39-1

  ~39-1~



 「―――」

 他愛ない腹ごなしの談笑に割って入るように砂嵐を思わす様な雑音が響く。懐中から雑音の正体を取り出した義父は長椅子に腰掛けた時の緩慢な様子からは考えられぬ程機敏に立ち上がり店の奥に消えた。軍人上がりと言うのは体内にシフトレバーでも備えているのだろうか。


 数分の後、義父に連れられた同伴者の一人を見て少なからず動揺した。拘束衣に包まれた体、遮音の為の耳当てと、目元にはアイマスク、猿轡も噛まされている。

 「おいおい…」

 定位置の安楽椅子で寛いでいた店主もあわやコレクションを取り落とさんばかりに慌てて立ち上がっている。


 「ウチを精神科か何かと「すまんが、表に鍵をかけて貰いたい」

 面倒事は御免と苦言を呈しかけた店主に有無を言わさぬ義父。言葉面に反して声色は重い。せめてもの反抗か、店主は腰に下げていたキーチェーンから取り外した出入口の鍵を義父が連れて来た組員の一人に投げ寄越すと音を立てて椅子にかけ直した。


 「では、我々はその前にお暇しましょうか」

 彼は店内の全員が顔をしかめ兼ねない程の声量で高らかに言い放つ。視線はあくまで私に向け、その他大勢は最早眼中に無いとばかり浮かべる満面の笑みは清々しさを通り越し背筋を冷えさせた。


 「まぁ…無理強いはせんよ」

 鼻を鳴らしながら手近なカウンター席に身を預けた義父から放たれた言葉は意外な物だった。なし崩しに巻き込もうと言う腹ではないと言うのか。

 「恐らく坊の方が食い付くネタかと思うがな…おい、座らせろ」

 指示を受けた組員は私達の正面に拘束衣の女を座らせると首から上に取り付けられた諸々を丁寧に外していく。


 「…あら」

 「…見当違いも良い所ですよ」

 彼を見るやに思わずといった様子で声を上げた女を無視して義父に反論を述べる彼。

 「…顔見知りか?」

 「知りませんね、と言いたい程度の輩です」

 「…なるほど」

 要領を得ない問答だが語気の荒さから追及は避けた。彼の不興を買わないでも誰がしかが勝手に話の続きを始めるだろうと踏んでの事である。


 「えぇ、ワタシも一目初対面かと思いかけたわ…まさか、ねぇ?」

 次いで拘束衣を解かれながら彼を見据える女の視線には少々以上に不愉快な感情が見て取れた。

 「珍しい物でもないでしょう、そちらも半ばご同類の様ですし」

 そう、彼の述べた通り。拘束衣の下から現れた女の肢体には五体の内右肩から先が、足りていない。思わず飲み下しかけた生唾をすんでの所で自制し、暫し口中でもて余す羽目になった。それでも視線を外せないでいる私の横腹を先程から彼が頭突いているのだ。

 

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