勇気とは一体何なんだ? 男は思案するが、柔らかなベッドに意識がもうろうとして寝てしまった。



 それから一週間が経ち男は町の中に繰り出した。外に出ることは聖職者たちにも許可されていた。男が市場を通ると店の店主が「あんた勇者様だろ、これをやるから部屋に帰ってでも食べてくれ」と食べ物を与えてくれた。そして店主の声で男が勇者様であるとわかるとドミノ倒しのようにつぎつぎに男に声をかけていった。


「さあ勇者様、こちらのお酒などいかがでしょう」

「勇者様、お召し物お好きですか? お帽子は? まあとてもお似合い!」

「勇者様、この装飾品などは? この国の流行ものですよ」


 次々と店の商品という商品を与えられて、男の手には入りきらないほど持たされてしまった。

 すると、荷物を抱えている男を見かねて子供たちが彼の荷物を全部持ってくれた。


「いやいや君たちのような子供に手伝ってもらうだなんて悪いよ」

「いいえ、勇者様は僕たちを救ってくれる方ですから。こんなことでも恩返ししないと」

「ついでだから、この街を案内するよ」


 子供たちに導かれながら、男は街案内されていった。

 教会に、城、牧場に、湖といづれも目の保養になるほど素晴らしいところだった。しかし、どこにも魔物に荒らされた形跡がないことが気がかりになり男はそのことを尋ねた。


「魔物はね。あそこの丘の塔の地下にいるんだ。かなり深くにいるからすぐには出てこれないんだ」


 子供が指さした先に見えるのは、一本の槍が突き刺さったように高い塔が丘の上に立っている。その塔は不思議なことに、物見台のようなものがどの階にもなく、のっぺりとしていた。


「二百年に一回は封印が解けるんだ。それでついこの間がその二百年目なんだ。まだ魔物は来ていないけどあと数か月もしたら出てきてしまうかもって。ぼく、お母さんを守れるかな……」

「大丈夫さ。俺がみんなを守ってやるさ」


 魔物がいつ襲いかかってくるかもしれない恐怖に怯える子供たちを男は声を大にして宣言した。いつしか男には街の人や子供たちのために勇気を出さないとと思うようになった。



 そして男がこの世界に来てひと月が経ったころ、聖職者たちがあの剣と鎧を持って男の部屋に入ってきた。


「さあ勇者様その時ですぞ!」

「ああ、すぐに行く」


 男は威勢よく聖職者たちに向けて声を上げた。そして部屋を出ると何百という兵士が男を出迎えてくれた。どの兵士も身なりが良く、顔つきも精悍でよく鍛えられたというのが手に取るほどわかる。

 ははぁ、やはり魔物を封印するからには精鋭部隊が必須なのだな。ただのニートがこの国のために勇気一つ出せるならお安い物さ。

 男は兵士と聖職者たちに守られながら、あの丘の上に立っている塔にへと行進していった。その沿道で男の姿を一目見ようと人々が手を振って声援を送っている。その中にはあの市場の人や、子供たちも混じっていた。


「ああ、頑張るさ。俺の勇気を見せてやるよ」


 そして男たちが塔の中に入ると、その中には人一人分入れるほどの箱があり、その上には一本のロープが結ばれていた。聖職者が男に鎧を着せ剣を持たせると、使用人たちに命じてその箱の中に入れた。男は少々緊張しながら聖職者たちにこれから自分が何をすべきか尋ねた。


「俺は何をすればいい? 何でもするぞ」

「そうですか。なんと素晴らしい勇気の持ち主だ。やはりあなた様は勇者様だ。さあこちらの薬をお飲みください。これには魔物を封印するために必要な秘薬が入っておられます」


 「わかった」と男は使用人にその薬を飲ませると、だんだんと睡魔が襲ってきた。これでは眠ってしまって何もできないと慌てて男は聖職者を呼び出した。


「おい、なんだか眠くなってきたぞ。このままでは何もできなくなるぞ」

「そのままです。勇者様は何もしなくても封印ができるお方なのです。異界のものは先ほどの秘薬を飲むと封印の魔法が顕現されるのです。その代わり睡魔が襲われますが。ですがご安心ください、勇者様が入っておりますこの箱を、我々が魔物がいる地下深くに落として封印を施すのです。そして再び封印が解けるまで勇者様がこの国を守ってくださるのです」

「なんだって? 封印が解けるまでだって!?」


 男はそれを聞いて血の気が引いた。あの子供たちの言葉から封印は二百年ごとに解けることを思い出した。二百年も人は生きてこれないことは男の頭でもわかった。


「そんな人柱じゃないか。俺を帰してくれ」

「勇者様弱気になってはいけません。ここが勇気の出しどころです。ご安心をお身体はその鎧と剣が守ってくれますので」

「そんなの……ない……よ」


 薬の効き目が出始め、男の意識がもうろうとしてくると箱の扉が閉まった。

 「敬礼」という一言ののちに、男が入っていた封印の箱は地下深くに送られていった。そして封印の箱が魔物がいる地下奥深くに到達すると、結んでいたロープが切られた。

 最後に聖職者たちが一枚のプレートを箱が送られた穴の上に塞ぎ祈りをささげた。


「おめでとう勇者様。あなたの勇気は永遠にこの記念碑にその名と共に刻まれるだでしょう」


 そして聖職者たちは一巡して、他の勇者たちが眠る碑にも祈りをささげた。

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