39-2

  ~39-2~


 「彼方のおじさまとは多少のご縁を頂いているの」

 注文したストロワヤを水のように干しながら語る女から努力して視線を離し、傍らの黒髪を撫で下ろす作業に没頭している。不満の種は刻々と増しているのだろうからそれらを摘む作業を怠る訳にはいかない。


 「こんな御時世に女の、しかも片端者の一人旅は物騒でしょう?それでお願いしたの、『道中のエスコートをして下さる紳士をご紹介頂けないか』って」

 品定めをするような目線が横面に刺さるのを感じる。

 「勿論謝礼は充分にお支払いするわ…その他に、ちょっとしたサービスもね」

 掌で弄んでいた頭髪が逆立った様に錯覚する程に彼の体温が高まる。正しく血が滾っている…さて、どう断ったものか。


 「…ウチの奴とも幾らか縁があるようだな」

 取り敢えず話の切り口を増やす事を試みる。実際、解消しておきたい疑問でもあった。

 「孤児院のシスターですよ…尤も、聖職とは程遠い阿婆擦れですが」

 私が女と言葉を交わすのも気に食わないらしい彼が割って入る。孤児院、それだけで大凡相手の出自の見当がついた。まだ二十歳そこそこだろう若人が50度のウォッカを事も無く飲み下すのにも納得だ。

 「言葉に妙な訛りを感じたのはそれか…承知で連れて来られたので?」

 カウンターに着いたまま葉巻を吹かす義父に話を振った。

 「無論だ、面相の確認を坊に頼もうと思った矢先に夕飯の誘いは都合が良かったものでな」

 悪びれる様子も無い。かと言って、それだけで済ます心算も無いのだろうが。


 「彼の来歴…気になるのではないかしら?」

 女は意図的に無視されているのも構わず私に向けて言葉を続ける。

 「まさか其れが『サービス』?全く下らない、キンダーサプライズのおまけでももう少しマシでしょう」

 「手厳しいこと、まぁ『情報』の価値を理解するのはお子様には難しいものね…無理して大人の話に介入してくるのは可愛いけど、お姉さんは貴方にお願いしてるんじゃないのよ?」

 この一言を皮切りに堰を切った様に悪口雑言の応酬が始まった。珍しく彼が饒舌である事実は歓迎すべきだろう。現実逃避と謗られれば否定もできないが。

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